第10話 神の御業
「うわ?!」
俺は思わず飛び上がってしまった。
すると「きゃ!」と同時にネリエルも立ち上がる。
それがいけなかった。
ネリエルは足を滑らせて岸壁から落ちてしまった。
「まずい────」
咄嗟に俺はネリエルをかばい岸壁の下部にある砂浜へと飛ぶ。
なんとか庇えるかと俺が下になる事に成功したのは幸いだった。
しかし俺の溝落ちへとネリエルの肘が入る。
「ぐふぇ?!!」
なんと情けない悲鳴だろうか。
「いたた……は?! ごめんなさい。ノエル大丈夫ですか?!」
「い、息が……ち、ちち、ちゆ……」
「ちゅう?!?」
ちくしょう息ができねえ。
「ち……ちが」
「っは?! 治癒ですね?! わかりました! どこが痛みます?!」
ん?
ネリエルは治癒魔法を扱えるのだろうか?
自分でやった方が早そうだけれど……じいちゃん以外の人の治癒魔法を受けるのは初めてだ。
とても気になる。
いやいや、痙攣しちゃって息ができないんだからそんなこと言ってる場合じゃ無いんだけれども!
俺は言葉にならない声でジェスチャーを交えながら溝落ちを指差した。
「わかりました!! 待っててくださいね!」
ネリエルの暖かな手のひらが俺の胸を優しく触れる。
瞬間、幾何学模様にも似た魔法陣が展開された。
まさか……
「光の御神よ。迷える仔羊を救うべく不浄なる闇を振り払う聖なる祝福を、この手に分け与えたまえ。リキュぺレイション!」
ここで神の行使する魔術……奇跡を見ることになるとは思いもよらなかった。
ネリエルの手から伝わる温かな癒しの感触。
これは普通の治癒魔術では成せない。
どんなに魔術を極めようと到達しえない人智を超えた神の御技。
それが奇跡。
光の神の奇跡を扱えるという事は……光の神官でもある証だ。
王女であり光の神官……か。
国にとっては、さぞ象徴たりうる王女様な事だろう。
痛みも消えて腹部を押してみて確認する。
さすがと言うかきれいさっぱりと治っていた。
「ど、どうですか?」
「うん。ありがとう」
「私の方こそ。ありがとうございます……すみません。急に話しかけてしまって……」
「まあ、びっくりしたけどいい物を見させてもらったからな。気にしてないよ」
「それなら……よかった」
笑顔で俺を見下ろす彼女はどこかにこやかだった。
それよりもだ……
「あと……どいてもらえると助かるかな?」
まじまじと今の状況を二度見するネリエル。
するとじわじわと理解しはじめたのか頬を赤らめてしまった。
「は?! ああ、えと、ええっと……ごめんなさい!!」
ネリエルは即座に俺からどくと遠くより「ネィル様!! ネィル様は何処に?!」と大声で慌てたアリスがネリエルを呼びながら走っているのが見える。
まさかとは思うが……
黙ってきたんじゃないだろうな?
「アリス!! こっちこっち!」
「ネィル様!!!」
駆けるアリスはこちらへと来て息を切らしながら。
「勝手に……勝手に離れられるのは困ります!!」
「ごめんなさい。ちょっと好奇心が勝っちゃって」
「だとしても……こうやって……私の横をスッといなくなるのはおやめください!! 毎回肝を冷やすんですからね?!」
「はーい……ごめんなさい」
「返事は『はい!!』です!」
「はい!」
毎回という事は常習犯なのだろうか……
とんだお転婆王女様だ。
叱られる王女様とお怒りの従者。
しかし、こりゃまた何を見せられているのやら……
そんなこんなとどうしてこうなったのかを考えているとアリスの視線が俺を刺す。
「して……? あなたはどうしてネリエル様の足元で横たわっているのでしょうか?」
なんだろう?
この軽蔑されるような目は……
ネリエルの足元にいると何かあるのだろうか。
んー……でもしかし、どう説明した物か。
俺はゆっくりと立ち上がる。
まあ危なかったのは確かだしとりあえず……
「えっと……さっきまで馬乗りになっててそれで」
「な?! な……ななな?!」
途端アリスが驚き青ざめ始めてしまった。
「ちょっと! ノエル?!」
対照的にネリエルはさっきより赤くなってしまった。
だめだ状況が掴めない。
「ま! まって? 俺……変な事言ってる?」
「貴様……その変態的趣向をよもやネリエル様に?!」
「え? 変態的趣向?!」
「ち、違う! 違うのアリス!」
「問答無用です! ネィル様を王女と知り……不貞行為をはたらこうなど……ま、まさか馬乗りになど!! ここで捕らえてくれるわ!!」
「え?! ええ?!!」
俺の前からどかないネリエルを優しく押しのけて前へと出ようとするアリス。
「アリス待って!! お願い待って?!! ノエルは不注意な私を助けようとしただけなの!」
「ふ、不注意……?」
そこでネリエルは俺の思考が追い付いていない中で理路整然とちゃんと説明してくれたのだった。
「はぁ……ネリエル様がノエルさんを驚かせてしまった拍子に二人して、ここに落ちてしまった……と?」
「そうだぞ? まったくびっくりしたよ」
「あはは……ごめんなさい」
「あはは、じゃありませんよ?! 一歩間違えていたらお怪我をされていたのですよ?!」
「ご、ごめんなさいってば……」
「もう18にもなるのですから御自身の身の周りや立ち居振る舞いについてはちゃんと気を付けてくださいとあれほど────」
こうしてネリエルはこってりとアリスに叱られるのだった。
そんな二人のやり取りを横目に俺は岸壁を登る。
さっきと状況の変わらない釣り竿。
溜め息混じりに引き上げてみると……
ピクリとも動いてなさそうな竿だったのにちゃんとエサは消えていた。
「海の魚……やりおる」
餌箱から新しく取り出し再度釣り針に着けているとネリエルがじっと見ていた。




