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どんぐり金庫の貸付帳 ――元Aランク冒険者の若き女店主は、今日も、駆け出し冒険者たちに金を貸す。――  作者: しばたろう


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01 貸付70,000GOLD 鎖帷子と鉄兜、他

 グレイムの街は、この辺りでは一番大きい街だ。

 ゆえに冒険者ギルドもそこそこの規模を誇り、富と名声を求める若者たちが絶え間なく行き交っている。

 そのギルドから目と鼻の先、少しだけ離れた路地裏に、その店はあった。


 軒先には、ちょこんと小さな木製の看板が掲げられている。

『どんぐり金庫』

 愛くるしい店名であるが、その実、ここは金貸しの店である。


 十畳にも満たない狭い店舗の中央には、磨き抜かれた木製のカウンターが設けられ、そこに店主が座っていた。

 アルテ。二十歳にしては小柄で、綺麗ではあるが幼さの残る顔立ちの女である。

 フリルをあしらったドレスタイプの仕事着は、ギルドの受付嬢のものとよく似ていた。

 愛らしいその姿は店名と非常にマッチしており、初めて訪れる者はケーキ屋か、はたまた、お花屋さんかと錯覚してしまう。



 春の麗らかな、ある日のこと。

『どんぐり金庫』に、騒々しい来客があった。


 カランカラン、と力任せに扉を開けて入ってきたのは、いかにも「新入り」といった風体の三人組だった。

 安物の革鎧をギィギィ鳴らす、鼻息の荒い男戦士。

 丈の合っていない、ブカブカのローブを着た男魔術師。

 そして、その後ろで杖を握りしめ、どこか不安げな表情を浮かべる女神官の少女。


 みな、年の頃は十五前後。成人してすぐに冒険者登録をした口だろう。

 冒険者は若者に人気のある職種だ。誰もが貧しい暮らしの中で、英雄や勇者の物語を聞いて育つ。

 きらびやかな冒険譚。富。人々からの感謝。そして、一攫千金という名の成功。


 しかし――と、アルテは内心で小さく吐息をつく。

 その裏で待ち構えているのは、死と隣り合わせの危険な日常。地味で理不尽で、恐ろしく割の悪い依頼。

 多くの若者は、最初の段階で現実を知り、夢破れて村へと帰っていく。


 だが、それはまだ、全然良い方なのだ。


 幸運にも最初のタスクをクリアし、自分には才覚があるのではないかと手応えを感じた、その先にあるちょっとした慢心。油断。

 それが、あっという間に命を奪っていく。


(……デミアン)


 店にやってくる、根拠のない自信に満ちた新入りを見るたびに、アルテは昔可愛がっていた弟分のことを思い出してしまう。

 あの日、三つ目オオカミ狩りに意気揚々と出かけていった彼らのパーティは、二度と街の門を潜ることはなかった。


「ギルドで、ここで、お金を借りるようにって、言われたんだけど?」


 戦士の少年が、カウンターに身を乗り出してニカッと笑った。


「いらっしゃいませ」


 アルテは、憂いを振り払うかのように、挨拶をした。

 瞳をわずかに細める。その視線はすでに、彼らの粗末な装備の隙間と、その裏にある生存率を冷徹に弾き出し始めていた。


 「『どんぐり金庫』へようこそ。」

 「では、おかけください。融資について説明しますね。」


 アルテは、いつも通り、融資規約の説明資料を手渡し、説明をはじめた。


「ソロの場合はその個人に、パーティの場合はそのパーティに対して、貸し付けを行います。つまり、パーティの場合、連帯責任となります」

「不幸にもどなたかが亡くなった場合、生き残った方に全債務が移ります」

「金利は冒険者ランクによって変動します。皆さんFランクですよね? Fランクの場合、年利10%です。ちなみに、ランクが上がるごとに金利は増えていきます」

「返済は分割で、毎月利息と共に返済してください。遅延した場合は遅延金を別途頂きます」

「くれぐれも踏み倒そうとか考えないでください。そうした場合、自動的に冒険者登録抹消の上、この街からの追放となります」


 アルテは淡々と説明していく。

 しかし、戦士の男はそんなアルテの横顔をぼんやり見つめるばかりだ。あからさまに見とれている。

 そんな戦士の隣で、神官の娘は戦士の男を鬼の形相でにらみつけていた。


 かなりシビアな話をしているのだけれども……。

 どうも、緊張感が足りていないようだ。


 そもそも、とアルテは思う。

 女を冒険者にするべきではない。

 アルテは自分のことを棚に上げて、そう思うのだ。


 たしかに神官など、職種によっては女の方が才覚があったりはする。だが、スキルの問題ではない。

 泥と血。戦場の空気に、耐えられる女は少ない。


 そんななか、魔法使いの彼だけは真剣に耳を傾けていた。

「なぜ、Fランクが一番低金利なんです? 信用が一番低いのに?」

 などと、質問までしてくる。


 このパーティの要は、彼かもしれない。

 

 アルテはそう思った。


 アルテは最後にして、一番重要な説明を開始する。

「融資金額、および、その用途は、こちらで決定します」


「え、そんなこと、あるの?」


 戦士が難色を示す。

 

