第8話 見習いの俺、迷宮でまたおかしな引きを見せたせいで完全に普通じゃなくなる
今日の依頼は、一層から三層までの補給路の安全確認と簡易護衛。
派手な討伐依頼じゃないぶん、むしろ迷宮そのものの空気がよく見える。
壁に残る過去の戦闘痕。
使い込まれた階段。
冒険者が残した目印。
折れた矢。
血の跡。
そして、何もないようでいて確かに潜む死の気配。
迷宮って、やっぱりただのダンジョンじゃない。
都市の生活の一部でありながら、確実に人を食う場所だ。
「今日はルート確認も兼ねているから、戦うことより周囲を見るのを優先して」
先頭を歩きながら、エルフィーが言う。
「わかった」
「返事だけはいいのよね……」
「実際ちゃんとやってるだろ」
「それはそうだけど」
少しだけ呆れつつも、完全には否定しない。最近のエルフィーは、最初より明らかに俺を認め始めている。
セラは後ろで羊皮紙に簡単なメモを取りながら歩いていた。
「前回の依頼で、二層にスケルトンナイトが出たんですよね……。やっぱり湧きが少し変です」
「迷宮って、そんなこともあるのか」
「あります。特に季節の変わり目とか、深い層で何か異変が起きた時とか……」
「深い層」
その言葉が妙に引っかかった。
深い層で何かが起きると、上にも影響する。
つまり、迷宮は本当に生き物みたいなものなのかもしれない。
二層の途中で、補給箱を運んでいた別パーティと合流した。荷運び役の男二人と護衛一人。昨日助けた連中ではないが、俺たちを見るなり少し驚いた顔をした。
「あれ、お前……ギルドで噂の新人じゃないか?」
やっぱりもう噂になってる。
「噂ってほどでも……」
「いや、もうなってるよ。見習い札でスケルトンナイト戦に絡んだって」
やめてくれ。言葉にされると余計に恥ずかしい。
「今日は護衛か?」
「そんなところです」
「ならちょうどいい。この先の曲がり角、昨日から妙に風が抜けてるんだ。隠し通路でもあるのかもしれないが、気味が悪くてな」
風が抜けてる。
その言葉に、ポケットの指輪がほんのわずかに熱を持った。
【帰路の指環(欠片):微弱反応】
【近傍に空間系異常の痕跡】
え。
今の、完全に見逃せないやつでは?
「……その場所、見に行ってもいいか?」
俺が言うと、エルフィーとセラが同時にこちらを見る。
「何か感じたの?」
エルフィーが小さく訊く。
この人、最近もう半分くらい俺の“なんか”を前提にしている。
「少しだけ」
「本当に便利なのか不便なのかわからない特技ね……」
「でも、行ってみる価値はありそうです」
補給パーティと一緒に進んだ先、曲がり角の壁に、確かに不自然な風の流れがあった。
見た目はただの石壁。
でも近づくと、ひんやりした空気が指先を撫でる。
【鑑定が発動しました】
【隠蔽扉:劣化】
【条件:圧力操作または鍵反応】
「やっぱりある」
「また見つけたの!?」
エルフィーが半ば本気で呆れていた。
「ユウトさん、本当にどうなってるんですか……」
セラも感心と困惑が半々だ。
俺だって知らない。
でも、風が抜けている石壁の一角に触れた時、指輪がさらに熱くなった。
かち、と小さな音。
壁がゆっくりと横にずれた。
「開いた……」
補給役の男たちまで絶句している。
その先には、細い通路があった。通常の迷宮通路より明らかに古い。石の質感も違う。壁に刻まれた文様が不気味に細かい。
「……これ、正規ルートじゃないわね」
エルフィーの声が低くなる。
「古い補助路か、封鎖区画か……」
セラが緊張した様子で杖を握る。
こういう時、本来なら入らない方がいいんだろう。でも。
【帰路の指環(欠片):反応継続】
【関連性:低~中】
帰路。
またその文字だ。
なら、見ないわけにはいかない。
「少しだけ確認したい」
俺がそう言うと、エルフィーがため息をついた。
「でしょうね。あなた、絶対そう言うと思ったわ」
「だめか?」
「……短時間だけよ。危険なら即撤退」
「はい」
「補給班の人たちはここで待っていてください」
セラが丁寧に説明し、俺たち三人だけで隠し通路へ入る。
中は静かだった。
静かすぎた。
普通の迷宮にある滴り音や風鳴りさえ薄い。代わりに、自分たちの足音だけがやけに大きく響く。
