24 学び舎設立前夜
マルクとカレンは、翌日からさっそく行動を開始した。
まずはギルドを訪れ、ギルド長のグレインを訪ねる。数年ぶりに、それも美しい連れ合いを伴って突然現れたマルクに、グレインは目を丸くして驚いていたが、すぐに無事の帰還と結婚を心から祝福してくれた。
マルクはカレンを紹介したのち、このグレイムの街に冒険者の学校を作る構想を伝え、協力を申し出た。グレインは居住まいを正すと、深く頷いた。
「本来ならギルドが中心となって取り組むべき課題だ。それを、お前が身を削って動いてくれていることに、ギルドを代表して感謝する」
そう述べたグレインは、全面的な協力を約束してくれた。
さっそく学校の設立場所を探していると伝えると、グレインは心当たりをあたってみると言ってくれた。
数日後、彼から「ちょうど良い場所がある」との連絡が入った。
紹介されたのは、街の喧騒から少し離れた高台にある「旧・騎士団の練兵場跡地」だった。
すぐに仲間たちと共に現地へ向かった。そこは、かつて国境警備の小隊が駐屯していた場所で、歳月を経てなお頑強な石造りの平屋――旧宿舎――がどっしりと構えていた。高台にあるため見晴らしが極めて良く、街の屋根の重なりを一望することができる。
「いい眺め……」
アルテが、思わず感嘆の声を漏らした。
「中庭も、実戦演習をこなすのに十分な広さだな」
カレンが鋭い視線で敷地を検分しながら言う。かつて王都で生徒を見守ってきた彼女の目にも、ここは理想的な環境に映ったようだ。
「場所的にこれといった使い道もないらしく、相場よりもかなり安く貸し出してもらえるそうだ」
マルクが満足そうに頷く。
一方で、ベアトリスはセドリックの腕を引っ張ると、さっそく裏手の茂みへと、めぼしい薬草を探しに消えていった。
「本当に、良い場所が見つかったわね」
アルテが満足そうに微笑み、マルクもまた力強く頷いた。
マルクの中には、この広い中庭で、カレンが生徒を相手に鋭い剣術の指南を行っている風景がありありと浮かんでいた。
『グレイム冒険者訓練所』
かつて騎士たちが汗を流したこの高台の跡地に、新たな息吹を吹き込む学び舎をそう名付けることとした。
王都のアレクス勇技総合大学校のような巨大な組織ではないかもしれない。 だが、この街の未来を担う若き冒険者たちが、基礎を学び、互いを高め合い、そして安全に翼を広げていける場所。 マルクとカレン、そして仲間たちが共に作り上げる理想の形が、この名に込められていた。
◇
それからのマルクは、カレンを伴って『グレイム冒険者訓練所』の整備に明け暮れる日々を送った。かつての騎士団練兵場跡地は、二人の手によって着実に学び舎としての体裁を整えていった。
また、マルクはギルドに依頼し、新入生の募集を大々的にかけてもらった。
そのうたい文句は「王都の名門・アレクス勇技総合大学校のノウハウを、この街で学ぶことができる」というものだ。辺境の若者たちにとって、これ以上に魅力的で胸を高鳴らせる言葉は他にないだろう。
一方、ベアトリスはグレイムの街での記念すべき最初の魔法薬を完成させていた。まずは体力回復薬や毒消し薬といった、冒険者の必需品であるシンプルなものからだ。
それらはロザリアの魔道具店を通して販売されたが、驚くべきはその価格だった。なんと、これまでの相場の十分の一という破格の設定である。ベアトリス曰く、これでも十分な利益が出るのだという。
あまりの安さに、当初は品質を疑っていた冒険者たちもいた。しかし、実際に使ってみて従来の魔法薬と何ら遜色ない効能を知ると、その評価は一気に覆った。魔法薬はたちまち街中の評判となり、連日、飛ぶように売れていく。
「魔法薬を安定供給することが今後の課題だな」
活気付く店先を眺めながら、セドリックはどこか他人事のようにうそぶいていた。
