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どんぐり金庫の貸付帳 ――元Aランク冒険者の若き女店主は、今日も、駆け出し冒険者たちに金を貸す。――  作者: しばたろう


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21 用務員の王都見物

 深夜、静まり返った野営地。生徒たちは交代で見張りに立ち、それとは別に、マルクとカレンも交互に不寝番を務めていた。

 いま、野営地の一角ではマルクが深い闇を睨み、もう一方ではシオンが矢を番えたまま、暗闇に鋭い視線を走らせていた。


「先生の故郷のパーティにも、レンジャーはいるんですか?」


 背中越しに、ふと、シオンが尋ねてきた。


 いると答えると、その人はどんな人物なのかと、憧憬の混じった声で問いを重ねられる。


 マルクの脳裏に、故郷に残したアルテの顔が浮かんだ。


「俺と同じAランクの女だ。見た目は普通の町娘だがな。弓や短剣の扱いは一流だ。幼少から森に潜り続けてきたから、サバイバルや探索の知識も並ぶ者はいない」


「……凄い人なんですね」


 シオンは感心したように、小さく溜息をついた。

 自分と同じ役職の、遥か高みにいる先達。その姿を想像してか、彼はしばらく沈黙していたが、ふと思い出したように茶目っ気のある声を出す。


「その人、もしかして……先生の彼女だったりします?」


 そんな軽口を叩けるほどに、ようやく心の余裕が出てきたか。


「いや、違う」


 マルクは内心で苦笑しつつも、短く否定した。


 刹那――背後のテントが、ガタッ、と小さく動いた。

 

 誰だ? ……聞き耳を立てているのは?


 マルクは気付かぬふりをして、再び夜の帳へと視線を戻した。


 焚き火が爆ぜ、火の粉が舞い上がる。


 静寂が戻った森の中で、夜はまだ、長く続きそうだった。



 翌日の演習は、驚くほど滞りなく進んだ。

 一度「死」の気配を肌で感じた生徒たちは、最後までその緊張感を切らすことはなかった。

 一行は無事に目的地へと到達し、クエスト目標である薬草を採取。周囲の警戒を怠らぬまま、誰一人欠けることなく学園へと帰還を果たした。

 だが、これで終わりではない。

 彼らはこの後、今回の演習を徹底的に振り返ることになる。

 

 自分たちに至らなかったところはどこか。

 あの時、どう動けばより最善だったのか。

 

 己の弱さを分析し、それに基づいた補強と修正を重ね、万全の準備を整えてから次の演習へと臨む。

 この泥臭くも確実な歩みを、夏が来るまで幾度となく繰り返していくのだ。


(なるほど……これをやりきれば、たしかに)


 彼らは、一端の冒険者へと成長するだろう。


 夕日に染まる校門をくぐる彼らの、少しだけ逞しくなった後ろ姿を見送りながら。

 マルクの目には、彼らがいつか戦場の最前線で堂々と立ち回る、輝かしい未来予想図がはっきりと見えていた。


 

 凍てつく空気のなかに、ふと柔らかな風が混じり始めた頃。

 

