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第9話 帰りたい場所がある俺は、この世界で強くなる理由をもう一つ手に入れた

 宿へ戻ったあとも、俺の頭の中にはさっき見た旧祭壇の光景が焼きついていた。


 ひび割れた転移標。

 外界接続失敗。

 帰路標片。


 帰る方法は本当にある。


 ただの願望じゃない。

 ただのテンプレ設定でもない。

 迷宮の奥に、確かにその匂いがある。


 それがわかっただけで、世界の見え方が少し変わった。


 ベッドに腰掛け、手の中で《帰路の指環(欠片)》と《帰路標片》を並べてみる。


 形は違う。素材も少し違う。

 でも、同じ系統の冷たさがある。


 離していても、近づけるとほんのわずかに熱を帯びる。


【関連部位間の共鳴を確認】

【完全機能には不足】


 不足。


 つまり、まだ集めるべきものがあるってことだ。


「……やるしかないか」


 小さく呟く。


 その時、扉がこんこんと鳴った。


「ユウトさん、起きてますか?」


 セラの声だ。


「うん、大丈夫」


 扉を開けると、彼女は少しだけ困った顔をしていた。


「エルフィー様が、少し話したいことがあるみたいで……」


「俺に?」


「はい」


 廊下の先、談話スペースの隅で、エルフィーが腕を組んで待っていた。


 なんだろう。ちょっと緊張する。


「座りなさい」


「はい」


 素直に座ると、エルフィーは数秒黙ったまま俺を見ていた。


 青い瞳が、まっすぐすぎる。


「……今日のあれだけど」


「旧祭壇のこと?」


「ええ。あなた、全部は話してないでしょう」


 やっぱり勘がいい。


「全部は、まだ……」


「でしょうね」


 責める口調じゃなかった。


「無理に聞き出すつもりはないわ。ただ、一つだけ確認したいの」


「何を?」


「あなたのその“帰りたい場所”は、命を懸ける価値があるの?」


 その質問に、俺は少しだけ息を止めた。


 命を懸ける価値。


 地球。


 学校。


 家。


 母さんの作る飯。

 夕方のテレビの音。

 自分の部屋。

 コンビニの明かり。

 でも同時に、高杉たちの笑い声。

 教室の空気。

 踏みつけられていた毎日。


 価値があるのかと聞かれたら、正直に言えば複雑だ。


 懐かしいものもある。

 嫌なものもある。

 でも。


「……あるよ」


 俺は答えた。


「帰りたいっていうか、終わらせたいことがある」


「終わらせたいこと」


「俺がいた場所には、どうしてもそのままじゃ終われない相手がいる」


 高杉。村瀬。柴山。


 名前を口にするだけで、胸の奥が冷たく熱くなる。


 エルフィーは静かに頷いた。


「そう」


 それだけだった。


 否定もしない。

 説教もしない。

 ただ、受け止めるだけ。


 その沈黙が逆にありがたかった。


 セラがそっと口を開く。


「……帰ったあと、ユウトさんはどうしたいんですか?」


 どうしたい。


 その問いは、思ったより重かった。


 殴り返すのか。

 見返すのか。

 恐怖を教えるのか。

 ただ優越して終わるのか。


 まだうまく言葉にならない。


「わからない。でも、少なくとも……」


 俺は拳を握る。


「もう一回、あいつらの前で下を向く気はない」


 それだけは本当だ。


 セラは少しだけ寂しそうな顔をした。でも、すぐに微笑んだ。


「なら、もっと強くならないとですね」


「うん」


「私も手伝います」


 その言葉が、妙にまっすぐ胸に入ってきた。


 エルフィーも小さく息を吐く。


「勘違いしないで。私は別に復讐に付き合うつもりはないわ。でも、あなたが生きて迷宮を進むなら、当面は利害が一致してる」


「それ、かなり一緒にいてくれるって意味では?」


「ち、違うわよ!」


 耳が赤い。


 わかりやすい。


 少し笑うと、エルフィーが不満そうに睨んできた。でも、前みたいな本気の警戒じゃない。完全に仲間内のそれだ。


 その夜、俺は久しぶりに地球の夢を見た。


 教室だった。


 昼休み。

 笑い声。

 俺の机の上に落書き。

 ぐしゃぐしゃにされたノート。

 スマホで撮られる顔。

 高杉が言う。

「お前さ、異世界とか行った方がいいんじゃね?」


 夢の中の俺は、何も言えない。

 いつものように曖昧に笑うしかない。


 でも次の瞬間、教室の扉が開く。


 そこに立っていたのは、今の俺だった。


 黒い迷宮装備。

 腰の剣。

 青い光を映す目。

 高杉たちが凍りつく。


 夢の中なのに、胸が熱くなる。


 ああ。


 俺はたぶん、この瞬間を何度も想像してる。


 帰った時。

 もう弱くない俺が、あいつらの前に立つ時。


 それがどれだけ醜い感情でも、今の俺を動かしているのは確かだった。


 朝起きた時、妙に頭が冴えていた。


 迷宮に潜る理由。

 強くなる理由。

 この世界で生き残る理由。


 全部が少しずつ一本の線になってきている。


 その日の昼、ギルドへ向かうと、やはりまた視線が集まった。


 しかも昨日より露骨だ。


「おい、あれだろ。隠し区画見つけたっていう新人」


「しかも守護霊まで倒したらしいぞ」


「見習い札じゃなかったか?」


 早すぎる。


 情報の伝わり方が怖い。


「完全に目立ってるわね……」


 エルフィーが半分呆れ、半分諦めた声で言う。


「こうなる気はしてた」


 俺もだよ。


 受付へ向かう途中、二階からまた視線を感じた。


 見上げる。


 今度はリュミエラが隠そうともせず、こちらを見下ろしていた。


 穏やかな微笑み。


 だけど、その奥にあるのは確実な興味だ。


【高位観測対象:注視継続】


 ぞくりとする。


 その時、ミリアさんが受付から少しだけ声を潜めて言った。


「ユウト様。副支部長がお呼びです」


「……また?」


「はい。今回は個人的な注意ではなく、正式なお話があるそうです」


 正式なお話。


 それ、いい意味か悪い意味かどっちだ。


 でももう逃げられない。


 俺は小さく息を吸った。


 たぶん次は、ただの新人扱いじゃ済まない。


 それでも行くしかない。


 帰るために。

 強くなるために。

 そして、いつか地球で下を向かないために。

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