少し進んだ先に、小さな祭壇のようなものがあった。
黒い石台。
その上に置かれた、ひび割れた透明結晶。
周囲の壁には見たことのない文字。
そして、石台の下には白骨が一つ転がっていた。
「……人骨?」
セラが息を呑む。
「古いわね。かなり前のものよ」
エルフィーが周囲を警戒する。
俺の視界に文字が走る。
【鑑定が発動しました】
【旧転移標:破損】
【機能:座標固定補助】
【備考:外界接続失敗痕あり】
外界接続。
心臓が跳ねた。
これ、絶対に俺の帰還と無関係じゃない。
「ユウト、顔」
「……何か、わかったかもしれない」
「本当に?」
エルフィーが真剣な目になる。
迷う。
ここまで話すべきか。
でも、全部隠したままだと、いつか破綻する。
「俺――帰る方法を探してる」
その一言で、空気が止まった。
セラが目を瞬かせる。
「帰る……?」
「この世界のどこかじゃなくて、もっと遠い場所だ」
そこまで言って、俺はごまかすように息を吐いた。
「だから、こういう反応には敏感なんだと思う」
完全な説明じゃない。けど、嘘だけでもない。
エルフィーは少しの間黙っていた。
それから、意外なほど静かな声で言った。
「……なら、なおさら死なないことね」
「え?」
「帰りたい場所があるなら、ここで死ぬわけにいかないでしょう」
その言い方が、妙に胸に刺さった。
セラもそっと頷く。
「はい……。帰りたい場所があるのは、すごく大事なことだと思います」
その時だった。
祭壇の結晶が、ぱきりと音を立てた。
「っ!」
ひびが広がる。
次の瞬間、結晶の中から青白い光が噴き出し、それが人の形を取った。
骸骨でも獣でもない。
薄い光の騎士。
半透明の鎧を纏い、無音で剣を構える。
「なに、これ……!」
「遺跡守護霊……!?」
エルフィーの声が張る。
光の騎士が踏み込んだ。
速い。
普通の敵とは比べものにならない。
【高反応個体を確認】
【対応優先度:高】
剣がエルフィーに向かう。
俺は咄嗟に叫んだ。
「下がれ!」
エルフィーが身を引くと同時に、騎士の斬撃が石台を両断した。
とんでもない威力だ。
セラがすぐに杖を掲げる。
「《ライト・バリア》!」
光の膜が張られ、二撃目をかろうじて受け止める。
でも、長くは持たない。
俺は周囲を見る。
敵本体。
祭壇。
結晶の残骸。
壁の紋様。
【鑑定補助】
【守護霊核:祭壇背面に接続】
見えた。
「本体じゃない! 後ろだ、祭壇の奥!」
「はあ!?」
「信じて!」
エルフィーは一瞬だけ俺を見た。
そして、頷いた。
「いいわ!」
彼女があえて真正面から突っ込み、守護霊の注意を引く。セラが追加の光弾を放ち、動きを鈍らせる。
その隙に俺は横へ回り込んだ。
祭壇の背面。
ひび割れた石の奥に、小さな青い核が埋まっている。
片手剣を握る。
距離を詰める。
守護霊が気づいてこちらへ振り向く。
【危機察知が発動しました】
【致命斬撃予測】
【回避→破壊の二段行動を推奨】
視界の青線に従う。
一歩ずれる。
光刃が肩先をかすめる。
熱い。だが浅い。
そのまま前へ。
「っ、らああああっ!」
剣を突き込む。
青い核が砕けた。
次の瞬間、守護霊の姿が音もなく崩れて消えた。
残ったのは静寂だけ。
【遺跡守護霊を撃破しました】
【経験値を獲得しました】
【レベルが上昇しました】
【レベル7→9】
「……勝った、の?」
セラの声が震える。
エルフィーは荒い息を吐きながら、俺の方を見た。
「あなた、もう“変な新人”じゃ済まないわね」
「ひどくないか」
「褒めてるのよ」
「最近その褒め方多くない?」
でも、少しだけ笑えた。
祭壇の残骸の中から、また小さな金属片が出てきた。今度は指輪じゃない。薄い円盤のようなものだ。
【帰路標片】
【座標補助装置の一部】
【他部位との接続可能性あり】
やっぱりだ。
帰る道は、本当に迷宮の奥に繋がっている。
それを確信した瞬間、胸の奥に熱いものが灯った。
この世界で強くなる意味が、また一つ増えた。
ただ生き延びるためじゃない。
ただ認められるためでもない。
帰るためだ。
そして――帰った時に、あいつらの前に立つためだ。




