第16話 決闘
「え……?」
正直、何を言われたかよくわからなかった。
しかし、細長い訓練用の杖が俺へと向けられている。
決闘……と言うと命を懸けた戦いをするって噂の奴だろう。
都会は怖いところだぁ……
ちょっと歩けばネリエルとアリスは変な輩に襲われてたし、学院じゃ命がけの戦いを申し込まれるし……
もっとこう……穏やかにいけないものなのだろうか。
「お前……何を呆けているんだ?」
「あ、ああ……いや、でも……決闘って、あの……命を懸けるって……戦いですよね?」
「……は?」と茶髪の男は眉をひそめた途端。
「っく、っくくく」
何故か笑い始めた。
訳が分からん。
回りの視線。
周囲からは、この状況を冷ややかに見る学生と男に乗じて『やれやれ』と言った具合の態度の学生で別れているようだ。
もしかしたら何か文化的なローカルルールのようなものがあるのだろうか。
ネリエルはアリスに袖を掴まれており何かあったようだ。
「そうだよなぁ。いやぁ、すまない。田舎者の君はやったことすらないのだろうな?」
「え、うん。始めて……です!」
「いいだろう。哀れなグラトリス君に魔術師としての嗜みと言うものを教えてあげよう」
お?
なんだかさっきまで怒ってたのに教えてくれるようだ。
ひょっとして優しいやつなのかな。
「ありがとう! ございます。えっと……その」
「ん?」
「あの、すみません。えっと……その」
「はっきりしないな。なんだ?」
「お名前は……なんとおっしゃるのでしょうか?」
瞬間、周囲から「えぇ……」という声が聞こえた。
すると男。
拳を強く握り、みるみる怖い顔をし始めてから強い溜息を洩らす。
「田舎者風情が……眼中にないと言うか……」
「あ、いやそんな……つもりじゃ……」
「よく覚えておけ、私の名はアル・トライツ・ウィザドリス。リトアリス王国、魔導戦術防衛部門を担う栄光あるウィザドリス家の者だ」
どうやら偉いところの人らしい。
なるほど、こりゃもうちょっと礼儀正しくした方がよかったかな。
「あ、どうもよろしくおねがいします。俺はノエル・グラトリスと申します。気軽にノエルって呼んでください。そしてお名前を知らない無礼をお許し下さい」
「もう知っている。はぁ……いやいや、いいんだ。貧相な田舎者はそんな物だろうな」
「はい。貧相です」
「いいだろう。先ずはな……杖を構えろ」
「うんうん」
「そして互いに向き合って……こう宣誓するんだ」
「うん」
するとアルの足元より水の文字が浮き出て術式を展開し始めた。
「栄光ある魔導の下に我は誓う。彼の者との決闘において誓約を勝敗により決定し、それを果たさん」
ふむ……
この詠唱がトリガーか。
相手に誓約を結ばせる術式……呪術の類かな。
野蛮な国は、これを拷問に使うんだよなぁ。
「さあ、続けたまえ。それとも怖気づいたか?」
「ああ、すみません。ええっと……栄光ある魔導の下に我は────」
そう言いかけたところで金色の長い髪をふわりとなびかせながらネリエルが間に入る。
「両者、そこまでです!!」
「えー?! ここまで?」
すると眉をひそめてネリエルは溜息をもらした。
「……はい。誉ある魔導騎士の誓を、ここで行うようなものではございません。グラトリス、ウィザドリス杖を下げてください」
するとアルは杖をゆっくりと下げる。
「はぁ……残念です。ネリエル様はこれでよろしいのですか?」
「よろしいも何もありません。それに……人に魔術の誓約で主従を縛る事は一個人の私欲で許されるようなことではありません」
「相も変わらずネリエル様は昔から慈悲深いですね。ですが……」
アルはネリエルへと近づくと耳元でささやくのだった。
「そんな事ではまた……足元をすくわれてしまいますよ?」
するとネリエルは後ずさる。
「ネリエル様!」とアリスが前へと入るとアルは笑った。
