表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どんぐり金庫の貸付帳 ――元Aランク冒険者の若き女店主は、今日も、駆け出し冒険者たちに金を貸す。――  作者: しばたろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/14

09 貸付1,000,000GOLD 飲み代のツケ

 アルテは、隠しきれないあきれ顔を浮かべながら、百万ゴールドを頑丈な大きな革袋に詰め込んだ。

 金貨がぶつかり合う鈍い音とともに、パンパンに膨れ上がった袋を、オルフェが「よいしょ」と背負う。

 

「この恩は一生忘れません。アルテ、あなたに神のご加護がありますように」

 

 オルフェは、一点の曇りもない慈悲に満ちた瞳でアルテを見つめた。

 

「いいから。ちゃんと返しなさいよ」

 

 アルテは冷たくあしらうように手を振った。

 

「わかっています。三日以内には、必ず返すわ」

 

 意気揚々と、オルフェは店を出ていった。

 その後ろ姿を見送りながら、ニルスが不安げにアルテへ尋ねる。

 

「本当に大丈夫なんでしょうか? あんな大金、ちゃんと返してくれるんですか?」

 

「大丈夫よ。彼女、大嘘つきだけど……約束だけは絶対に守るわ。」

 

 

 それから二日が経った、夕暮れ時。

 『どんぐり金庫』には、アトラスが借金返済に訪れていた。

 彼は暖炉の前で、アルテが淹れたお茶を「ふぅふぅ」と冷ましながら、実にうまそうに啜っている。

 

「今の借金も、これでようやく完済ね。アトラス、ご苦労様」

 

 事務作業を一休みし、同じく暖炉の前で茶を飲みながら、アルテが労いの言葉をかけた。

 

「……ああ」

 

 アトラスは短く応じると、茶杯を置いてアルテを直視した。

 

「そこでだが。また金を借りてもいいか?」

 

 その意外な申し出に、アルテは怪訝そうに首をかしげる。

 

「いいけれど。何か急な入り用でもできたのかしら?」

 

「いや、新しい防具を新調しようかと思ってな」

 

 アトラスの返答は、どうにも歯切れが悪い。

 

「いいけれど……アトラス、あなた最近のクエストでそれなりに稼いでいるでしょう? 私から借金なんてしなくても、大抵のものは買えるはずだけど」

 

「いや……そうなんだが。……だめだろうか?」

 

 なおも食い下がるアトラスに、アルテはますます首をかしげた。

 

「まあ、断る理由はないけれど」

 

 そんな奇妙なやり取りをしている最中、カランカランと乾いたドアベルの音が響いた。

 

「ごめんください」

 

 扉を開けて入ってきたのは、オルフェだった。

 夕日に照らされたその姿は相変わらず神々しいが、アルテには、それが胡散臭くて仕方がない。

 

「いらっしゃい、オルフェ」

 

「アルテ、約束通りお金を返しにきました」

 

 オルフェは背中に背負っていた、重そうな革袋をカウンターの上に「どすっ」と置いた。

 

「利子もしっかり上乗せしてありますから」

 

 満足げに微笑んだ彼女は、暖炉の前で座っている男の存在に気づく。

 

「あら、先客かしら?」

 

 アトラスがオルフェを仰ぎ見る。彼は短く会釈をした。

 アルテは革袋の紐を解き、中身を確かめながら二人を紹介した。

 

「アトラス、彼女はオルフェ。私の元パーティ仲間。……オルフェ、彼はアトラス」

 

「アトラス。戦士だ」

 

 アトラスは淡々と、淡泊に挨拶を済ませた。

 

「あらあら。よろしくね、アトラスさん」

 

 オルフェはそう言うと、勧められるよりも早く暖炉前の一等席に腰を下ろした。アルテはあきれつつも、彼女の分のお茶を淹れてやる。

 

 アルテは返済金額を確認しつつ、ふと、ある素朴な疑問をぶつけた。

 

「オルフェ。あなたは必ず約束を守ると思っていたけれど……それにしても、百万ゴールドなんて大金を、こんな短期間にどうやって用意したの?」

 

「ふふっ」

 

 オルフェは心底おかしそうに、鈴を転がすような声で笑った。

 

「わたくし、馬車に『商品』をいっぱい積んで帰ってきたんですよ」

 

「商品?」

 

「そう。塩です」

 

「塩か」

 

 アトラスが感心したように繰り返した。

 アルテも内心で舌を巻く。塩はこの街から遠く離れた産地でしか採れず、物流の不安定な冬場には特に貴重品となる。

 

