第14話 夕焼けに
じゅわっと噛むたびに甘い油が口の中を満たした。
旨味から沁みだした柔らかなで新鮮な海の匂いが鼻を突き抜け身の程良い弾力が頬を痺れさせる。
「うめえ……」
じいちゃんが持って帰ってきてくれた魚臭いあれはいったい何だったんだろう。
そういった海の魚へのイメージを全て覆してくれる程に素晴らしい味だ。
これだけでも来た甲斐はあったというもの。
するとゴクリと生唾を飲んだアリス。
「そ、そんなに美味しいのですか?」
「これすっごいうまいよ!! でもこれちょっと厚切りにした方がいいな……」
「わ、私もいただいてよろしいです?」とゴクリと喉を鳴らしたネリエル。
しかし「ネ、ネリエル様!!」とアリスは止めに入った。
「い、いいじゃない! 少しだけ! 少しだけ……ね?」と手を合わせてアリスへとお願いした。
「はぁ……わかりました。ネリエル様が食べる前に私からいただきますからね?」
「やった!」
どうやらカルリエの切り身を食す覚悟は決まったようでまずアリスへと切り身を渡した。
「んー……」っとじっと眉をひそめながらつまんだ切り身を見つめるアリス。
「ええい!」っとぎゅっと目をつぶってハムっと一口。
するとアリスは「んんん?!?!」と目を丸くすると「んーー!」と声を震わせた。
「ど、どう? 美味しい?」
「はい。予想……以上でした。カルリエって……こんなに美味しかったのですね」
「な? すごいだろ!」
「もういいですよね?! 私も私も!」と子供のようにはしゃぐネリエル。
さっきまでの王女っぽさを置き去りにしている姿を見るとなんだか和む気がした。
これが微笑ましい……というやつなのだろうか。
「まあ、落ち着いて」と俺は厚く食べやすい大きさの切り身をネリエルへと渡す。
そしてアリスとは違い思い切りよく「ええい!」とハムっと口にしたネリエル。
途端、満面の笑みで頬を抑えながら「んんん!! おいしい!! こんなに美味しかったのですね?!」とはしゃいでいた。
すると「ネリエル様」とアリスが釘を打つように言うと「あ、失敬……」とネリエルが一旦落ち着く。
そんな不思議なやり取りを横目にカバンにつめた小瓶を取り出しながら「こんなに美味しいのって時期がよかったのかな?」とボソッと疑問を投げかけると、それに返してきてくれたのはアリスだった。
「確かに……カルリエは、暖かくなってきたこの春が旬ですね」
「ほぉ……良いことを聞いた。それじゃ今度はこのタレを試してみよう」とポンっとまな板の端に置く。
「それはいったいなんですか?」
物珍しそうにそれを眺めるネリエル。
なんだか全てが新しい物を見る目でいるのだから、なんだかこっちも楽しくなる。
「ふっふっふ……これはね?」ともったいぶってみる。
「これは……?」と息をのんだ。
なんだか面白い。
「ソーヤという東方の地に伝わる植物からとれた豆を発酵させながら作るタレで良い酸味と塩味、加えてコクがとても旨いタレなんだ」
「それ……とても美味しそうです」
「このままでも甘みがあってとろけるような美味しさだったが更に美味しくなるのか?!」とアリスが食い気味に乗り出す。
二人は目を合わせると「気になりますよね?」とネリエルが微笑んだ。
ハッとやってしまったと言わんばかりにアリスが縮こまると「あぁ、はい」の一言。
「ふふ、そうですよね? 私もそれで食べてみたいです!」
「ああ、試してみよう」
こうして、そんなこんなとカルリエ一匹の美味しさを確かめられた有意義な午後を浜辺で過ごした。
ネリエルの事は関わること自体、面倒臭いと思っていたけど話してみれば食に好奇心旺盛な普通の娘って感じだった。
