23 戦士の帰還
夏の午後の陽光が、窓から差し込み、店内の埃をきらきらと輝かせている。
その日、『どんぐり金庫』には、常連の魔術師ルカと神官ノエルが訪れていた。アルテはカウンター越しに、二人が語る最近のクエストの成果について、楽しげに耳を傾けていた。
その時、カランカラン、と軽やかなドアベルの音が店内に響いた。
「……アルテ、いるか?」
革鎧を身に着けた若い男が、旅の埃を纏いながらも、柔らかな笑顔と共に入ってきた。その後ろには、同じく革鎧に身を包み、細身の剣を腰に帯びた若い女性が続いており、興味深げに店内を見回している。
「マルク!」
アルテは思わず声を上げ、カウンターを回り込んで彼のもとへと駆け寄った。
「アルテ、待たせたな。今、帰還した」
マルクは、駆け寄ってきたアルテの頭をやさしくポンポンと叩く。アルテは心地よげに目を細め、安堵の息を吐いた。
「おかえりなさい、マルク」
◇
「セドリックは、もう戻ってきているわ」
アルテは二人に冷たい茶を出しながら、手短に報告した。
「そうか。ということは、例の魔法薬の専門家は?」
「ええ、連れて帰ってきたわ。しかも……」
アルテは一拍おき、「まあ、その話は後ほど……」と含みを持たせて微笑んだ。
二人の会話の横で、ルカとノエルは、新たなアルテの知り合いの登場に興味津々だ。アルテはそんな若者たちの視線に気づき、苦笑しながらマルクを紹介した。
「ルカ、ノエル。彼はマルク。私の元パーティ仲間で、Aランクの戦士よ」
「あなたが、うわさの……」
「アルテさんからお話は伺っています」
若者たちが背筋を伸ばして挨拶を交わす。
しかし、アルテは先ほどから、マルクの隣にスンと澄ました顔で座っている女性が気になって仕方がなかった。柔らかな微笑を浮かべてはいるが、その眼光は隠しきれない戦士の鋭さを放っている。
前回のセドリックの件が頭をよぎる。もしやと思いながら、念のため、探りを入れてみた。
「マルク。……そちらの女性は?」
「ああ、紹介しよう」
マルクは事も無げに、けれどどこか誇らしげに、隣の女性に言葉を促した。
「彼女はカレン。俺の妻だ」
「やっぱり!」
ルカが思わず叫んだ。
「こら、騒がないの」とすかさずノエルがたしなめるが、マルクは何が「やっぱり」なのか分からず、困惑した表情で聞き返す。
「やっぱり……? どういう意味だ?」
「気にしないで。ここにいるみんな、ちょっと既視感を感じているだけよ」
「デジャヴ?」
アルテは肩をすくめ、「まあ、それはおいおい話すとして、奥さんを紹介して」と促した。
「ああ。彼女は、王都のアレクス勇技総合大学校で教官を務めていた。おれと同じAランクの戦士だ」
「よろしく頼む」
隣でカレンが武人らしく、短く、しかし芯の通った挨拶をした。
「Aランクの奥さん!」
ルカがまた叫び、再びノエルに脇腹を小突かれる。
「マルク。あなた、大学校の視察に赴いて、教官まで連れて帰ってきたの?」
アルテは半分呆れ、半分は感心してしまった。うちのパーティ仲間たちは、みな揃いも揃って、想像の斜め上の成果を上げて帰ってくるのだから。
そんな、驚いたり感心したりと、くるくると表情を変えるアルテを見て、カレンが楽し気に口を開いた。
「アルテ。あなたの話は、マルクから聞いていた。想像していた通り、かわいらしい人だ」
「うふふ、ありがとう、カレン。……マルク、私のこと変に話していないでしょうね?」
マルクは降参するように両手を上げ、「大丈夫だ。誉め言葉だけだ」と笑う。
午後の穏やかな光が満ちる店内に、和やかな笑い声が広がっていった。
◇
マルクは、王都での濃密な日々を静かに振り返りながら話し始めた。アレクス勇技総合大学校へ用務員として赴任した経緯。教官であったカレンと共に、生徒たちの成長を見守ってきたこと。そして、彼女からのあまりに心強い申し入れを真摯に受け入れ、二人でこの街へ戻ってきたこと。
マルクが話し終えるころには、『どんぐり金庫』の窓から琥珀色の夕日が差し込み、室内を穏やかに染め上げていた。
