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どんぐり金庫の貸付帳 ――元Aランク冒険者の若き女店主は、今日も、駆け出し冒険者たちに金を貸す。――  作者: しばたろう


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02 経費50,000GOLD 修繕費、他

 日差しが強くなり、季節は麗らかな春から、輝きを増す夏へと移ろうとしていた。


 そんなある日の午後、

 グレイムの街の路地裏に佇む『どんぐり金庫』のドアをくぐる、一組の男女があった。


「アルテさん、こんにちは。お金を返しに来ました」


 神官の娘が穏やかな微笑みを浮かべ、金貨の入った袋を少し掲げて見せた。その後ろに、魔術師の若者がそっと続く。まるで、彼女を守る騎士のような佇まいで。


 カウンターにちょこんと鎮座し、事務処理に没頭していた店主のアルテは、書類から顔を上げて来客に微笑み返した。


「いらっしゃい、ノエル。ルカも」


 『どんぐり金庫』は金貸しの店だ。債務者には、毎月の来店による返済を義務付けている。

 しかし、これはなにも、返済を急かしているわけでも、取り立ての手間を惜しんでいるわけでもない。


 アルテが金を貸した相手が、その後どうやって生きているのか。何かに困ってはいないか。

 そうした様子を窺うための、貴重な機会をこさえているのだ。


「金を貸した相手に野垂れ死にでもされたら、元も子もないでしょ?」

 アルテはいつもそっけなく言う。だが、そう語る瞳には、言葉とは裏腹な温かな灯が宿っていた。


  アルテは二人の顔を見て、心の中で少しだけ安堵の吐息をつく。

(……もう、大丈夫そうね)


 それにしても――と、アルテは思う。

 二人の顔を見ると、あの日の一件をどうしても思い出してしまう。


 彼らがゴブリン討伐に失敗し、這う這うの体で街へ逃げ帰ってきた夜のこと。

 そして日を置かず、アルテの追加融資で装備を整え直した二人が、再びたった二人だけで森へと入っていった日のことを。


 その夜、彼らは生きて帰ってきた。


 そして、ギルドに戻ってきた二人を見て、その場にいた誰もが息を呑んだ。

 顔も体も泥と血でどろどろに汚れ、ノエルの持つ重厚なメイスは、ゴブリンの返り血を浴びて無残なほどに真っ赤に染まっていた。

 疲れ切った表情の中にあって、その瞳だけは、漆黒の森で研ぎ澄まされた刃のような光を放っていた。


 後にルカが語った話では、彼女の戦いぶりは熾烈を極めたらしい。

 アルテのアドバイスに従い、隙のない防具と防御魔法で身を固めた彼女は、ゴブリンどもの剣撃も石礫も物ともしなかった。

 

 それどころか、逃げ場を塞ぎ、殺到する群れの真っ只中へと平然と踏み込み、一匹、また一匹と淡々とゴブリンを掴み上げ、メイスで頭部を粉砕していったのだという。


 その形相に恐れをなして逃げ出す個体は、後方から放たれるルカの正確な火球魔法が確実に仕留めた。

 結果、十数匹いたゴブリンの群れは、影も形もなく全滅した。


 しかし、森に、カイルの亡骸は、もう残っていなかった。

「……連れて帰って、やりたかったのに」

 血に染まった森の中で、ノエルはそう呟いたという。


 それ以来、二人は実直なクエストをこなし、着実に冒険者としての実力をつけつつある。

「カイルの分まで、立派な冒険者になります」

 そう語るノエルは、少しずつ笑顔を取り戻していった。常に寄り添い、彼女を支え続けるルカの存在も大きいのだろう。



 少しの雑談を終え、二人は晴れやかな顔で店を去っていった。


(この若者たちに、幸あらんことを)


 アルテがそんな思いに耽っていると、時を置かず、不意に静かな音が響いた。


 カランカラン。


(ノエルたちかな? 忘れ物でも?)


 アルテはそんなことを考えながら顔を上げ、「いらっしゃいま――」と最後まで挨拶を言い切る前に、その目を見開いた。


 ドアを後ろ手で閉めたのは、二人の大男だった。

 うち一人は、すでに大剣を抜刀している。

 明らかに客ではない。

 

 押し入りだ。


 アルテの顔が引きつる。

 

 見ない顔だ。よその街から流れてきた盗賊か。


「騒ぐなよ。命が欲しかったらおとなしくするんだ」

 剣を突きつけながら、男が低く脅しをかける。


「おいおい。金貸しの店に女一人で店番か? さすがに不用心すぎやしねえか」

 もう一人の男が、アルテを品定めするようにまじまじと見た。

「おう、よく見れば、上玉じゃねえか」


 卑屈な薄笑いを浮かべ、男がじりじりと距離を詰めてくる。

 どうやら、金を奪うだけで済ませるつもりはなさそうだ。


 アルテは、そっとため息をついた。

 男たちの背後にある表窓に目を向ける。外には別の男の背中が見えた。店の前に見張りを立てているらしい。


(それにしても……)

