第25話 見知らぬ生徒と
今度は何かと振り向く。
すると王女様は微笑みながら言うのだ。
「何か、面白い事をしようとしてませんか?」
とても興味津々に……
思わず目を逸らしてしまった。
「特に面白いことをしようとはしてないけど……」
「怪しい匂いがしますねぇ?」
視界から外したはずが下から見上げるように俺の視線の先にネリエルが来る。
「んー。ほら男女の寮のちょうど中間らへんに鬱蒼としている場所あるじゃない?」
「そんな場所ありましたでしょうか?」
そこへハオネが首を傾げながら。
「学院生の失踪事件が起きたっていわくつきの場所かなぁ?」
「ああ、ばあさんがそんな事言ってたな」
「そ、そんな怖い場所がぁ」
失踪事件という危ういワードにミューちゃんが怯えている。
そんなミューちゃんの手をハオネとネリエルが握る。
「まあいわくつきってのもあるんだけど、そこに結構広い花壇があってな。貸してもらえたし野菜でも作ろうかと思ってね」
「な!? 充分、面白いことをしようとしてるじゃありませんか!」
楽しいと言えば楽しいけど、面白いかと問われればそんなに面白いだろうか。
「なんの野菜を育てるのぉ?」
「まずは根菜類かな。とりあえずは芋だ」
「いもぉ?」
「うん。でも手に入る肥料と種次第で決める予定だ」
「へぇ、そうなんだぁ」
するとネリエルはニコニコしながら人差し指で指し示してくれる。
「ふーん。ちなみに地理の文献は2階の02010番棚からの棚にありますよ」
「おお。さすがはネリエル……よく覚えてるね?」
「ふふん。歴史書も近くにあるのでたまたま覚えていただけですよ」
「教えてくれてありがとう! それじゃ!」
再びグイっと引っ張られる。
「な、なんだよ。まだ何か用?」
「せっかく会ったのですし……ノエルも一緒にお勉強しながら読みませんか?」
「ああ……いや、俺は本棚の所で読んでるのが性に合ってるからな。遠慮しとくよ」
「そうですか……」
いやにしょんぼりするネリエル。
なんだか、このまま行くのは後味が悪い。
「ええっと、ほら! 野菜ができたらネリエルにも食べさせてあげるから!」
するとしょんぼり顔からパーっと明るくなり「本当ですか?!」と笑顔。
「え? あ、うん……本当だよ。でも美味くできる保証は、まだないけどな?」
「楽しみに待ってますね! そうだ!」
「な、なんだ?」
いやな予感がした。
「私も、そのお野菜作りをお手伝いしてもよろしいですか?」
「え?! ネリエルが?」
するとアリス。
「ネリエル様。いくら学院とはいえ、はしたないですよ!」
「アリス? これも後学のため……それにリトアリス王国の食を今日まで作り支えて下さった農家の方々に失礼ですよ?」
「そ、それは、そうですが……」
「それに私とて、農家の方々のお仕事の一端を間接的では、ありますが知る。それは、とても良いことだと思うのです!」
「良い心がけですが……野菜、根菜なんかは下品の食べ物です。上品に欠けるものであることはご存じではございませんか?」
「知ってます。ですが、ここは社交の場ではございません。なのでノエル?」
「え? あ、はい」
「改めて……私もお手伝いしてもよろしいでしょうか?」
「んー。でもなぁ。なかなかに重労働だぞ?」
「重労働は覚悟の上です! がんばります!」
「んぅ。手も汚れるし服も汚れるぞ?」
「むぅ。そんなに私がお手伝いをするのは嫌ですか?」
「嫌って程じゃないけど……」
「では! 明日、学院食堂の私のおすすめを奢って差し上げるというのはいかがでしょうか?」
「学院食堂の?」
「まだノエルは学院食堂に足を運んではいないでしょう?」
「なんだかんだでお昼は料理を仕込んだり海行ったりしちゃったからなぁ」
「それでは……だめですか?」
必死に農作業の手伝いを懇願する王女様。
その裏でやれやれとアリスが呆れ顔でいる。
するとハオネ。
「お手伝いするくらい良いじゃないのぉ? それに私も気になるし」
「フィ、フィーリス王女殿下の申し出を断るなんてふ、不敬ですよ?!」
続くミューちゃんもネリエルの味方のようだ。
「ハオネさんにミューさん!」
「ああ、わかった。まだやることはいろいろあるからな。お願いするよ」
「ありがとうございます。ノエル!」
「お礼を言うのは手伝ってもらう側なんだけど……まあいっか」
「出来上がったお野菜! 一緒に食べましょうね?」
満面の笑み。
少し強引ではあったけど、なんだか不思議な気分だ。
「あぁ……そうだな。楽しみだね」
「はい!」
こうして学生食堂での奢りを報酬にネリエルへ手伝いをお願いすることになった。
それから四人とは別れて目的の本棚のある場所へとたどり着いて本を探す。
「リトアリス王国、地理の書 1巻」
どうやら全部で4巻あるらしい。
4巻でまとまる量しか記されてないのだろうか。
それ以外は地理や地学と言うにはその場所で起きた戦いや魔導の歴史が書かれているようなものが多かった。
地理というよりは歴史書だ。
なんとなくはじいちゃんの家の本で周囲の情報は知っている。