 皆さんが生きて帰ってくるためです、とは、アルテは言わない。


「皆さんのクエストの成功率を上げるためです。これは絶対です。でも、大丈夫。常識の範囲で決めますから。安心してください」


 彼らは渋々ながら納得する。

 一通り説明が終わった後、アルテは言った。


「では、今回のクエストの依頼書を見せてもらえますか?」


 アルテは彼らから依頼書を受け取り、内容を確認する。

 ゴブリン退治。近隣の村の森にゴブリンが住み着き、家畜被害などが出ている。数はおそらく十匹前後。報酬は一匹ごとに三千ゴールド。


 三千ゴールド。

 一日飲み食いすれば無くなるような金額だ。

 

 ゴブリンは人間の子供程度の大きさで、力も強くない。駆除は容易いとされるがゆえの、この報酬額だ。


 ゆえに、甘く見られる。


「ゴブリンなんて楽勝だろう? 金を借りるまでもないと思うんだ」

 戦士の少年が勇ましく宣言する。

 だが、油断は禁物なのだ。


 アルテは噛んで含むように、丁寧に言って聞かせた。


「ゴブリンだからと言って甘く見てはいけません。皆さんにはこれから、ゴブリン討伐用の装備をそろえていただきます。集団で襲ってこられては厄介だし、奴らは知恵も回る。そして、ちゃんと急所を狙ってきます。防具はきっちり装備しておくこと。そして、焦らず、一匹ずつ確実に仕留めること。冷静に対処すれば、難しい相手ではありませんから」


 アルテは若手冒険者を引き連れ、店を出て武器屋へと向かった。

 道中、戦士の少年が頻繁にアルテへ話しかけてくる。


「俺はカイル。戦士だ。こいつらはルカとノエル。村の幼馴染なんだ。君の名前は?」

「アルテです」

「可愛い名前だね。何歳?」

「二十歳です」

「ええっ、嘘だろ。見えないね。俺たちと同じくらいかと思ってたよ」


 どうして男どもは、いつもいつも似たような話を振ってくるのか。

 おまけに、背中からは神官の娘――ノエルといったか――の視線を痛いほど感じる。

 アルテは呆れつつも、目的の武器屋へと到着した。


 店の奥から出てきたのは、岩のような筋肉を持つ強面のドワーフ、バルカスだ。

 その威圧感のある風貌に、若手冒険者たちは思わずその場で固まった。


「バルカス。彼らに装備をお願い」

「おう、アルテか。またお節介な金貸しかよ」


 屈強なドワーフの店主を相手に、小柄な娘が堂々とやり合っている。その光景を見て、若者たちは目を丸くした。

 アルテは三人の装備を値踏みするように一瞥すると、バルカスにテキパキと指示を飛ばした。


「ゴブリン討伐よ。彼ら全員に鎖帷子くさりかたびら、あと鉄兜をお願い。それから戦士の彼には、中等剣を見繕ってあげてほしいの」

「ふむ。妥当な線だな」


 バルカスは長い髭を撫で、すぐに指示された装備を準備した。

 アルテは三人に向き直り、真剣な顔で告げる。


「いいですか。装備は命を守るための投資です。まずはこれを――」


 しかし、用意された装備に対して、カイルとノエルがさっそく不満を漏らした。


「おいおい、勝手に決めるなよ! 俺はもっとデカい武器の方が強そうで――」

「この格好、全然可愛くないわ!」


 アルテは二人の抗議を柳に風と受け流し、バルカスから中等剣を受け取った。


――シュッ!!


 空気を切り裂く、鋭く重い音。

 ドレス姿の娘がその場で一閃。無駄の一切ない、完璧な踏み込みと切っ先だった。


「いい剣ね。これにするわ」


 あまりの鋭さに、カイルとノエルは言葉を失い、押し黙った。

 魔法使いのルカだけは、最初からアルテの意図を察していたのか、黙って鎖帷子と鉄兜を身に着けて立っていた。


「毎度あり。安くしておくよ」


 バルカスはそう言ってくれたものの、装備代は締めて六万ゴールド。

 彼らにしては、決して少なくない借金を背負うことになった。


 店を出ると、一旦の解散となった。

 だが、アルテは魔法使いの少年を呼び止める。


「ルカ。あなたには、もう一軒回ってもらいます」

「えっ、ルカだけ? なんだよ、俺もついて行こうかな」


 そう言いかけるカイルの腕を、ノエルがぐいと引っ張った。


「この街をちょっと見て回りたいの。付き合ってよ」

「あ、おい、ノエル――」


 カイルはノエルに引きずられるようにして、市場の方へと消えていった。

 

 

