第21話 闇と光
一歩、二歩と後ずさる。
「な……どう?」
上を見る。
光の壁面に光の剣が突き刺さっているのが見えた。
それを使って……いや。
まさかとは思うが。
こんなのがあるなんて、これだから魔術は面白いんだ。
そして次々と繰り出される魔術でもなんでもない体術の数々。
完膚なきまでに文字通りぼこぼこにされる。
肩へ背中へ。
足から腕にかけて胸から腹と俺の身体の至る所へ瞬く猶予もなく拳が入った。
竜のぶん回した尻尾に当たっても、こんな衝撃は感じなかった。
それでも魔力を込め唱えた。
「イグ……ニス、ピア!」
周囲のわずかな火の粉に置いた術式、それを発動。
ハル兄へ全部で40本以上の炎の槍を飛ばす。
けれどハル兄は俺を殴りながら余裕避けて行った。
しかも俺に刺さるだろうイグニスピアを吹っ飛ばして……
そして……俺が距離をとる間もなく見事な拳が俺のあごへと入り、そのまま後ろへと飛ばされた。
暗い天井。
視界がぐらぐらする。
息が……できない。
意識がもうフワフワだ。
まったく……ここまで痛みつけるとかどうかしている。
そんな意識が朦朧とする中で微かに聞こえたのは「もう……打つ手はなしか?」だった。
その瞬間。
この圧倒的なまでのハル兄に試したいことができた。
俺は右手に深く刻んだ治癒の術式に魔力を流し痙攣する心臓へと手を当てる。
構造修復。
自己再生力の加速。
それらを機能的に盛り込んだ術式のおかげで痛みが和らぐ。
徐々に整う呼吸、意識がはっきりとした時に。
「ひ……と」
「人?」
「ひと……ばら……い」
そう言うとハル兄はニヤッと笑みを浮かべた。
「へぇ……周りを気にするか。成長……したんだな?」
「じい……ちゃん、見せるもん……いっ!! た……じゃ、ないって……さ?」
「ふーん。そうか。さて……みんな!! 見物はここまでだ。ニア!!」
「……うん。まだ虐めるんだ」
そう言うと次々と観客席にいた人達をニアが何かを見せながら。
「もう、みせられない。ここから出て」
そうぎこちない台詞で退場させている間に殴られて痛むところを治癒した。
その時だった。
「ノエル!!」っと大きな声でネリエルが駆け寄ってきたのだ。
「ん……どうし────」言葉を発しようとしたけど、むせかえり咳き込む。
まだ腹と首、喉周囲が上手く治ってない……
俺もまだまだだ。
しかし、ネリエルは何故か神妙な面持ちでいた。
「こんな……こんなの模擬戦でも何でもありません!! 一方的な……一方的な……」
そう言うと肩を震わせて俯いてしまった。
すると、この闘技場の砂の上にきらりと落ちる雫が見えた。
……泣いてる。
ネリエルが泣いていた。
なぜ、泣いているのかがわからない。
それにハル兄は頭を掻いて「あぁ……ネリエル様にはちょっと刺激が強すぎましたか?」
ばつが悪そうに言うと。
「もう……もう! この戦闘はやめて下さい! ノエルの……ノエルの身が持ちません!!」
「んー……」
必死にハル兄のコートの襟もとを強く掴むネリエル。
「お願いします!! もう……これ以上は……」
ネリエルの必死の訴えに久々にハル兄の困り顔を見た。
なんだか新鮮でしばらく見ていたい気もするがハル兄。
「ネリエル様は、やはりお優しい……お噂通りの御方です。ですが……」
「あ、あー、あー……よし!! やっと声が出るようになった。魔術師の命の声まで潰してくるとは容赦がなさすぎる! あー痛かった!!」
「……へ?」
キョトンとするネリエル。
「あー……怖がらせてしまってすみません。こいつは、この程度じゃ死にませんよ? な? どうせ、その右手で元に戻るだろ?」
「まったく……編み出した治癒魔術は、そんなに万能じゃないんだぞ?」
「あの、これはどういう……治癒の奇跡と言えどここまでは」
襟元をただしながら俺のところへとハル兄。
「じゃあ少し万全ってところか?」
「端から万全じゃないよ……」
俺は立ちあがりネリエルヘと向き直る。
「心配……? してくれたってことかな?」
「……はい。すごく、すっごく心配したんですよ?!」
「んー……んん?」
こういう時ってなんて言えばいいんだろう。
そこへハル兄。
「ほほう?」
「なんだよ」
「いんや? しかしだなぁ……これは茨の道だぞ?」
「茨? ああ、あれ美味しい────」
「話を逸らさないでください!!」
「え? あ、はい!」
「大丈夫そうにしてますけど……あんな無茶をしていたらいつか……本当に死んでしまいますよ?」
「あ、はい」
ネリエルがなんだか怖い。
その怖いネリエルの後ろでニヤニヤと静かに笑い始めるハル兄。
「さて……ニアのおかげで観客も退いた。これで思う存分やれるか?」
「ああ。それよりネリエルとアリスがいるけど?」
「おいおい、この二人も追い出すのか?」
「できれば」
するとネリエル。
「な、なぜですか?!」
「いやだって……ねえ?」
「俺に助け船を求めるな」
この光信仰の中で闇魔法を使うのはタブーだ。
しかもネリエルは光信仰の奇跡を扱う神官でもある。
ひとたび闇魔法を使うとなれば悪魔の手先めとレッテルを張られて迫害を受ける。
らしい。
そういう大変な事になるとじいちゃんから教わったのだけれど……
ハル兄はなんだか他人事だ。
別に……良いのかもしれないけど。
「そんなに見たって面白いもんじゃないよ?」
そう言うとネリエルは腫らした目で言う。
「面白い……? この模擬戦……ノエルの今まで培い研鑽した事を見ることができた気がします……魔術において私など足元にも及ばないこともわかりました」
「そんなこと……」
なぜか褒められた……本当によくわからない。
「けれど……一方的になぶられてるあなたを心配しないはずがありません。ノエルは……まだ続ける気なのですか?」
「あー、うん。やってみたいことができたからね」
「それは……あまり、見られたくない物なのですね?」
「まあ、もちろん」
「ノエルが、そう言うのなら私はもう……ですが。本当に大丈夫……なのですか?」
「さあ?」
「さあって!」
「まあダメだったらいつものようにボコられるだけだよ」
「いつも……これはいつもの事なのですか?」
「ハル兄って鬼でしょ?」
俺とネリエルはハル兄を見る。
「ん? どうした? 愛の鞭だろ?」
「愛に無知の間違いだろ……」
「ふふ。かもしれませんね? 約束してください」
「約束?」
「絶対に無事でいることです」
「無事じゃすまないけど……とりあえず生きてはいるから大丈夫だよ」
「……約束ですからね?」
「ああ」
「なんだか……今生の別れみたいな雰囲気になってるけど……そろそろ始めようか」
「そうだな」
ネリエルは観客席へと戻る。
ニアもアリスとネリエルを追い出そうとはしていない。
するとハル兄。
「光の壁もこうもボロボロになってるからな。張りなおすぞ?」
「ああ、ありがと」
そして先ほどの魔術を詠唱し新たに光の壁を張り直し再戦。
高速で光の剣が顕現しハル兄の片目から覗く術式が光る。
「いくぞ?」
その言葉と同時に俺は地面へと手を伸ばす。
そして────
床一面に暗闇を伸ばした。