けど、その情報が正しいのかとか間違っているのか。
もしくは新しいのかはわからない。
こういうのは新鮮な方が正しかったりすることが多いから常にこういう学びは大切にしたいところだ。
しかし、あとは外国や王都以外の領の地理の書ばかり。
どうして王都の詳しい地理を載せた本が、こうも少ないのだろうか。
それからというもの。
俺はしばらく読みふけった。
西には大きく広がるリトアリス海。
東にはノブリス山を中心に大森林が広がる。
やっぱりありきたりな情報しか記されていない。
こうなれば生物生態学の本を見つけて生息地図とか植物の本を読み漁った方が早い。
最後の4巻目を棚へと戻すと「おや? グラトリス君じゃありませんか!」と知らない声。
「ん?」
「いやぁ、教室ぶりですね?」
教室ぶり……
その言葉のおかげでクラスメイトだという事はわかった。
だけど記憶にない。
赤茶色の前髪は目元まで下がり色白で病的であるかのように見える。
そして不自然な笑顔が病的でないのを取り繕っていた。
こんな人いただろうか。
「えっと……?」
戸惑っているのがばれたのか目の前のクラスメイトは困惑する。
「え? やだなぁ、忘れちゃいましたか?」
「忘れた以前に……ごめん」
「覚えて……ない?」
「うん」
すると目の前の男は拳をぎゅっと握りしめ始めた。
まずい。
また怒られる。
ネリエルにも釘を刺されてるし決闘とかするのは御免だ。
「あ、あの? ごめん。本当に……ごめんね? あなたは誰デスカ?」
やばい後半片言にになってしまった。
しかし、男は前髪で隠された目元を緩めて答えた。
「あはは、そうですよね。いえいえすみません。私の名はアルケ・オル・フォルモート。同じ特待生の仲ではありませんか?」
「ああ! 同じ特待の!」
しかも数少ないクラスメイトの特待生だった。
「あ、思い出しましたか?!」
「いやごめん……とりあえず、はじめましてノエル・グラトリスって言います。気軽にノエルで良いですよ」
なんとか乗り切れたようだ。
しかし、ハッとなにか思いつくようにアルケは笑顔になると俺の手をがっちりと握ってきたのだった。
「うん!! よろしくお願いするね?! ノエル君!!」
これって普通のコミュニケーションなのかな。
その勢いに気圧されて一歩後ずさってしまった。
なんだろう。
どんな魔物と対峙しても、こんな感覚を味わうことはなかった。
一言で言い表すなら……そうだな。
気持ち悪いだ。
そうだ。
気持ち悪い。
けれどアルケは、にこやかに淡々と話す。
「それでノエル君は、勉強ですか?」
「勉強……というより情報収集だ」
すると本棚を撫でながら俺のとっていた本を見る。
「情報収集……それは勉強ではなくて?」
「ん? うーん……」
勉強と言うとつい修行を連想してしまう。
こういう研究やら実験をする前に知る時間を設けるのは情報収集と考えていたけど……
思えば情報を得て身に付けるというのも勉強の一環と捉えても良いだろうか。
「多分、勉強だ!」
「うん。熱心で良いことだね?」
「……うん?」
「地理学に興味があるのかい?」
「興味はないよ。大体の事は知ってた情報しかなかったし、ちょっと当てが外れたって感じだ」
本棚から手を離して腕を組み片手で自分の顎を触る。
「ふーん。博識なんだね?」
「それほどでもないよ。知らない事の方が多い」
「謙虚だなぁ。あんな簡単にウィザドリスを倒す程なのにね?」
ウィザドリスは貴族だ。
そんな彼に敬称を付けることなくいうという事はアルケもまた貴族なのだろうか。
けれど、それよりも何か引っかかった。
「簡単って言うけど……あの人はあの人で良くやったと思う。多分だけど」
「多分? 私から見れば君はかなり余裕があったように見えるけれど?」
「うーん。それとは違うんだ。みんなを見ていると平均以上はできてる人だったし、良くわからないけど強かったんだと思う」
「へぇ。その考えはとてもすばらしい! 君は思ったよりいい人なんだね?」
「良い人……なのかな?」
「そうだよ。あのフィーリス王女とも仲がいいみたいだしね?」
「ああ、ネリエルか」
「ネリエル……そんな呼び捨てにできる人なんて、そうはいないよ?」
「それは、向こうがそう言ってくれって言ったんだ。俺からじゃない」
「そうか、フィーリス王女様とは結構懇意に?」
「ん? 懇意にかどうかはよくはわからないけど、なんか誘われたりはした」
「へぇ。お食事……とか?」
「ああ。明日かな? 学院食堂で一緒に『昼食を摂らない?』って誘われた。奢りだから行くけどさ」
「気に入られてるんだね? 良いことを聞いた」
「良いこと?」
何故か不敵な笑みを浮かべると本棚に並べた本を撫でながら歩くアルケ。
「いや……時間を取らせてわるかったね?」
「ああ、別に大丈夫だけど……」
「それじゃ。またね? ノエル君」
「ま、またね」
こんなに『またね』って言いたくないのは初めてだ。
そんな出来事があった大書庫。
1階へと降りてネリエル達に帰る旨を伝え俺は寮へと戻ることにした。




