第7話 新人のはずの俺が、ギルド内で少しずつ変な目で見られ始めた
翌日、ギルドに入った瞬間から空気が少し違った。
いや、正確には、俺に向けられる視線が増えていた。
「……なんか見られてないか?」
俺が小声で言うと、隣を歩くエルフィーが肩をすくめた。
「そりゃ昨日、見習いのくせに二層でスケルトンナイト討伐に絡んだって話が広まってるもの」
「そんなに早く広まるの?」
「こういう場所は早いのよ。強い新人、変な新人、死にかけた新人、面白い新人。全部すぐに噂になるわ」
最後の分類にあまり入りたくない。
受付の方を見ると、ミリアさんがいつも通りの優しい笑顔で会釈してくれた。だけどその奥で、周囲の冒険者たちがちらちらと俺を見ている。
羨望。
猜疑。
値踏み。
学校で向けられていた視線とは少し違う。
あっちはもっと一方的で、笑われるための視線だった。
こっちは、俺が何者かを測ろうとする目だ。
それだけで少し息がしやすい。
「おはようございます、ユウト様。今日は依頼を受けられますか?」
「うん、そのつもりです」
「でしたら、上層の定期討伐案件に空きがあります。昨日の評価も反映されておりますので、見習いとしては少しだけ上の依頼も案内できますよ」
「少しだけ上」
その響きだけで妙に気分がいい。
昨日までただのいじめられっ子だった俺が、異世界の冒険者ギルドで“少し上”を案内されている。
……いや、浮かれるのはまだ早い。こういう時に調子に乗ると死ぬ。副支部長も言っていた。
その時、後ろからわざとらしい笑い声がした。
「へえ。待遇がいいじゃねえか、新人」
振り向くと、またあのガレスたち三人組だった。
軽装鎧の男が腕を組み、にやにやしている。昨日より露骨だ。
「昨日は運が良かったらしいな」
「……たまたまだよ」
「はっ、謙遜か? それとも本気でそう思ってんのか?」
ガレスが一歩近づく。
背が高い。肩幅もある。地球にいた頃の俺なら、こういう体格差だけで萎縮していたと思う。
でも今は違う。
怖くないわけじゃない。でも、迷宮のモンスターを相手にしたあとだと、人間の威圧感は少しだけ種類が違う。
その前に、エルフィーがまた一歩出た。
「しつこいわね、あなた」
「別に絡んでるわけじゃねえよ。ただ、見習いが妙に持ち上げられてるから気になっただけだ」
「あなたが気にすることじゃないわ」
「そうか?」
ガレスは俺を見て笑う。
「なら、簡単だ。ギルド裏の訓練場で少し手合わせしてみりゃいい。実力があるなら誰も文句は言わねえ」
うわ、来た。
テンプレっぽい。
でもこういうのって断ったら舐められるやつでは?
「受ける必要はないわ」
エルフィーが即答する。
「見習いに絡む方がどうかしてるもの」
「お嬢様はずいぶん過保護だな」
「保護じゃない。無駄な揉め事が嫌いなだけよ」
「……」
その時、セラが小さく俺を見た。
“どうしますか?”と目で聞いている。
俺は少しだけ考える。
受けるメリット。
目立つ。
認められるかもしれない。
でも危険。
負けたら終わる。
勝っても目立ちすぎる。
そして何より、今の俺はまだこの世界の戦い方を十分に知らない。
「今はやめとく」
そう答えると、ガレスは意外そうに片眉を上げた。
「へえ。逃げるのか?」
「逃げるっていうか、今は依頼を受けに来ただけだから」
「……」
少しだけ沈黙。
それからガレスは鼻で笑った。
「まあいい。迷宮じゃ言い訳は効かねえ。そこで化けの皮が剥がれるのを待つさ」
そう言って去っていく。
完全に面倒なやつだ。
「正解よ」
エルフィーが短く言った。
「今のは受けなくていい。勝っても負けても面倒になるだけ」
「やっぱりそうなんだ」
「はい……。ギルドの中で注目され始めた時って、変に試してくる人が増えるんです」
セラが少し心配そうに言った。
有名になるって、もっと気分のいいものだと思っていた。実際は、面倒もセットらしい。
依頼票を受け取り、今日は一層から三層への物資運搬護衛兼見回りに決まった。討伐メインではないが、途中の安全確認も含むらしい。
俺たちがギルドを出ようとした、その時だった。
「少し、よろしいでしょうか」
背後から静かな声がした。
振り向く。
そこに立っていたのは、白い法衣を纏った女性だった。長い金髪。透けるような白い肌。整いすぎて逆に人間味が薄い顔立ち。
昨日、二階からこちらを見ていた女だ。
背筋が冷えた。
【帰還者:関連反応を検知】
【高位観測対象との接触可能性上昇】
またそれだ。
やっぱり何かある。
「初めまして。私はリュミエラ。聖教会に属する者です」
柔らかい微笑み。
だけど、目だけが笑っていない。
セラが一瞬、姿勢を正した。
「教会の……」
「あなたがユウト様ですね」
「……はい」
「昨日から少し噂になっております。珍しい新人が現れたと」
やめてくれ。その言い方だけで嫌な予感がする。
「私はただの挨拶に来ただけです。迷宮都市では、才能ある若者を見守るのも教会の務めですから」
才能ある若者。
言葉だけ見ればいい人っぽい。でも、胃の奥が嫌な感じで重くなる。
リュミエラはごく自然に俺の右手を取った。
細くて白い指先。
次の瞬間、ポケットの中の《帰路の指環(欠片)》が熱を持った。
びくっと肩が揺れる。
「……?」
リュミエラの瞳が一瞬だけ細くなった。
気づいた。今、何かに。
「どうかされましたか?」
「い、いや……」
嘘だ。絶対何か感じ取った。
でも彼女はそれ以上は何も言わず、手を離した。
「またお会いしましょう、ユウト様」
そう告げて、静かに去っていく。
後ろ姿を見送りながら、俺は無意識にポケットを押さえた。
「……嫌な感じがする」
俺が呟くと、エルフィーが珍しくすぐ同意した。
「ええ。私もあまり好きじゃない空気だったわ」
「リュミエラ様は教会でもかなり上の方だと思います……。でも、どうしてユウトさんに……」
セラも困惑している。
わからない。
でも確実なのは、俺の知らないところで何かが動き始めているということだ。
依頼のため迷宮へ向かう道中、俺は何度もポケットの指輪を意識した。
門。
帰路。
教会。
高位観測対象。
全部が少しずつ繋がり始めている気がする。
そして、繋がれば繋がるほど思う。
俺はこの世界で、ただ強くなるだけじゃ足りない。
もっと上へ行かなきゃいけない。
迷宮の奥へ。
秘密の中心へ。
帰るために。
――そして、帰った時に全部を終わらせるために。