「貧相な護衛がしゃしゃり出る場面ではない。場をわきまえろ」
瞬間、アルの杖の先より術式が展開されマギア・スフィアが顕現。
「アリス下がりなさい!!」
あろうことかその魔力弾はアリスへと向けられた。
「な?!」
俺は咄嗟に前へ出た。
すると衝撃波で風が舞い上がった。
先ほどまでひそひそと話していた周囲の声は静かになる。
「はぁ……いきなり、それを向けるのは危ないと思うんだけど」
「……ノエル」と呟くネリエルを後ろに「あ、ありがとうございます」とアリス。
そこへアルは「ほぉ、この至近距離でよく防いだな?」と感心する素振り。
なんだか本当にややこしい。
多分、アルの家は貴族なのだろう。
役職もなんだか偉いっぽいし……
なのに王女たるネリエルに対しやや態度がでかいのが謎だ。
普通、王女様の方が偉いと思うんだけど……政治と言うのはよくわからん。
けれど、そうでないという事はなんらかの理由で力が逆転しているのだろう。
ネリエルが、この学院に入ってきたのも、もしかしたらそこに何か理由があるんだろうか……
「まあいいか……とりあえず、さっきの続きをしよう」
「……続き?」
「うん。誓約……だったっけかな。とりあえず俺が勝ったらぁ……あー、事情はよくわからないけどネリエル達にちょっかいは出さないってのはどう? ……ですか?」
「なんだ急に? 王女様をお守りする騎士、気取りか?」
「騎士? そんな騎士なんて柄でもないし君の言うとおり俺は、そんな身分でもない」
するとアルは俺達へと背を向けて歩き出した。
「だな。使えない騎士がもう一人増えたとて何も変わらないだろ」
「使えない騎士?」
にやりとしたアルの視線の先にアリスがいた。
肩を落とし表情も暗い。
本当にため息がでる。
「私が勝ったら……そうだなぁ。私に絶対の服従を誓ってもらおうか」
「そ、それは!!」と反論しようとしたネリエルの会話を遮って「いいよ」と言ってしまった。
これだから会話の流れがつかみづらい……
「いいよ……って」
まるで俺の返事を信じられないとでもいうようにネリエルはただ茫然としている様子。
「よし……決まりだ」
振り向き杖を構えたアル。
「うん。とりあえず……決闘って言ってるけど勝敗はどうやって決めるんだ?」
「ああ……そうだな。お前が言うように、さすがに命まではとらない。誓約の意味がなくなる。どちらか一方だ。どちらかが杖を落とすか……降参するまでだ」
「うん。わかった」
杖を構えようとした途端に左腕の袖が引っ張られる。
「ノエル、ダメです。今からでも遅くはありません。この勝負を降りてください」
「ん? どうして」
「もし敗けたら……もうあなたは奴隷のような誓約を受け入れざるを得ないんですよ?!」
「ああ、服従するってなると……そうなるか」
「そうなるかって……もし、私達のためにやろうとしているのならやめて下さい。こういう事にはもう慣れてますから……」
「慣れてる……か。悪いけどネリエルのためじゃないよ」
「……え? じゃああなたは何のために」
「こんな遊び初めてやるし、彼を知るいい機会だと思ったからね」
「彼を知るいい機会って……」
「まぁ、敗けちゃったらそんときゃなんとかするよ」
そもそも約束する気ないし、呪術といっても……なんだか口約束みたいに軽そうなものだ。
騎士同士……ネリエルが言ってたその誉? って言うのかな。
それを前提にしたものだからなのかもしれないな。
「さて、話し合いは終わったかな?」
「ああ、お待たせ。じゃあ始めようか……」
ネリエルを遠ざけ炎の魔力を顕現させる。
熱が肌を焦がす感触。
術式を展開させる。
「栄光ある魔導の下に我は誓う。彼の者との決闘において誓約を勝敗により決定し、それを果たさん……これでいいか?」
「ああ、充分だ。マギア・スフィア!!」
瞬間、俺の身長と同じくらいかそれ以上の魔力弾が撃ち込まれた。




