第17話 無力な私は
私は……私が嫌いだ。
なにもできず無力で、ただの娘な私。
ただ……王家の者であるということから形だけ敬われ、大事にされてきた。
なんのために私は生きているのだろう。
そう思ったきっかけは元気だったお母様が病に倒れた時だった。
光の奇跡でさえ癒せない病に日々衰弱していく母を見るのは見るに堪えなかった。
もう後もなく私を残して去っていたお母様。
母は私を愛してくれた。
幸せだった。
陛下の第二王妃という立場であった母は国を思い、民を思い……お父様をお支えになられた立派なお母様だ。
何度……何度、泣いたかはわからない。
唯一の……私の心のつながりだった母。
けれど、そんな私は母の亡き後、人生は一変した。
第二王妃の母から生まれた私は王家の汚点に過ぎなかった。
立場はとても弱いものだった。
それでも温情をかけられ第四王女として王族として名を連ねていられている……
問題になったのは……次代の王位継承権の事だった。
それこそ私は、その継承権を棄権しようとした。
でも……
この赤い目、金色に染まった髪、白い肌がそうはさせてくれなかった。
誰もが言う。
まるで光の神、レサリア様がご降臨されたよう……だなんて。
誰もが崇拝するレサリア様の信仰に私は期待された。
期待されてしまった。
案の定、私の魔力は光の素質まで持ってしまっている。
王家に古くから伝わる伝承にはこう記されているらしい。
空……黒き者達が覆いつくす時。
この世を震わせるほどの大悪魔が降臨するだろう。
悪魔は人々を襲い、全てを喰らいつくす程の大災厄を引き起こす。
その時、天より光に包まれし御使いが現れ光を分かつ従者と共に世界を救うだろう……と。
その大悪魔を恐れる光信仰派は私を政へと持ち上げ王位継承権第二位の座にまで来てしまった。
なんの力もない私を……
それに対抗するべくいくつかの派閥がまとめられた王統派。
その人達は国の安定、現制度の維持を主張している。
第一王子のサンドレアお兄様を推薦し王位継承権第一位の座を守っているけれど……
いざこざは止まない。
いわれのない批判。
狙われる命。
何度ナイフを携えた者が、いきなり私の前に現れ従者が盾になったことだろう。
それ故に王宮以上に安全に過ごせるだろう中立を貫く学園で過ごすことになった。
私の騎士として任命されたアリスを連れて……
私は……どこまで行っても王女としての立場からは逃れられない。
現に自由に生きていた彼を今……巻き込んでしまっているのだから。
王党派、軍事の統括をしているウィザドリス家の次男、アル・トライツ・ウィザドリス。
私と同い年の彼は高等学生時代、この決闘において負けを知らない程に魔術には秀でていると噂を聞いている。
一方で敗れた人の惨状は聞くに堪えない……
そしてノエルが、かの有名な極光の魔術師の弟子とはいえ……彼に適うとは言い切れない。
「栄光ある魔導の下に我は誓う。彼の者との決闘において誓約を勝敗により決定し、それを果たさん……これでいいか?」
そんなあっさりと誓約を述べたノエル。
始まる。
その時、ウィザドリスの魔法陣が輝いた。
「ああ、充分だ!! マギア・スフィア!!」
一瞬だった。
ノエルの前で爆音が響き土煙が舞う。
「ノエル!!」
思わず叫んだ。
この決闘……この戦法は何度か見たことがある。
慣れてない人を初手で屠る間髪入れない一撃。
まだマギア・スフィアの術式すら展開できていない初心者は、ここでされるがままに脱落してしまう。
辛うじて杖を手放さずなんとか耐えていたとしても……杖を握る手を足で押さえられマギア・スフィアを何度も叩きこまれていく制裁の話しも聞いた。
駆け寄りたい。
無事か確認したい。
でも駆け寄ってしまえば決闘を汚す行為として……侮辱としてノエルの名を汚す事になってしまう。
できない。
本当に……私は無力だ。
立ち向かうだけの力があれば……
抗うだけの力があれば……
今も……昔も何度でも立ち上がれたのに。
あきらめたくない。
でも、がんばっても……がんばってもがんばっても私には魔力の才能はない。
ただ王家の者であるだけの……ただの凡人にすぎないのだから。
そんな私の絶望とは裏腹に土煙の中で声がした。
「ったく……もうちょっと楽しむ心をもってもいいんじゃないかな?」
