最終話 開校
「では、人材の件は、ひとまずアルテのおかげでしのげそうだ。この件は継続して取り組んでいくことにしよう」
マルクが場をまとめるように告げた。
そして、彼は表情を引き締め、次の課題について提言する。
「次に運転資金についてだが。」
「物件賃借料、訓練用備品の購入、職員への給与、事務・管理費、修繕費用、ほかにも、広報費やら諸々、飛ぶように金がかかる」
皆が、ごくりとつばを飲み込む。
「これらの資金は、俺たちの学校は、特にどこからも補助があるわけではないので、自分たちで調達する必要がある」
「もちろん、生徒たちから授業料を徴収するが、そんなに多くは取れない。特に若手冒険者からはな」
セドリックがその言葉に付け加える。
「うちの魔法薬の利益を可能な限り、運転資金に回そう。だが、それでもまだ、不足分は補えないだろうがな」
「その通りだ。それを勘定に入れても、三か月間分の授業料として一人当たり最低十万ゴールドを徴収する必要がある」
マルクは数字を提示し、言葉を続けた。
「もちろん、冒険者ランクによって調整することは考えている。だが、いずれにしても特に若手冒険者には、決して小さい額ではない」
そこでアルテが口を挟む。
「まとまった授業料は、うちが貸し付ける。ということで良いわね」
「ああ、それで頼む。ギルドにもそのように伝えてある」
マルクの返答に、アルテは少し困ったような顔を見せた。
「それでも、一度に百名に貸し付けることのできる資金は、さすがに無いの。これが課題ね」
重苦しい沈黙が流れる。誰もすぐに打開策を思いつくことはできず、一同は首をひねるばかりだった。
「どうしたものか……」
その時だった。
カランカラン、と軽やかな音が店内に響き、どんぐり金庫のドアがゆっくりと開いた。
「ただいま、帰りましたわよ」
そこには、純白の法衣にブロンドの髪をなびかせた、一人の神官の女性が佇んでいた。背後から差し込む夕日が、彼女の姿を後光のように輝かせている。
「オルフェ!」
全員が一斉に彼女の名を呼んだ。
「あら、みんなお揃いなのね?」
オルフェは、聖女のような微笑みを浮かべた。
(それにしても、この神官……計ったようなタイミングで登場するわ。まったく天性の役者だわ)
その神々しいまでの笑みを見ながら、アルテは独り、心の中で呆れ果てていた。
◇
オルフェのセンセーショナルな登場により、場の空気は一気に彼女の独壇場となった。議論は一時中断され、まずは彼女の近況報告が語られることとなる。
「今回は、黒胡椒を山と積んできましたわ」
「コショウか!」
アトラスが感心したように声を上げた。
アルテも内心で舌を巻く。前回、オルフェが仕入れてきた塩も貴重だったが、黒胡椒はその塩よりもずっと高値で取引される代物だ。
「塩の何倍もの値で売ることができると思いますわ。ふふふ」
さすがと言うべきか、この神官の商魂は相変わらず凄まじい。アルテはまたしても呆れ半分、感心半分といった心地だった。
しかし、このままでは彼女の大風呂敷な冒険談が延々と続いてしまう。アルテは「閑話休題」とばかりに、強引に話題を元に戻した。これまでの経緯、そして直面している資金難について、掻い摘んでオルフェに説明する。
一通り話を聞き終えたオルフェは、まず深く頷いた。
「まずはマルクとセドリック、ご結婚おめでとうございます。」
そして、カレンとベアトリスに向き直る。
「見ず知らずの土地にやってきて、生涯の伴侶と共に懸命に生きようとしているあなたたちには、きっと神の御加護がありますでしょう」
そう言って、淑やかに祈りを捧げた。
突如現れた聖女のような神官に祝福され、カレンとベアトリスは毒気を抜かれたように恐縮してしまっている。
「それでは、本題ですけれども」
オルフェは表情を整え、さらりと言ってのけた。
「今回の商品を売却すれば、まとまったお金になりますわ。アルテ、それを預けますから、生徒たちの授業料の貸付に使いなさいな」
「ありがとう、オルフェ。本当に助かるわ!」
アルテは救われた思いで彼女の手を取った。マルクにいたっては、今にもオルフェを拝まんばかりの勢いだ。
「ところで――」
オルフェが慈愛に満ちた微笑を浮かべたまま、言葉を継ぐ。
「アルテ、少しばかりお金を貸してくれますでしょうか?」
その不吉な響きに、アルテの表情がみるみる硬くなった。
「もしかして……」
「ええ。ご察しの通り、先ほど門の前でギルドの方々に、馬車ごと没収されましたわ」
オルフェは相変わらず、満面の笑顔で答えた。
◇
それから一か月が過ぎ、いよいよ冬の足音が聞こえ始めたその日。
グレイムの街を見下ろす小高い丘の上に、新しく産声を上げた『グレイム冒険者訓練所』にて、記念すべき第一回入学式が執り行われようとしていた。
中庭を埋め尽くしたのは、総勢百名に及ぶ冒険者たち。
中には再起をかけるベテランの姿も混じっているが、その大半は、冒険者になることを夢見る者や、まだ土の匂いが抜けないなりたての冒険者ばかりだ。近隣の街から、噂を頼りに遥々やってきた者も少なくない。彼らの瞳には、等しく希望の光が宿っていた。
彼らの面前に並ぶのは、教官を務めるカレン、アルテ、セドリック、そしてアトラス。
この街、ひいては地方を代表するAランク冒険者が居並ぶ光景は、見る者を圧倒する威容を放っていた。その隣にはギルド長のグレインをはじめとする幹部たちが、さらにその傍らには、お手伝いとして駆けつけたニルス、セシル、バルト、ルカ、ノエルといった若手冒険者たちが、誇らしげに胸を張っている。
群衆の最後方では、オルフェとベアトリスの二人が仲良く並び、どこか感慨深げに式の始まりを見守っていた。
静寂が場を支配する中、校長であるマルクがゆっくりと壇上へ上がった。
百対の視線が一斉に彼へと注がれる。
「半年後――」
マルクが静かに、しかし力強い声で切り出した。
「いつも通りなら、君たちのうちの半分が冒険者を諦め、故郷に帰っているだろう」
予期せぬ厳しい言葉に、生徒たちの間にどよめきが起きる。だが、マルクは言葉を止めない。
「さらに残った者のうち半分は、その半年後には、この世にいないだろう。それが冒険者の現実だ」
ざわめきはいっそう大きくなり、若者たちの表情に緊張が走る。その空気を切り裂くように、マルクは宣言した。
「『グレイム冒険者訓練所』の目的はただ一つ。一年後、ここにいる全員が冒険者として生き残ることだ!」
その宣言に、中庭の空気が一変した。
「俺はそのための技術を、アレクス勇技総合大学校から持ち帰ってきた。それを余すことなく皆に伝えることを約束しよう。共に戦い、共に学ぼう」
「今日ここに集った全ての冒険者たちに、幸あらんことを!」
マルクが締めくくると、一瞬の静寂ののち、地を揺らすような大きな拍手が巻き起こった。
アルテは、希望と覚悟を宿した生徒たちの表情を見つめ、静かに胸の内で呟いた。
(今ここに、私たちの夢が叶った。でも、これは同時に新しい始まり……。)
──さあ、これからもっともっと忙しくなるわよ
ふと、厚い雲の隙間から冬の柔らかな太陽が差し込み、これまでにないほど晴れやかで、未来を見据えるアルテの横顔を鮮やかに照らし出した。




