第18話 兄弟子と弟弟子
容赦なく俺の背中を踏みつける影。
「せっかく会いに来たのに逃げるなんてひどいじゃねえか」
「そりゃ……逃げたくもなるだろ」
「なんでだ? 兄ちゃんは悲しいぞ?」
「兄ちゃんって……ハル兄は二言目には『ノエル戦うぞぉおお』って俺をぼこぼこにするじゃないか」
「ぼこぼこだなんて人聞きが悪い。愛の鞭ってやつさ」
「ハル兄の認識がそれなら愛に無知ってやつだろ……」
それからグイっと襟元を掴まれ立たされる。
久しぶりの兄弟子との再会。
しかし以前の容姿とはまったく違っていたからかハル兄の姿をよく見た時は息を飲んだ。
さっきは一目見て『やべ、ハル兄だ』って思ったのにこうして面と向かうと俺が知ってるハル兄とは別人のように感じる。
なんなんだろうな。
声や感じはそのままなんだけど……
仄かなたばこの匂い。
長い金色の髪を後ろで結わえてオールバックにしている髪型。
それに右目には黒い眼帯をしていた。
紺色の軍隊で使うようなコートを肩がけに黒いジャケットの下に白いワイシャツと朱色のネクタイ。
杖と剣の特徴的なシンボルが刻まれている。
「ずいぶん……変わったな」
「ノエルもな? 学院生服、似合ってるぞ。ちょっと背伸びたんじゃないか?」
「ハル兄もな。それは学院生服か?」
「いや、これは魔導隊の隊服だ……って『なんも知りません』って感じに首を傾げるなよ。結構、有名だぞ?」
「へぇ……有名なんだ。何する所?」
「まあ、対魔物や悪魔、要人警護に国防と……いろいろとやることは多いが、いわゆる軍隊の……そうだな。優秀な奴らの集まる所だ」
「優秀な奴らの集まる所なのか。なんだか大変そうだね」
「まあな? お前も入るか?!」
「やだ! というか……髪も伸ばしてさ。その目どうしたんだ? なくしたの?」
「あ、これか? 研究でしくじっちまってな」
「しくじった?」
「ほら」
そう言うとハル兄は眼帯をめくると目に、なんと魔術式が刻印されているのが見えた。
「うわ。魔眼……趣味悪だな」
「っへ。お前の悪食ほどじゃねえよ」
「っで、しくじったってどうしたの? なんだかうまく機能しているようにも見えるけど……なんの魔術?」
「お。ノエルでもわからないか」
「わからん。そもそも魔眼なんてするだけ損じゃない?」
目に直接、術式を刻み込み完成する代物。
見た物を即座に魔術にかけたり見える物を変えたりすることができる。
けれど失敗すれば視力は失うし目を開けているだけで術式は起動しっぱなしという原因不明の現象付き。
おかげで自動的に魔術は垂れ流し。
そのせいで魔力は食うし最悪死ぬ。
やってみたい気持ちはあるし成功させるのは魔術師の憧れでもあるけれども……
「まあな。だが、おかげで……戦いに不自由することはなくなった」
「ふーん。相変わらず野蛮だな?」
すると後ろから「グラトリス!!」と俺を呼ぶウィザドリスの声が響いた。
「ん?」
おもむろに視線をそちらへと向けると睨みつける様は変わらずにこちらへと歩いて来た。
「お前……随分恨まれてるようだが喧嘩でもしてるのか?」
「うーん……恨まれることはしてないんだけどなぁ。決闘を持ちかけてきたのはあっちだよ」
「前途多難だな?」
「他人事みたいに……」
杖を吹っ飛ばした拍子に右手首を痛めたのか、そこを抑えながらウィザドリスは言う。
「今回は……俺の負けだ。貴族たるもの見苦しい真似はしない。要求は……『彼女らに手を出さない』だったな。それでいいのか?」
「ああ……うん」
「次は……次こそは絶対に君を倒す。からな?!」
そう言い終えるとウィザドリスは、目を背けて歩き出す。
「えぇ」
できれば今回限りにしてほしいものだ。
決闘を交えれば彼が何を考えていたのかがわかると思ったけど……結局わからず終いだった。
そんな彼にネリエルは「腕の治療を」と提案するもウィザドリスは「問題はございません」とだけ言い残し行ってしまった。
「ノエル。ありがとうございます!」
「あーいや……」
「私のせいで巻き込んでしまってすみません……」
「うーん……そもそも目を付けられてたのは俺だったからな。ネリエルに飛び火しちゃったのはすまない」
するとアリスは俯きながら。
「私が……不甲斐ないばかりに……ノエル殿、かたじけない。感謝します」
「あー……まあまあ、事情は分からないけどアリスさんも災難だったね」
するとハル兄が「お前……ネリエル様と仲が良いのか?」と急に言い出す。
仲が良い?
どうなんだろ。
こんな難問を急に問われてもよくわからない。
ネリエルとは仲が良いのだろうか。
そもそも……仲が良いってどういう基準なんだ。
じいちゃんやハル兄みたいな間柄の事を言うのかな。
だとしたら……違う?