そんな慌ただしい日々の合間を縫って、アルテとセドリックはカレンのもとに集まった。彼女から、アレクス勇技総合大学校の専門科や統合実践科が誇る高度なカリキュラム、そして講義内容の伝授を受けるためだ。
三人は、王都の最先端の知識を、自分たちの『グレイム冒険者訓練所』の授業にどう落とし込むべきか、夜が更けるまで熱心に構築を進めていった。かつて王都で教官を務めていたカレンの知見と、辺境の現状を知るアルテたちの想いが重なり、新しい学校の骨組みはより強固なものへと磨かれていった。
◇
『グレイム冒険者訓練所』の訓練期間は、三か月と定めた。
そのカリキュラムは、実地訓練に重きを置いたものとなっている。
大枠は、アレクス勇技総合大学校と同じだ。
訓練期間は、大きく前期と後期の二つに分ける。
前期は、冒険者としての土台を作る『基礎科』と、それぞれの適性に応じた技術を磨く『専門科』の二本立て。
そして、それらの学びを形にする仕上げの期間として、後期は『統合実践科』を用意する。
職員の布陣はこうだ。
基礎科の講師は、カレン。
専門家の講師は、戦士科は、カレンが兼任。探索科は、アルテ。魔法科は、セドリックが務める。
神官科については、現在ギルドで募集中で、何名かめぼしい候補が上がっている。
そして、マルクは、この新たな学び舎の責任者である『校長』として、訓練所の顔となり奔走する。
なお、戦士科の臨時教官、および、用務員も兼務する予定である。
◇
時間はあっという間に過ぎ、季節は、秋に差し掛かっていた。
『どんぐり金庫』には、かつての冒険仲間たちが集結していた。
『グレイム冒険者訓練所』の開校日は1か月後と定めた。
募集に対する反応は予想以上で、新人や若手を中心に、中には学び直しを希望するベテラン冒険者も交じり、応募総数は100名近くに達している。
だが、準備を進める中で、いくつかの課題が浮き彫りになってきた。今日はその対策を話し合うための集まりだった。
最大の問題は、圧倒的な教官の不足だ。
100名もの生徒を指導するには、今のメンバーだけでは、どうしても手が足りない。
そこで、アルテが身を乗り出して提案する。彼女はこの街で、ただ店を守っていたわけではなかった。その細い腕一本で、着実に信頼と人脈を築き上げていたのだ。
「教官として申し分のない人材を一人、スカウトしたいと思っているわ」
アルテが意気揚々と宣言する。
「おお、それは誰だ?」
マルクが興味津々に身を乗り出す。
「今日ここに来てもらっている、戦士アトラス。先日、Aランクに昇格したばかりの実力者よ」
アルテがそう紹介すると、一同の視線が、先ほどから部屋の片隅で置物のように静かに座っていた大男、アトラスへと注がれた。
いきなり名前を振られたアトラスは、
「……初耳だが」
とぼそりと言葉を漏らす。だが、アルテはそんな戸惑いの声など気にする様子もない。
「アトラス。お願い、受けてくれるかしら?」
アルテがその大きな瞳でアトラスをじっと見つめると、
「……わかった。受けよう」
彼はほぼ即答した。
その光景を目の当たりにした一同は、「なーるほど」と心中で全てを察した。
「アルテ、いつの間にか男の扱いがうまくなっているな……」
セドリックが呆れたようにマルクに耳打ちする。
「ああ。しかも、どうやら本人は無自覚のようだ。余計たちが悪い」
マルクは、妹のように可愛がってきたアルテの成長をまじまじと見つめて返した。
「女ってやつは、全く末恐ろしいな」
マルクは、どこか頼もしさを感じながら、そう付け加えた。
さらに、アルテは続ける。
「若手の冒険者たちにも、アルバイトを依頼しているわ。
皆、快く、引き受けてくれた。」
金貸しを通じて、アルテに助けられた若者たち。
彼らもまた、アルテの為ならと、恩を返す時が来たと、張り切って快諾してくれたのだ。