「すごい話ですね……まるで物語を一つ読み終えた気分です」
ノエルが感心したように深くため息をついた。
一方、黙って話を聞いていたアルテは、ある一点が気になり、慎重に言葉を切り出す。
「……今の話だと、カレンはあくまで同僚として、あなたの学校づくりのために王都を発ったわよね? それが、この街に到着した時には『夫婦』になっているということは……」
「その道中で、劇的な進展があったということですね?」
ルカがニヤリとしながら言い放ち、即座にノエルに頭をパンと叩かれた。
マルクは、賑やかな二人のやり取りに苦笑しつつ、確かな幸福を瞳に宿して答えた。
「まあ、そういうことだ。帰還の旅の途中で正式に式を挙げ、夫婦となった」
「やはり、そういうことだったのね。なんか、もう……うちの男たちは、ちゃっかりしているというか、何というか……」
「うちの男たち?」
怪訝に首をかしげるマルクに、アルテはセドリックの件を語り聞かせた。彼が王都での魔法薬の専門家を探す旅路でベアトリスと出会い、共に『ハイ・ドラシル』を旅立ったこと。そして二人が旅の途中で結婚し、今は夫婦としてこの街で魔法薬製造の準備を進めていること。
「なるほどな」
一連の話を聞いて、マルクは先ほどから皆が浮かべていた意味深な態度の理由に、ようやく合点がいった。
「セドリックも、やるもんだな」
「あなたもね」
アルテが即座に突っ込みを入れると、店内にこの日一番の笑い声が響いた。
◇
その時、カランカランと軽やかなドアベルの音が店内に響いた。
見ると、そこにはセドリックとベアトリスの姿があった。
「邪魔をするぞ」
セドリックが落ち着いた声で挨拶をする。
一方、ベアトリスは意気揚々と、手にした華やかな花の束を高く掲げた。
「アルテ、見て。この花、これを使えばより強力な……」
いきなり薬草談義を始めようとした彼女だったが、店内にいるマルクとカレンの存在に気づくと、とたんに「はっ」とした表情を浮かべた。そのまま、しゅるしゅると音を立てるような勢いでセドリックの背後に隠れてしまう。
セドリックもマルクの姿を認めると、その顔に喜びが走った。
「マルク。帰ってきたのか!」
マルクに駆け寄り、固く握手を交わした。
『どんぐり金庫』は一気に賑やかな雰囲気に包まれた。
ひと通り互いの紹介と近況報告を終えたのち、アルテが居住まいを正して切り出した。
「マルク。これからどうするつもり?」
「すぐにカレンと共に開校準備に入る。構想は帰路の途中で、二人で練り上げてきた」
マルクは力強く答えた。
「まずは学校を建てる場所を探す。アルテ、準備資金を融通してもらえるか?」
「もちろんよ」
アルテは即座に頷いた。
「あとは生徒集めだな。当面の講師については、基礎の講義をカレンにお願いするつもりだ。」
「専門の実技についても、戦士科については、カレンにお願いしたいと思っている」
そして、アルテとセドリックに向き合い。
「 魔法科と探索科については、まずは、ふたりに講師役をお願いしたいと思っている」
その提案に、アルテがまず名乗りを上げた。
「レンジャー志望の生徒なら、早朝に連れてきなさい。私が森で鍛えてあげるわ」
続いてセドリックも「こちらも仕事が落ち着いてきたので、日中、魔術の講師として参画することが可能だ」と快諾した。
「ああ、ありがとう。あとは神官の教官だが……これについては追々探すこととしよう」
マルクが思案げに言うと、アルテも同意した。
「そうね。オルフェは行商に出かけているから、今は頼めないものね」
そばで聞いていたノエルとルカも、
「自分たちにできることがあれば、ぜひお手伝いします」と熱心に申し出てくれた。
わいわいと賑やかに具体的な段取りを話し終え、ふと、一瞬の沈黙が訪れる。
「いよいよだな」
マルクが、噛みしめるように静かに言った。
「ああ、いよいよだ」
セドリックが、深い信頼を込めて相槌を打つ。
アルテは、そんな頼もしい仲間たちの姿を、眩しそうに見つめていた。