日も傾き夕焼けに染まる空から夜が顔を出す海の絶景を横目に歩く帰り道。
「黙ってついて来てしまったのに、ごちそうしてくださってありがとうございます」とネリエル。
「まあ、別にいいよ」とだけ答えた。
静かに海からながれる風を肌で感じていると「とても……綺麗な夕焼けですね?」と夕焼けに染まった長い髪を風になびかせかき分けるネリエル。
「ああ……綺麗だな」
「今日は……とても楽しかったです」
「そうか」
「城では、こんなに面白いことはありませんでしたから……」
「ふーん」
「また……付いて行ってもいいですか?」
「んー」
「ダメ……ですか?」
「こっそりじゃなきゃいいよ」
「ふふ。わかりました! ですがこういうことがある時は教えてくださいね?」
「ああ……善処するよ」
こうしてネリエルとの不思議な関係が始まりその日が終わった。
その翌日、朝日が昇る頃に目が覚める。
時計を確認。
まだ時間がある。
寮に備えられた簡易的なキッチンにて寸胴鍋に昨日のカルリエの残りを次々とぶち込み水を注ぎこみ薪を放って竈に火を入れる。
「よし」
こうして俺の学院生活二日目が始まった。
あらかた火入れをした後に水魔法を応用して生成した氷を箱に敷き詰めて寸胴鍋を入れて保存性を高めておく。
時間に制約ができるのはこれだから……
さっと氷に塩を振ってからかばんを手に学院へと向かった。
定刻まで時間ギリギリ。
がやがやしている教室の後ろより入るが前の席にいるネリエルとアリスに目が合った。
他生徒に囲まれながら話をしているにも関わらず俺へとまた手を振る。
とりあえず手を振り返しておくと周囲からの視線に何故かさらされた。
返しちゃまずかっただろうか……
すると廊下より走り込む音が聞こえたと同時に前の扉が開いて「みんああああ。おはよおおおおおおう!!」
今回はおはようであっている。
昨日だけでなく今日もあの先生は暑苦しかった。
それからというもの……
ヴァルト先生は朝の挨拶を済ませると別の先生がやってきて基礎課程がスタートするのだった。
単調な声。
ちゃんと食事を摂っているのだろうかと疑いたくなるほどに細い先生で一つ話し終える度に眼鏡をくいっとチョークを持たない片手の親指と人差し指でポジションを正す。
名前はアルデール。
魔力の基礎研究をしているのだとか。
淡々と自己紹介を終えると退屈な時間がただひたすらに過ぎていくだけだった。
せめてもの情けに窓際から眺める空がとても綺麗な事くらいだろうか。
魔術とは体内にある魔力を代償に現実の事象へと介入する術である。
火を起こす。
水を出す。
風を巻き起こす。
大地の物の流れを干渉する。
その中でも光への事象の変換は特別なうんぬんぬんぬー────
そんな聞き慣れた話をバックグラウンドミュージックにカルリエの美味しさを思い出しながら聞いていると皆が立ち上がり急にどこかへと行こうとしたのだ。
この状況についていけず「ん? あれ?」と言ってしまう始末。
すこしはちゃんと聞いておくべきだったか。
とりあえず皆の向かう場所へと付いて行くと演習場へとたどり着いた。
見渡す限りの広い大地。
演習場の端々には木々が生い茂る場所やら川が流れている場所、的の用意された施設等々あり他の学院生が授業で使っている姿も見られた。
「あー、これより魔術基礎学、魔力事象変換演習を行います。それではみなさん、それぞれこちらに用意した杖を手に取ってください」
演習場入口にある備品管理小屋とでも言うべき場所にてちんまりとした杖を取ろうとした瞬間だった。
杖を取ろうとした手を跳ね除けられたのだ。
「おや失敬」
「ん? あ、すいません」
「あまりに田舎臭かったんで手で払えばなんと……人だったので驚いたぁ」