「この街の商会に、かなりいい値で売れました。」


 オルフェは熱い茶をゆっくりと啜り、ふぅと息をついてから話を続けた。

 

「この二年間、商売をしながらあちこちを回りましてね。どこで何が必要とされているか、さんざん調べ尽くしましたの。やはり、こういうことは現地へ行き、そこの人々の生の声を聞いてみないと、なかなか分からないものですよ」

 

 そう言って胸を張るオルフェの姿を見て、アルテは二年前の春の日を思い出していた。

 なけなしの金でこの街の特産品を少しばかり買い、それを荷馬車の一角にちょこんと載せて、コトコトと頼りなげに旅立っていった彼女の後ろ姿を。

 

(――そうか)

 

 行く先々の市場で、街角で、そして何より酒場で。

 商人、冒険者、そして街の住人たち。オルフェはあらゆる人々の輪に飛び込み、さまざまな情報を引き出していたのだ。酒場の中心で、屈強な男たちに混ざって豪快にジョッキを煽り、笑い声を響かせる彼女の姿がありありと脳裏に浮かぶ。

 

 いかにも彼女らしいやり方だ、とアルテは納得した。

 そうして積み上げた情報の結晶が、百万ゴールド以上の価値がある「塩」という商品に姿を変え、彼女の馬車を満載にして戻ってきたのだ。

 

(この二年間、オルフェも死に物狂いで頑張っていたんだわ……)

 

 アルテは少しだけ目頭が熱くなるのを感じた。

 

「しかし、女一人で方々を旅していたのか? 危なくはなかったのか?」

 

 アトラスが、心底感心したように尋ねる。

 

「ふふ、これでも、冒険者の端くれですからね」

 

「アトラス。彼女、こう見えてもAランクよ」

 

 アルテの補足に、アトラスは「はあ、そうは見えないが……」とさらに驚きの色を深める。

 

「冒険者が商売をして回る場合の最大の利点ですわね。護衛を雇う必要がありませんもの」

 

 しれっと言ってのけるオルフェに、アルテは苦笑した。

 

「先日の話、山林で盗賊に襲われたというのは本当よ」

 

「ほう」

 

 アトラスが声を上げる。

 

「それで、神官のあんたがどうやって一人で盗賊共を相手にしたのだ?」

 

「なぎ倒してやりましたわ」

 

「なぎ倒した……?」

 

 予想外の物騒な返答に、アトラスは面食らった。

 

「アトラス。オルフェの戦い方は独特なのよ」

 

 アルテが教える。

 オルフェの武器はメイス。いや、メイスと呼ぶにはあまりに無骨だ。それは二メートル近い、太い鉄の棒である。

 普段はそれを馬車に隠しており、いざという時はそれを引き抜いて戦場に立つ。防御魔法で自身の守りを極限まで高め、さらに『重量魔法』で重さを軽減したその「鉄塊」を、羽のように軽々と振り回すのだ。

 接近戦ではまさに無双。相手からすれば、たまったものではない。

 

 ──参考になる。

 おおよそ聖職者の戦い方ではないが、アルテはその合理的な戦闘スタイルに密かに感心していた。

 

「ははあ……なるほど」

 

 アトラスも、半ば呆れたような顔で頷いた。

 軽い口を叩きながら、アルテはカウンターで現金の確認を終える。

 

「……オルフェ。利子が多いわ。こんなに貰っていいの?」

 

「ふふ。もちろんですわ。またすぐにお世話になるでしょうからね」

 

 オルフェが茶目っ気たっぷりに微笑む。

 

「オルフェ、この街にはいつまで?」

 

「春先にはまた行商に出ますわ。それまでは仕入れも兼ねて、この街に滞在します」

 

 そうか。

 しばしではあるが、背中を預けられる旧友が近くにいてくれる。アルテは、言葉にできない心強さを感じていた。

 

「さて!」

 

 オルフェが勢いよく声を出す。

 

「では、参りましょうか。アルテ、アトラスさんも」

 

「どこへ?」

 

「決まっていますわ。わたくしの凱旋を祝う祝宴です! ギルドの皆さんも待っていますよ」

 

 そう言って意気揚々と立ち上がるオルフェ。

 

(全く……ちゃっかりしているわね)

 

 アルテは呆れ果てた。

 この神官は、結局のところ、賑やかな場所が大好きなのだ。

 

 アルテは苦笑いしながら、羽織りを手に取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