第22話 渾身の拳
「ダークネス・フィールド」
何かがある事すら認識できない程の闇。
それを床一面に広げる。
まるで底がないかのような闇は光を吸い込んだ。
闇の魔術。
時に相手を死に至らしめたり弱らせ衰弱させる呪術と混同されるようだけれど闇の魔術の正体は至ってシンプルだ。
光が何もかもを照らしどんな場所にも力を届ける。
零を一に与え、変えるものなのだとすれば……
闇は何もかもを吸い込み、どんな場所からも力を奪い零にする力。
それならばと会場全体を闇で覆ったけれど……
俺のしようとしている事を見透かしたのかハル兄はにやりと笑う。
光の術式が即座に展開され「サン・ブレイズ!」と唱えた。
瞬く暇もなく、焼かれるようなとんでもない光が放たれる。
「やっぱりそうくるか」
闇と光。
相反する力は互いを打ち消し合う。
となればより大きな闇をぶつけるまで────
暗く何も見えない場所に術式を綴る違和感には慣れた。
闇の魔術の怖いところはきっとここにある。
相手の展開する術式は遠目から見てもなんとなくわかる。
魔力をコントロールする。
準備する。
展開する。
術式として完成する。
そして詠唱する。
これが魔術を扱う上での基礎だ。
そして、ドラゴンを地面に叩きつけた魔術。
「ダークネス・フェル」
黒い術式三つを目の前に広げる。
変化された闇は黒い球体となり浮き上がった。
「へぇ。こんなやり方で俺の速さを詰ませるのか」
より大きく。
黒に染めて闇に落とし全てを喰らう。
そして……術を解く。
刹那の爆発。
けれど、その爆発は有から真の無へと一気になだれ込む爆発だ。
ひとたび起きれば勢いよくこちらへと物は引き寄せられる。
会場の砂も何もかもも例外なく。
瞬間、会場を包み込んでいた光の守りも砕け散る。
ハル兄が一直線に俺のところへと吹っ飛ぶ。
「一発は返す!」
「まったく────」
俺の右ストレートは容赦なくハル兄の右頬にちゃんとぶつかった。
勢いはそれで相殺されることなく、そのまま後ろへと流れ吹っ飛んで行った。
二転三転と転がり込むハル兄。
なんとまあ大げさなことか。
久しぶりにハル兄に一発入れられた、というのはとても気持ちがいい。
俺は砂まみれになった体を払う。
「はぁ……気は済んだ?」
振り向けば両腕を広げて天井を見ながら寝転がるハル兄の姿があった。
「闇……腕をあげたな?」
「んー……腕をあげたかはよくわからないけど便利だぞ? 矢とか使わないで遠くに飛んでる奴を落とせる」
「はは! そうだな。俺の敗けだよ」
その言葉を聞いて緊張が解けた。
徐々に闇が黒い霧となって晴れていった。
「いつも……そうやって終わらせるけど何か意味があるのか?」
「いや別に? ただ……」
「ただ?」
「身内にはよ。やるよりやられる方がいいってだけだ」
「……よくわからないな。あんなボコっといて」
すると遠くより「ノエル!」と走ってくるネリエル。
「よかった……」
こちらへと来て、そう一言だけ呟いた。
こういうのはよくわからない。
なんて言えばいいんだ?
まあ……とりあえず。
「ほら、大丈夫だった……でしょ?」
「ええ、本当に……ですが大丈夫とか、そう言う問題じゃありません!」
「え? じゃ、じゃあ……どういう問題?」
するとネリエルは息を飲む。
「それは……えっと……つまりですね……もう!! 今後は私の前では決闘禁止です!!」
「ええ?! いや、別にいいんだけど。いや、なんで?」
「なんででもです!」
そんなネリエルを背に倒れているハル兄へ、ニアが手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「ああ、ありがとな」
ハル兄が立ち上がるとネリエル。
「それにノエルは炎の魔術師じゃなかったのですか? どうして闇の魔術を扱えるのですか?」
「いや、それは俺のさ? 適正が……闇だからなんだけど」
「闇?! ですがあんなに炎を扱えていたではありませんか?」
「それは……特訓したからな?」
「特訓って……な、なんでですか?」
「え? いやネリエルの方がよく知ってるだろ?」
「あ。うーん……そうですね。闇は悪魔の魔術。忌み疎むべき力と教えられますけれど……」
「でしょ? 爺ちゃんからは人前で使うと大変な事になるぞって脅されてるからな」
「ですが……そうですね。波風を立てないとなると……仕方のない事ですね」
「お、やっぱりそうだったのか」
「でも……でも! 扱える人がいるのは事実です。迫害もまた……」
するとネリエルはどこか思う所があるらしく続ける。
「魔術の進歩に、そんな理由でいがみあっていて悪魔達に抗えるのでしょうか。私は皆が一つになることの方がとても大切な気はするのです」
「ふーん。いや、それはわからないけど」
まあ、どうでもいいし……
「今……どうでもいいって思ってませんか?」
「え? なんでわかったんだ?」
「もう! やっぱり! 真剣な話をしているのに」
「え? あ、えっと? え? ごめん」
「はぁ。だから……私は闇の魔術を扱うノエルを受け入れます」
「あ、うん。ありがとう」
「んー……」
何故か不満そうなネリエル。
そしてハル兄。
「そんじゃ、ノエルが元気そうで何よりってことで飯行こうか!」
「はぁ……ようやく飯にありつける」
するとニアが左腕を見つめて言う。
「ハルト、時間」
「ん? そう硬い事言うなって」
「でも魔導隊長、待たせてる」
「あぁ……」
「ミリ隊長怒らせるの怖い」
「ま、甘い物買ってけば機嫌治るでしょ」
「うん。そうだね」
え、それでいいの?
魔導隊だったかな。
組織って規律とかルールを重んじるって聞いてるけど……
「よし! ということで行こうぜノエル!」
「いいの?」
「いいの、いいの! 今日は俺の奢りだ。ネリエル様とアリスさんもいらっしゃいますか?」
「いいのですか?」
「わ、私もご一緒しても?!」
「いえいえ、もちろん大丈夫ですよ。ノエルのお友達ですし」
「えっと、ごちそうになります!」
「せ、閃光の魔術師様に奢って頂けるなど……」
どうやらアリスはハル兄の事を知っていたようだけれど閃光の魔術師なんて異名を持つほどなんだから知ってて当然か。
こうして俺達は午後の課程をサボり、そのまま町へと繰り出したのだった。
そこはひんやりとした暗く湿った空間。
不気味に響く声が一つ。
「公爵様。御報告にございます」
静まり返り誰も返事しないままに、そのものは続けた。
「城より逃げた王女は現在、魔導学院へと入学を果たしたそうです」
暗がりの中に光るヤギの瞳。
ギロリとその者の方を向けば暗闇の底から腸を引きずり出さん程の震える声が返る。
「厄介な。逃がした代償は大きい。光の神が再び天より下ることは許さん。即座に殺せ」
「仰せのままに」
「もうすぐだ。我らが王が降臨なさる。その時までに障壁は一つたりとも残してはならぬ。一人残らず捧げるためにな」
「畏まりました」
「ワルプルギスも近い。良い報告が来るのを期待している」
不穏なやり取りを終え二者は闇へと溶けた。
暗闇に染まった羽を落として。




