第13話 寄り添うとは
「えっと……え?! 俺なんか……した?」
「違う……違うんです……」
いつになく俺は焦ったと思う。
それが何故なのかはわからない。
ネリエルは魚臭いだろう手を目に当ててぽろぽろと涙を流してしまっている。
「ネリエル様!!」とアリスがネリエルへと近づくと「待って! 大丈夫……」と声がかすれながらも一言だけ伝えた。
俺の手にピクピクっと最期を迎えているカルリエの感触が無駄に強く伝わる。
しばらくして落ち着いたネリエルは俺の目をしっかりと「ノエル……ごめんなさい」と言った。
「なんで謝るんだ?」
「……王家が、国がちゃんと……ちゃんとしてないからノエルのような……」
あー……
なんとなくだけど言おうとしてることがわかった気がする。
でも……なぜネリエルが泣くのか。
俺なんて赤の他人だろうに。
俺自身、王家の事はわからない。
どの程度、政治に関与出来てどの程度の裁量があるのかなんて興味もない。
考えても腹は膨れないしどうこうできる分野でもない。
アリスもなにやら良い表情はしていなかった。
「ネリエル様……」とだけ言いながら俯いている。
んー……わからない。
政治云々ではなくもしかして……俺がネズミを食ったせいなのか?
いやほんとわからない。
ふと、ここでじいちゃんの言葉を思い出した。
それは俺が闇の魔術の魔力コントロールの修行をしていた時の事。
闇の魔術は便利で強力な分、かなり魔力を吸われるのが難点だ。
故にすぐ魔力を枯渇させてしまうし、なんなら一つ使い方を誤れば一瞬で殺戮兵器のような使い方もできてしまう……言うなれば本当に悪魔のような魔術だ。
まあでも納得できない。
光の魔術も似たようなもんなんだから差別されるのは割に合わないだろうに。
こんな愚痴は置いといて……
魔力の枯渇と空腹で倒れて唸っているとじいちゃんが横で俺を見下ろしてきた。
「また魔力を使いすぎたか?」
俺は呼吸するだけで精一杯だった。
魔力の性質は厄介なもので自身の生命力の根幹にも直結する大事なエネルギーでもあることだ。
ひとたびそれが無くなれば命だって落としかねない。
そしてじいちゃんはあきれ顔で言う。
「はぁ……一つ助言をしよう。ノエルには難しい話かもしれないがな? 聞くか?」
正直聞きたくない。
理論や思考の外側にある感覚やら直感は自分で掴むことに意味があると思っているからだ。
じいちゃんがわざわざそれをここで聞いているのは、俺のその心情をないがしろにするような助言を拒む俺の性格をよくわかっているからだ。
けれど難しい話と言われると相当なものなのだろう。
俺はゆっくりと頷くとじいちゃんは俺の目を見て言った。
「魔力を……一人の人として見て対話をしなさい」
「ひ……と?」
普通に意味不明だ。
魔力はその人の中にある生命力その物に等しい。
人のように感情や立ち居振る舞い、性格なんかあるわけがない。
そしてじいちゃんは俺の胸に手を当てて言った。
「ほれ……ノエルの魔力は今悲鳴をあげておる」
「ひ……めい?」
「そうだ。魔力とておまえさんと同じように生きている」
「い……き……てる」
「そうだ。今の状況をおまえさんなり例えるなら……極度にお腹が空いている中で目の前に美味い物があるようなものだ」
この時、何故か『魔力を人として見る』という意味不明な言葉に納得がいった気がした。
「そ……れは、悲鳴……もあげたく、なる……な」
「っふ。飯の事となると途端に感情移入するな? まったく……」と呆れながら俺へと自身の魔力を分け与えてくれた。
「だからな? 日々、強いてる瞑想も……ひとえに自身の魔力という相手を理解し共に育むためにするためにしているのだよ?」
それからじいちゃんは立ち上がってから俺の闇の魔術で綺麗に無くなった森の方を見た。
「いつか……いつかノエルが……誰かの事を考える日が来た時。理解し難いことも多くあるだろうが……その時は優しく、理解するよう努めなさい。それが自身の魔力も……そして人も……ノエルに答えてくれるだろう」
優しく理解するよう努める……か。
人への理解。
いつも没頭している探究の外側にはいつも誰かがいるのはわかっている。
けど……ネリエルを理解すると何かが変わるだろうか。
そして涙を流すネリエルを前に俺は「あー……えっとな? いや……ネリエルは、なんで泣いてるの?」とだけしか言えなかった。
しかし意外にもネリエルはその問いに答える。
「国の在り方……民がまっすぐに健やかに生きることのできる世の中をつくるのは……私達の使命だから……」
「ふーん。まあ王族だしな? わからないけど……だけど政治とか、ネリエルがどうこうできるもんじゃないんじゃない? なんか……複雑そうだし?」
「はい……とても複雑です。一筋縄ではいきません。こうして逃げてきた卑怯な私でも……力ある者は理想を掲げなくてはなりません」
「理想……?」
「はい。理想があるからこそ……私達は王家の者、足りうるのです。私がどんなに惨めで……お母様の想いに応えられなくても……すみません。言いたいことが私も定まってなくて……でも……でも……」
まだ続くようだ。
こうして話している間もカルリエの味が変わってしまうかもしれない。
いやまあ後日、熟成する過程を観察してみる時に新鮮さを確かめるのもいいけどな。