んー……
「んー、これは仲が良い……? どうなんだろ。ネリエルはどう思う?」
「え?」
「お前それ……ネリエル様に聞くのか?」
「え? いやだって……ね?」
そう言うとハル兄はやれやれと言わんばかりの表情。
ネリエルもなんだか困り顔。
「ね? と言われましても……私は親しみを込めて接してますが……ノエルは違うの?」
「親しみ……か。ということは……仲が良いか。うん。俺とネリエルは仲が良いぞ」
「お前……大丈夫か?」
「ん? いたって普通だけど……?」
「あはは……」とネリエルはなんだか苦笑い。
「ネリエル様……こいつが何か御無礼なことはしてないですか?」
「いえ、ここは学院です。無礼講に振舞ってほしいとお願いしたのは私ですから……それにノエルさんと一緒にいると……とても楽しいです!」
「へぇ……」とハル兄が何故か驚き顔。
そしてハル兄は「もったいないお言葉。ネリエル様のおそばにいられるのはとても光栄なことです。今後とも私の愚弟をよろしくおねがいします」とネリエルへとお辞儀をした。
「はい! こちらこそ」と満面の笑みで答える。
ハル兄って普段ガサツで横暴だけど……こういう場ではかなり真面目に振舞うんだなぁ……
まあとりあえず、お腹が減っているのでそろそろ切り上げたい。
「さて、一悶着あったけど昼飯昼飯! それじゃ! ハル兄、ネリエルとアリスさん。じゃあね!」
早々に立ち去ろうとしたところでグイっとフードを強引に掴まれた。
「待て待て待て待て!」
「な、なんだよハル兄……」
「せっかく久しぶりに会えたんだ。これから一戦やろうぜ?」
「えぇー……」
「そんな嫌な顔をするなって?」
「どうせぼこぼこにする癖に」
「大丈夫大丈夫。今度は優しくするからさ」
「嘘だ!! 俺は飯が食いたいんだ!!」
「じゃあ食ってからやるか?」
「やだー!! 全部出る!!」
「な?」
「な? じゃねえよ。やらないって選択肢はないのか!」
「ないな?」
「なんでだよ。俺みたいな弱い奴虐めたっていいことないぞ?」
「お前なぁ……竜をごろごろ倒す魔術師が、そう弱いわけねえだろ。観念して俺と模擬戦しようぜ」
ハル兄の言葉にネリエル「え……?」
アリスは「竜を?!」と二人とも何故か固まってしまった。
思わずそんな二人を前に俺とハル兄の言い合いが止まる。
そして恐る恐るアリスが話し出した。
「ノエル殿は……あの竜を……ドラゴンを倒したことがあるのですか?」
「えっと……うん。倒したよ?」
「町やギルドの依頼か何かで……でしょうか? でも、そもそもそんな依頼があったとしても魔導隊に……」
「ん? 普通に……食べるために倒しただけだけど……」
「……え?」
ぽかんとするアリス。
鼻で笑うハル兄。
なぜこんな反応なのか理解できない。
「いや、えっと……えっとね? あいつら結構……美味しいんだよ!」
「え……美味しい?」
「大振りで肉食だから肉は固いし臭くていいもんじゃないかなぁ? って思ってたんだけど……とんだ誤算だったんだよ!」
「え? え、えと? ……え?」
「中でも岩殻竜……そうだな。ルギタス……か。あいつは美味かった! 外がカッチカチのわりに中がトロットロだったんだぁ」
「ルギタスって……あの歩く要塞とまで言われてる竜を……」
するとハル兄。
「あの面倒くさいのまで狩猟してたのかよ」
「まあ固いから倒すのは大変だったけどね? けど苦労した甲斐があったってもんだよ。ああ……思い出したらお腹減ってきた」
「今度さ」
「うん」
「ルギタスの依頼入ったらお前に知らせるわ」
「え? いいの?! あいつなかなかいないからなぁ。助かるよ」
そんな俺の発言に物申したげにアリス。
「助かるって……」
「助かる方がどうかしてるんだがな……あんなのごろごろいてたまるかよ」
「本当……ですね」
そこへネリエル。
「でも……そんなに美味しいなら気になりますね?」
「え?」、「は?」とハル兄とアリス。
「うーん。じゃあ……ネリエルも今度、ルギタス狩りに行く?」
「付いて行ってもいいのですか?」
「おまえ、そんな危険地帯に王女様を連れて行こうとするな!」
「ネリエル様! ダメですからね?! 絶対行っちゃだめですよ?! 命がいくつあっても足りませんよ?!」
「え、あ……ごめん」
「えと……すみません」
ハル兄に怒られ、アリスに全力で止められるネリエル。
「はぁ……常識が欠如してるって言うのはここらへんか。ま!! という事で……やるぞ? ノエル!!」
「やだあ!!」
俺はハル兄にフードを掴まれながらどこかへと歩き出す。
無力な抵抗と知りながらも俺は引きずられながら連行されるのだった。