土埃が晴れていくと、そんな悪態をつきながらノエルは何事もなかったかのように立っていた。
「どうやって」
その疑問を言いきるまえに眉をひそめるウィザドリス。
「ふん、初手を防げた程度でいい気になるなよ?」
「ん? あまり気分は良くないぞ?」
どこか的を外したような返事をするノエル。
出会ってからと言うものの彼はそう言う所がある。
「癪に障る奴だ。だが……次は連弾だ。どうするかな?」
次々と展開される術式。
数えるだけでも精一杯の術式が一気に展開された。
それだけの実力がウィザドリスにはあった。
どうしてウィザドリスが特待生の枠にいないのかが不思議なほどに彼の術式は見事なものだった。
しかし、ノエルは無表情に……
「連弾……ねぇ」
そう呟くと、あろうことかノエルは気だるげに杖を下ろし左手を前に出した。
「あれだと魔法が」
杖は魔術を安定させるための道具。
にもかかわらずそれを使わない。
一方で不敵な笑みを浮かべるウィザドリスは次々とマギア・スフィアを容赦なくノエルへと打ち込んだ。
そして、それが届くという所までノエルへと差し迫った時。
地面に大きく描かれた炎の術式が輝き「マギア・スフィア」と静かにつぶやく声が聞こえた。
瞬間、とてつもない轟音でノエルの前に巨大なマギア・スフィアが顕現する。
呆気にとられた。
何の予備詠唱もなく。
巨大な魔力を制御するための補助術式もなく。
自身の魔力で相手を無意識に見下ろすように全てを打ち消した。
「な?!」
その異常さにウィザドリスも気づいたようで後ずさる。
魔術の腕に関して言えば今のではっきりとしてしまった。
周りもその様子を見入っているようでさっきまでの雑談は、もうなくなっている。
そして後ろから男の声。
「しばらく見ないうちに強そうになったなぁ。こりゃ楽しみだ」
「あ、あなたは?」
「ん? おや! こりゃ失敬、初めまして……私はハルト・ヴィスクリットと申します」
「ハルト・ヴィスクリット……もし、閃光の魔術師の?」
「はは、過ぎたる二つ名です。今は弟弟子の晴れ舞台を隣で見守る無礼をお許しいただいてもよろしいですか?」
「か、構いません」
「ああ、よかったぁ!」と先ほどの固い仕草が解けて、にやりと笑みを浮かべるとノエルの方を見る。
動揺しているのか杖が震えているウィザドリス。
「お、お前……今何を?!」
そう言ったウィザドリスの動揺をかき消すように沸き立つ周りの反応にノエルも気づいたようで。
「ん? ちょっと大きくしただけだけど……にしてもなんか周りうるさくなってきてな……げ?!!」
ノエルがこちらへと振り向くと同時に手を振る隣にいるノエルの兄弟子さん。
瞬間、ノエルの表情が一変した。
あまり親しくないのでしょうか……
そんな焦りをノエルから感じるとウィザドリスへ。
「な、なぁ、杖ってさ?! 落としたら勝負が決まるんだよな?」
「あ、ああ。だからなんだ?!」
「じゃあ……」
そう言うとノエルは左手の人差し指を突き出す。
すると人差し指の先から炎の術式が展開し一点に折り重なる。
「な、何を────」
「マギア・スフィア」
ノエルが静かにつぶやく。
瞬間、空気が破裂したような音と共に何かが射出された。
何が起きたのかわからなかった。
「ぬあああ?! っく、手が……手が」と悲鳴をあげるウィザドリス。
そして……ぽとっと彼の杖が空より落ちてきたのだった。
「ノエルが……勝った」
この時、何故か私の胸が熱くなった。
それを見届けるとノエル。
「じゃ! 勝ったよね?! 俺、お昼ご飯食べないと死んじゃうんで!! それじゃ!!!」
あっけらかんとそう言うと勢いよく駆けだして行ってしまうのだった。
「え? えええ?!」
ついさっきまでの緊張感を打ち壊すような行動に私も驚いてしまった。
あっという間に遠くまで行ったところで隣にいた兄弟子。
「やれやれぇ……逃げるとはお兄ちゃん悲しいぞぉ?」と伸びをしながら言う。
すると体勢を低くして振りかぶり手に持っていた何かをとんでもない速さで投げた。
そして「トランス」と呟く。
魔術?
しかし、その思考の刹那、もう隣にはいたはずの人がいなかった。
どこに行ったのかあたりを見渡してもみつからない。
そんな中「うぎゃあああああ!!」とノエルの悲鳴が響いた。




