第1話 魔術の師と弟子
カチ、カチ、カチと静かに音を鳴らして揺れる振り子時計。
短い針が2の文字を指している。
さっきまで12時で昼飯の時間だったのに、もう二時間もこうして座らされて経ってしまったのだ。
本当に面倒くさい……
こんな俺の態度を見かねてか咳払いが聞こえる。
その咳払いの主は長い白髪を綺麗に結わいて、これまた長く白い髭をわしゃわしゃとなでながら俺の手帳を見ている人物。
師匠だ。
師匠はいつものように『またこいつは変なことをしている』とでも言わんばかりに眉間にしわを寄せていた。
「じいちゃん。そろそろいい?」
すると「はぁ……」っと大きなため息をついた師匠は「師匠と呼びなさい」と一言。
「はい。グラン師匠」
なぜ、こうも師匠は怒るのか理解できない。
こうして、いつもの反省をこめてやらされる修行の瞑想。
瞑想は結構、気力が削られるからあまり好きじゃないんだよなぁ……
やればやるほど魔力を高められるから本当は四六時中やっておくべき修行なのだけれども。
魔力を利用して魔術として成し事象の変化をもたらす……これ魔術の基本の形なりは口酸っぱく言われたっけな。
そりゃ元が多い方が良いに決まっているのはわかるけどさ。
でも昼食を抜くのはやりすぎだと思うんだ。
そんな俺の反省の色が見られない態度を察したのかじいちゃんはまた溜息をつく。
「おつかいを頼んで帰ってこないと心配していれば……森の中で狂ってるお前を見つけた時はどうしようかとおもったぞ?」
「狂ってたって……そこまで言われるような感じじゃなかったと思うけど……」
「あんなだらしない顔を見ればそう表現せざるを得ないわ!」
え、そんなだらしない顔をしてたのか。
とりあえず、ここでなんとか弁明でもして遅い昼飯を……
「前々からさ。ほら知りたいなぁ……って思っていたんだよ。はい」
うん。よくよく思い返してみればとんでもない旨味に頬が緩んだのは事実……
確かに狂っていたと言う表現に勝てるような言葉が見つからない。
「だとしてもだ! しかし……よく幻惑嶽をみつけられたな?」
「ほんとね! 幻惑嶽なんてなかなかないキノコだったからさ! イリュジョニアが示す通りの毒性だったし」
俺は再びじいちゃんの呆れた視線に気づき話のトーンを落とす。
「……その、テンションがね? うきうきしちゃって……さ」
ちょっと釣りをすれば意気揚々と食いついてきた哀れな魚を睨みつけるような目をしている……
こういうひっかけしてくるからたまったもんじゃない。
反省の色なしと更なる修行を与えてくるのだから、とんでもないじじいだ。
「希少だけどもなぁ……はぁ」
再び溜息。
しばらくの沈黙の後にじいちゃんは続けた。
「ノエルよ」
「はい」
「お前はなぜ、魔術の道を志した? 今一度、問おう」
え、なんで急に、こんなことを言いだしたんだ?
いつも通り『魔術師としての自覚を持て』だの『私の弟子としての在り方』だのと小うるさい説教がまた続くのかと思っていた。
いやな予感がする。
なんだかいつもと違う口調でいるのは、きっと……何かを隠しているか俺に都合の悪いことを言おうとしている証拠だ。
それに魔術師が魔術師に『なぜ魔術師たるのか?』を聞くのはよっぽどのこと。
じいちゃんはよく言っていた。
『魔術は欲望を体現する。魔術は高めれば国が潤う。魔術はたくさんの人を幸せにし豊かにする術なのだ』と……
よく忘れそうになるけど心にはいつも刻んでいるつもりだ。
そして『それと同時に国を破滅にもたらす術にもなる危ういものである』ということも。
だから師について学ぶ。
それに学院もあって、しっかりと魔術を扱って制御する術を身につける必要があるのだと。
あれ、もしかして俺、破門でもされるのかな。
まずい。
いや、それほどまずいわけではない。
もう俺も17歳だ。
一人でも生きていける。
掃除、洗濯、畑仕事に至るまで……畑仕事は完全に趣味であるけれども。
なんでもやったし魔物を倒すにしても食べるにしても一通りのことはできる。
だけど……じいちゃんは俺をここまで育ててくれた恩人だ。
そんなじいちゃんに何も返さず破門させられてバイバイなんてできない。
魔術の扱い方や学び方、魔術師として世の中には無限に面白い魔術が広がっていることを教えてくれた。
今の俺があるのはグラン・オルト・サンジェルマン……極光の魔術師と呼ばれている誇るべきじいちゃんのおかげなんだ。
とりあえずは聞かれたことについて言うしかない。
いつになくじいちゃんは真剣だ。
えっと、そうだ。
言うんだ。
俺の憧れ……それは圧倒的な飢えからだ。
あれは耐えがたい苦痛だった。
どんなに……どんなに優しかった人も全部……全部捻じ曲げられた。
『魔術で飢饉に困っている人達を救うためです』
そうだ……そう言うんだ。
しかし……あの幻惑嶽うまかったなぁ。
「魔術で、より美味しいものを食べるためです!!」
あれ……
なんか間違えたような……
「……はぁ」
じいちゃんは呆れた顔をしていた。