 アルテがルカを連れて行ったのは、怪しげな香煙の漂う魔道具の店であった。

 店主は、黒いローブを深く羽織った老魔女のロザリアだ。

 ロザリアは琥珀色の瞳を細め、カランと鳴ったドアの鈴に顔を上げた。


「アルテ。よく来たね。どうだい、商売の調子は?」

「ロザリア、こんにちは。ええ、ぼちぼちよ」


 アルテは短く挨拶を交わすと、すぐに隣に立つルカを指した。


「ロザリア、彼に魔導書巻スクロールをお願い。魔法の内容は……」


 アルテが老魔女の耳元で何事か囁くと、ロザリアは「ほう」と感心したように眉を上げた。店の奥から取り出されたのは、銀の紐で封じられた古めかしい羊皮紙の巻物だった。


 アルテは、ロザリアから購入したそのスクロールをルカへと手渡す。

 それは複雑な術式が編み込まれており、開くだけで誰でも即座に効果を発揮できる便利な魔道具だ。ただし、効果は一度きり。しかも、代金は一万ゴールド。

 新入りが手にするには、あまりに高価な品物である。


 ルカは、ずっしりと重いその巻物を黙って受け取った。


「ルカ、いい? このスクロール、ここぞという時に使いなさい」


 アルテはルカの目を真っ直ぐに見つめ、念を押すように言った。


「たぶん、これが今回のクエストの鍵になるわ。……無駄打ちしたとしても、その分もしっかり返済してもらうからね」


 ルカは「わかりました」と言葉少なに応えた。

 だが、その瞳には、自分の肩にパーティ全員の命が預けられたことを理解した、真剣な光が宿っていた。

 

 翌日、彼らは、意気揚々と、ゴブリン退治に出かけて行った。

 


 その日の夜遅く、アルテはギルドから緊急の呼び出しを受けた。

 静まり返った夜の街を抜け、アルテがギルドに駆け付けると、そこには昼間に見送ったはずの若者たちの姿があった。


 ノエルは冷たい石畳の床にうずくまって泣き崩れ、その隣でルカが、沈痛な表情を浮かべながら彼女の肩を懸命に支えている。

 そして――そこに、戦士カイルの姿はなかった。


 重苦しい沈黙の中、ルカがことの顛末をぽつりぽつりと語りだした。


 三人でゴブリン討伐に出かけたこと。

 森の中で十匹を超えるゴブリンの集団と遭遇し、戦闘になったこと。

 カイルは、動きにくいし格好悪いからと、アルテが買い与えた鉄兜を脱いでしまっていたこと。


 最初は優勢だった。だが、ゴブリンの放った石礫が、無防備な彼の頭部を直撃した。

 昏倒したカイルは瞬く間にゴブリンたちに取り囲まれた。

 目の前の光景に、ノエルはパニックを起こして硬直してしまった。神官の癒しも、防御の祈りも、恐怖で全て吹き飛んでしまった。

 ルカは迫りくるゴブリンから、動けないノエルを守るのが精いっぱいだった。


「そして……」

 ルカは震える手で、空になった巻物の残骸を握りしめた。

「アルテさんが用意してくれた、あのスクロールを使いました。『鎮静の魔法』を」


 荒れ狂う戦場の中で、スクロールに仕込まれた魔法が発動した。

 精神を強制的に沈静化させる光がノエルを包み込み、彼女は劇的に正気を取り戻した。

 ノエルは涙を拭い、冷静に防御魔法を展開。ゴブリンを牽制しつつ、ルカと共にその場から撤退することに成功したのだ。


 ただ――。

「……カイルを助け出すまでの、余裕はなかったんです」


 ルカの声が、無念さに震えた。

 アルテが教えた通り、装備を整え、冷静であれば防げたはずの悲劇だった。

 アルテは、泣き叫ぶノエルの声を聞きながら、かつて失ったデミアンの面影を重ね、奥歯を強く噛みしめた。


 アルテは、これまで幾度となく感じたやりきれない思いに胸が締め付けられた。


 どれほど心を砕いて準備をしてあげても、限界がある。結局、戦場で自身を守れるのは当事者だけでしかない。

 冒険者として生き残れるかは、最終的には当人たちの冒険者としての才覚によるのだ。


 アルテは、拭い去れない無力感に苛まれる。


(……このパーティは、もう駄目だろう)


 だが、そのときだった。

 不意に、ノエルが泣き止んだ。


 ノエルがゆっくりと顔を上げる。

 その顔は泥と涙でぐちゃぐちゃだった。


 しかし。

 その、真っ赤に腫れた瞳は――。

 恐怖と絶望に満ちた、弱者の目ではなかった。


 そこにあるのは、燃えるような悔しさと怒り。

 昨日までの不安げな少女の面影は、もはやどこにもなかった。


 ノエルは、震える声を絞り出すように、けれど明確に言葉を発した。


「カイルの仇を取りたい」


 短いその台詞に、彼女の決意のすべてが詰まっていた。


「アルテさん。お金を貸してください。あと、何を揃えればいいですか? どう戦えばいいですか? ……全部、教えてください」


 そんなノエルの肩を抱いたまま、ルカもまた、静かな、しかし熱い視線で彼女を見つめていた。


 アルテは沈黙の後、ノエルの汚れた手をそっと取り、静かにうなずいた。


(この子たちは、まだ、大丈夫かもしれない……)


 アルテは、自身の心の奥底に小さな炎が灯ったのを感じた。

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