とりあえず、難しい話は置いといて……
俺はカルリエを食べたい。
「まあ、なんかよくわかんないけど……カルリエ食べようよ? 今は食べることもできてるんだからさ? 美味しい物食べたら元気になるよ?」
そう俺が言った途端に今度は胸に手を当てて涙をなんとかこらえてからネリエルは満面の笑顔になった。
いや、この移り変わりもよくわからん。
「そう、ですね。すみません!! はぁ……海のお水は目に沁みますね?」
「そう? あ、あと魚の油は臭いからね? ちゃんと後で手を洗ってね」
「はい! わかりました」
アリスのホッとした様子を横目に荷物を取り出す。
まな板、そしてさっきの包丁を海水でジャバジャバと洗ってから水魔法で軽く流す。
ビンに詰めた調味料の数々を取り出して準備は万端。
「さて……食うぞぉ? まあ楽しみに待っててね?」
「はい! わかりました!」とネリエルは腫らした目で俺の手元を食い入るようにじっと見ている。
この緊張感はいったい何なのかと言いたいところだけれども……やることは変わらない。
先ずはそこそこ厚い鱗をカリカリと取っていきながら適度に水魔法で洗い流す。
この水魔法は生活魔法としても重宝されてる。
短い術式を火でなぞり大気に混ざった水分を圧縮して出すだけだらそこそこ簡単だ。
なんだか無口なのもあれかもしれないのでちゃぱちゃぱと洗いながら。
「カルリエは食べたことあるの?」
「ありますよ! 王宮で何度か」
「経験者だったか……俺はまだなんだけど、どんな味がするの?」
「うーん……改めて聞かれると例え難いですね」
「なんでもいいよ? うまい、まずい、苦い、辛い……表現は多種多様だ」
「そうですね。率直に言いますと……身、事態は淡泊でしょうか?」
「淡泊……か。味は薄いのか?」
「ソースがかかっていたりしていたのでそれを絡めて食べるのが美味しかったですね」
「なるほどね」
洗い終えたカルリエの腹を裂いて内臓を取り出す。
苦い袋を潰さないのは川魚と一緒っぽそうだ。
けれどたまにこれが旨い奴もいるのでとっといておく。
「ノエルは食べたことあるのですね?」
「海へくることなんてないからなぁ」
「そうなのですね」
「まあ……あるにはあるのかもしれないけど、じいちゃんがたまに王都へ行って持って帰ってきてくれた時は生臭くてどうしよもなかったからなぁ……」
「あぁ……それは美味しくなさそうです」
さくっとエラの後ろから包丁を入れてカルリエの頭を落とす。
それから背側から骨に合わせて切る。
「ノエルのその……おじいさまは、かの極光の魔術師……グラン様なのですよね?」
「ああ、そうだよ。よく知ってるね?」
「知ってるも何も先ほど、学院では噂になってましたから……」
「じいちゃん無駄に偉いからなぁ」と言うと目を丸くしてネリエル。
「む、無駄?!」
「う、うん。まあでもすごい魔術師なのは確かだから偉いのも頷けるよ」
「そ、そうですよ! この国の希望の光……悪魔王を退け大戦を勝利へと導き平和を実現させた大英雄。その光の下に救われた方はとても多いのですよ? 私も……それだけの力があれば……」
「肩書きを聞くとすごそうだよなぁ……」
じいちゃんがすごいのは昔から耳が腐る程に聞いている。
まあ、それよりもだ。
脂ののったカルリエの身を切りだして表を切り終える。
そして裏面も同じように切る。
こうしている間だけで俺は涎が出そうだった。
油は臭くなるけど、新鮮な油というものはとても甘くて良い匂いがするんだからたまらない。
「確か、お弟子さんが学院に二人いらっしゃると聞きましたが仲はよろしいのですか?」
「ん? ああ、学院に兄弟子と姉弟子がいるね」
「ですよね! どんなお方なのですか? 多分、その兄弟子様と一度王宮ですれ違ったことはございますが、お話はしたことがなかったので……」
「ああ、ハル兄か。ハル兄は暑苦しいかな? ずっと模擬戦やろうぜ!!って言って俺の事ぼこぼこにしてくるひどいやつだ」
じいちゃんには他にも何人か弟子はいる。
その中で俺は一番下の弟弟子だ。
確か今学院にいるっていうあの姉弟子……ニアを取ってからぱったりととらなくなったんだっけか。
「そうこう言っている間に出来上がったぞ?」と切り身を食べやすい形に整えて出来上がったものを一応見栄え良く整えた。
「ずいぶんと綺麗に切りますね?」とアリスが腕を組みながら言う。
「慣れてるからな?」
なんか褒められて嬉しかった。
「これは生のままで食べるのですか?」とネリエルが言うと「生は危険なのでは?」とアリス。
「ああ、生のままで食べるよ。市場や遠くに出荷される場合は火を通した方が良いけど海の魚はだいたい生で食べられる……らしい」
「らしい……か」とアリスは眉をひそめた。
「まあ、お腹痛くなったら治すから大丈夫大丈夫」
「そんな悠長な……」
「食べたくなかったら後で焼いた奴をあげるよ」
「治すって……ノエルは治癒魔法が扱えるのですか?!」
ネリエルが目を輝かせながら俺に問いかけるが今はそれどころじゃない。
一刻も早くこの海の味を確かめたい。
空腹を満たしたい。
そして俺は待ちきれず「そこそこだけどな?」と適当な返事をして「よっし!! いただきます!!」とカルリエの切り身を口へと運んだ。