 共に実習の準備をしていたカレンが、ふと思い出したように問いかけてきた。

「そういえばマルク。王都に来てしばらくになると思うが、もう、いろいろ見て回ったのか?」


 そう言われてみれば、ほとんどどこも見ていないことに気づいた。

 興味がないわけではない。ただ、学園の規模の凄さに圧倒されてしまい、いくぶんお腹いっぱいになっていたのだ。

 そもそも、王都は広く、都会すぎる。

 辺境からやってきたマルクにしてみれば、どこに行けば良いのかまったく見当もつかなかった。


「いや……ここに来た日に、ギルドに立ち寄ったくらいだな」


 そう返すと、カレンは「それはいけない!」と勢いよく詰め寄ってきた。


「マルクの『故郷に学校を作る』という目的のためにも、見ておくべき場所がいくつもあるぞ」

「それは、そうかもしれないが……」

「いいだろう、私が案内しよう!」

 頼んでもいないのに、トントン拍子に決められてしまった。


 だが、案内してもらえるのはありがたいことに違いない。

「そうか。手間でないのであれば、よろしく頼むよ」


 マルクが答えると、カレンの顔がパッと明るくなった。


「任せてくれ!」



 次の休日。


 マルクはカレンの案内の元、王都見物に来ていた。

 待ち合わせ場所に現れたカレンは、動きやすそうなドレス姿だった。

 少しおめかしをしているようだ。

 やはり学園での姿とは違った女性らしい雰囲気に、マルクは思わずドキリとしてしまう。


 まず連れて行かれたのは、王宮だった。

「流石に中には入れないがな」

 そうカレンが言う通り、外から眺めるに留まったが、それでもその圧巻の光景には度肝を抜かれた。


 ひとしきり見物した後、次に向かったのは王都一の繁華街だ。

 三階建て、四階建ての石造りの建物が隙間なく並んでいる。

 

 マルクが上を見上げて呆けていると、

「こっちだ」

 と促され、一軒の武具店に連れて行かれた。


「ここが王都で一番でかい武具店だ」

 見れば、そこには重厚な三階建ての石造りの建物がそびえ立っていた。


 この巨大な建物すべてが武具店なのだという。

 あまりのスケールのデカさに、マルクは言葉を失う。


 中に入ると、一階のフロアには膨大な数の武器が並んでいた。

 一階は、まるごと武器コーナーなのだという。

 剣、斧、槍……。

 武器の種類ごとにコーナーが分かれている。

 しかも剣であれば、片手剣、両手剣といった具合に、さらに細かい種類でコーナーが区切られていた。

 マルクは、これほど多種多様な武器を一度に見たのは初めてだった。


 食い入るように武器を見つめるマルク。

 その様子を見たカレンは、「どうだい」と言わんばかりの、自信満々のドヤ顔をきめるのだった。



「ここは、試し斬りもできるぞ」

 カレンに促され、マルクの目がさらに鋭く輝いた。


「それは……ぜひ、試したい」

 二人は専用のブースへと移動した。


 そこでは、王都の職人が打ち出した様々な業物が用意されていた。

 マルクは一本一本の重み、重心のバランス、そして刃が空気を切り裂く音を確かめるように、何度も剣を振るった。

 

 カレンもまた、見事な剣さばきで次々と試供品を振るっていく。

 二人は時間を忘れて、散々、試し斬りに興じた。


 その後、二人は上の階へと向かった。

 二階の防具売り場には、洗練されたデザインの軽装鎧から、重厚な騎士鎧までが所狭しと並んでいる。

 三階の道具売り場では、最新の登山用具や野営道具が整然と陳列されていた。

「これは、一日中いても飽きないな……」

 見たこともない工夫が凝らされた道具の数々に、マルクは感嘆の声を上げた。


 だが、何よりもマルクを驚かせたのは、それらの『価格』だった。

「……どれも、安すぎる。俺の知っている相場より、ずっと手頃な値段だ」


 マルクの呟きに、カレンが「ふふん」と誇らしげに頷く。

「生産規模と洗練された物流がなせる技だな。大量に作り、効率よく運ぶ。それがこの安さを実現しているんだ」


 納得しつつも驚きを隠せないマルクが、特に言葉を失ったのは、魔法薬売り場だった。

 棚には、色とりどりの魔法薬が、まるで装飾品のように整然と並んでいる。


「……っ! この値段……本当か?」


 値札に書かれた数字は、マルクの知っている相場の、およそ十分の一だった。


「ああ、驚くのも無理はない。王都に巨大な生産拠点があるからな。物流コストもかからず、中間搾取もない。だからこの価格で安定して提供できるんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、マルクの脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。

 

(これは……まさに、セドリックが成し遂げようとしていることじゃないか)

 かつての仲間が語った理想。


 若者たちが魔法薬を手の届く価格で手に入れられる世界。


 目の前に並ぶ魔法薬の列に、マルクはセドリックが進もうとしている改革の、輝かしい未来を見た気がした。

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