 アルテは思う。

 これほど間合いが開いている状況で、早々に正体を現すとは。

 よほどの阿呆か。


 いや、と自身のドレス姿に目をやる。

(私が見くびられているだけ、ね)


 いずれにしても、悪手に違いはない。


 アルテは、スッと立ち上がると同時に、カウンターの裏に隠していた小型弓を迷いなく構えた。

 刹那、入り口で剣を抜き薄笑いを浮かべていた男の額に、正確に矢が突き刺さった。

 薄笑いを浮かべたまま、男はどっと崩れ落ちる。


 一瞬の異変に、もう一人の男が素早く反応した。

 即座に笑顔を消した男は、抜刀と同時に一気にアルテのいるカウンターへと肉薄する。


(この男、なかなかのやり手だわ)


 次弾の矢は間に合わない。

 アルテは小型弓を捨て、背中に隠し持っていた短剣を引き抜いた。


 ほぼ同時に、男の鋭い斬撃が放たれる。

 アルテはカウンターの上を転がるようにして身をかわした。その残像を追うように男の剣が襲うが、空を切った刃がカウンターに当たり、鈍い音を立てる。


 すかさず、男は切り返した。横ざまに、アルテに向けて一気に剣を振り払う。


 速い。

 

 しかし、アルテの速度は、それとは段違いだった。


 低く沈み込んで剣撃を回避したと思った次の瞬間には、アルテはすでに男の懐へ潜り込んでいた。

 閃光のような一太刀。アルテの短剣が、男の首を冷酷に切り裂いた。


 男は、その場に崩れ落ちて絶命した。おそらく、何が起きたのか、理解できなかったであろう。


 アルテは死体にかまいもせず、すぐさま外へ飛び出した。

 だが、見張りの男がすでに人混みの中へと走り去っていくところだった。


(逃げたか……)


 街ゆく人々から悲鳴が上がる。

 返り血で真っ赤に染まった娘が、血刀を手に店から飛び出してきたのだ。驚くのも無理はない。


 当のアルテは至って冷静だった。

「ギルドに、連絡してもらえますか?」


 周囲にそう声をかけ、乱れた息を整えながら、短剣を背中の鞘へと静かに収めた。

 


 アルテはギルドに対し、賊の死体の後始末、戦闘で破損した店内の修復、および清掃を正式に依頼した。


「アルテの頼みだ。安くしておくよ」

 そう言って派遣されてきた冒険者たちは、嫌な顔一つせず、手際よく後始末を手伝ってくれた。

 それでも、ギルドを通した正当な依頼料は、締めて五万ゴールド。


「はぁ……。手痛い……」


 アルテはカウンターに突っ伏し、がっくりと肩を落とした。



「たまには、一緒に飯でもどうだ?」


 その夜、アルテはギルドから呼び出しを受けた。

 呼び出したのは、ギルド長のグレインだ。五十代半ば。無駄のない引き締まった体つきに、幾多の死線をくぐり抜けてきた男特有の、鋭い眼光を宿している。


 場所はギルド併設の食堂。

 テーブルを挟んで向かい合うグレインとアルテの組み合わせに、周囲の冒険者たちは興味津々といった様子で視線を送っている。


 エールのジョッキを軽く合わせ、乾杯したのち。グレインは噛んで含めるように話し出した。


「お前がこの街に店を構えてから一年と少しになるが……押し入られたのは、これで何度目だ?」

「三回目、かな?」

「四回目だ」


 グレインは呆れたように声を上げた。

 すかさず、周囲の席からガヤが飛ぶ。


「そりゃ、あんな可愛い店に可愛い店主が一人きりだもんなぁ!」

「俺だって魔が差して押し入っちゃいそうだぜ!」


 グレインはそれらの野次を鼻で笑い飛ばし、ため息混じりに続けた。


「いいかアルテ。お前の店、裏でなんて呼ばれているか知っているか?」

「?」

「『ならずものホイホイ』だ」

「ふふっ、うまいこと言うわね」

「感心している場合か」


 グレインは表情を引き締め、声のトーンを一つ落とした。


「頻繁に押し入られては、お前だってたまらんだろう。いい加減、真剣に予防策を考えるべきだ。お前がめっぽう強いのは、ここにいる連中は皆よく知っている。この街の者で『どんぐり金庫』に手を出そうなんて馬鹿は、まずいない」


 グレインは真剣な目でアルテを見つめる。


「だが、事情を知らない流れ者には、格好の獲物に見えるんだ。いくら強くても、お前は女だ。……俺は、心配なんだよ」


 昔からグレインには世話になっている。アルテにとって、彼は大げさではなく父親のような存在だった。

 そんな彼にここまで心配をかけるのは、さすがに心苦しい。


「……わかったわ。対処する」


 アルテは短く答え、残りのエールを飲み干した。



 次の日から、『どんぐり金庫』のドアには一枚のプレートが掲げられた。

 そこには、遠くからでもよく目立つ文字で、こう記されていた。


「Aランク冒険者、常駐」

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