第6話 初依頼のはずが、見習いの俺には明らかにおかしい展開になった
ギルド登録の翌日。
俺たちは朝から掲示板の前に立っていた。
依頼書がずらりと並んでいる。薬草採取、下水道のネズミ退治、荷物運び、上層の見回り。まさに新人向けって感じの仕事ばかりだ。
「まずは基礎依頼からね」
エルフィーが当然のように言う。
「いきなり深層は無理よ。というか死ぬわ」
「そこまでは言ってない」
「心の中で言ってるでしょ」
「たぶん」
「またそれ!」
もはや定番になってきたな、この流れ。
セラが依頼書の一枚を指差した。
「これなんてどうでしょう。上層二層・巡回補助依頼。報酬も悪くないですし、危険度も低めです」
「それにしましょう」
エルフィーが頷く。
俺も異論はなかった。正直、まだ普通の戦闘でいっぱいいっぱいだ。でも普通の依頼をこなすことで、この世界のことを覚えられるなら、それが一番いい。
受付で受注を済ませ、俺たちは再び迷宮へ向かった。
地上から入る正規ルートは、昨日のような逃走とはまるで違った。冒険者たちが行き交い、荷車が資材を運び、壁には簡易の地図や注意書きまである。
「こうして見ると、迷宮ってインフラなんだな……」
「また変な言い方をしてるわね」
「でも、少しわかる気がします」
セラが微笑む。
「この街は迷宮で成り立っていますから」
依頼内容は、上層二層の巡回補助と簡単な脅威排除。つまり本当に初心者向けだ。
最初の一時間は、拍子抜けするほど順調だった。
小型スライム二体。
骸骨一体。
巨大ネズミ三体。
俺たちは危なげなく倒していく。
俺も短剣だけでなく、拾った安い片手剣を使うようになっていた。動き自体はまだ素人だが、不思議と致命的な角度だけはわかる。
【初級剣術の熟練度が上昇しました】
【危機察知との連動性が向上しました】
こういうの、本当に便利すぎる。
エルフィーもセラも、昨日より俺への指示が少なくなっていた。
信頼された、と言うにはまだ早いかもしれない。けど、少なくとも足手まといではなくなってきている。
そのことが少し嬉しい。
問題が起きたのは、二層の巡回を終えて戻ろうとした時だった。
通路の先から、金属音が響いた。
剣と何かがぶつかる音。
誰かの叫び。
「……戦闘?」
エルフィーの表情が引き締まる。
「予定外です……!」
俺たちは音のする方へ走った。
そこで見たのは、三人組の冒険者パーティが大型の骸骨兵に追い詰められている光景だった。普通のスケルトンより一回り大きい。錆びた鎧。長剣持ち。目の奥に青白い火が揺れている。
「スケルトンナイト……! なんで二層に!?」
セラの声が震える。
「本来ならもう少し下よ。湧きの偏りか、上がってきたのか……!」
冒険者の一人が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「た、助け――」
迷ってる時間はなかった。
エルフィーが飛び出す。
「援護するわ!」
「セラは後衛支援! ユウト、無理は――」
「わかってる!」
と言った瞬間、青いウィンドウが連続で開いた。
【高危険度個体を確認】
【ボス級補正の断片適用】
【戦闘解析を開始】
いやいやいや、なんだその物騒な文字列。
でも、そのおかげか、敵の動きが少しずつ見えてくる。
スケルトンナイトは鈍重そうに見えて速い。長剣の軌道が大きく、範囲も広い。正面からやるのは危険だ。
エルフィーの細剣が胸甲を突くが、浅い。骨まで届かない。
「硬い……!」
「《ライト・ボルト》!」
セラの光弾が肩を削る。しかし決定打にはならない。
冒険者パーティの一人が叫ぶ。
「核だ! 胸の奥の核を壊せ!」
核。
つまり中心。
でも鎧が邪魔だ。
【鑑定が発動しました】
【スケルトンナイト】
【推奨:関節破壊→姿勢崩し→胸部貫通】
ゲーム攻略サイトかよ。
俺は息を吸い、叫んだ。
「左膝! そこを壊せば崩れる!」
「っ、了解!」
エルフィーがすぐ反応した。細剣を低く走らせ、膝関節を正確に突く。ぎち、と嫌な音がする。
同時に俺は横から踏み込み、片手剣で同じ箇所を叩き込んだ。衝撃で手が痺れる。でも、関節の噛み合わせがずれた。
スケルトンナイトの体勢が傾く。
「セラ、今!」
「《ライト・チェイン》!」
光の鎖が骸骨兵の腕を一瞬拘束する。
「はああっ!」
エルフィーが胸部の隙間へ細剣を突き込む。
届かない。
あと少し。
【最適追撃を表示】
視界に走る青線。
俺はほとんど考えず、その線に沿って踏み込んだ。
「うおおおおっ!」
片手剣を捨てるように突き出す。刃が鎧の裂け目を滑り込み、その奥の青白い核を貫いた。
ぱきん、と澄んだ音。
次の瞬間、骸骨兵は全身から力を失い、崩れ落ちた。
静寂。
【スケルトンナイトを撃破しました】
【経験値を獲得しました】
【レベルが上昇しました】
【レベル4→7】
【スキル《連携補正・微》が《連携補正・小》に上昇しました】
「……勝った」
俺が呟くと、助けた冒険者たちが呆然と俺を見る。
「お、お前……見習い札だったよな?」
「う、うん」
「なんであれ相手にあんな動きができるんだよ……」
知りたいのは俺だよ。
エルフィーが肩で息をしながら、じとっとした目を向けてくる。
「またよ。また意味のわからないタイミングで意味のわからない活躍をしたわね」
「そんな言い方ある?」
「でも、本当に助かりました……!」
セラが嬉しそうに言う。近い。笑顔が眩しい。
救助されたパーティのリーダーらしき男が頭を下げた。
「恩に着る。俺たちは深追いしすぎた。新人に助けられるとは情けないが……助かったのは事実だ」
「いえ、たまたまです」
「そのたまたまができる新人は少ねえよ」
その一言に、少しだけ胸が熱くなる。
学校では、誰かに感謝されることなんてほとんどなかった。役に立っても、笑われる材料になるだけだった。
でも今は違う。
ここでは、強さがそのまま価値になる。
助けたら、感謝される。
戦えば、認められる。
こんなに単純でいいのかと思うくらい、まっすぐだ。
依頼を終えて地上へ戻る途中、エルフィーが不意に言った。
「ユウト」
「何?」
「さっきの判断……よかったわ」
「え?」
「膝を狙うってやつ。あれがなかったら、もう少し危なかった」
素直に褒められた。
しかもエルフィーから。
「……ありがとう」
「別に。あなたが死ぬと困るだけよ」
でも今日は耳が赤くない。代わりに視線だけちょっと逸れている。進歩なのか退化なのかよくわからない。
セラが後ろでくすっと笑った。
ギルドへ戻って依頼完了を報告すると、報酬と追加の討伐加算が出た。しかも救助案件扱いになり、通常より評価が高いらしい。
ミリアさんが登録札を返してくれながら言う。
「ユウト様、初依頼としてはかなり優秀です」
「ほんとに?」
「はい。正直、見習いとしては出来すぎなくらいです」
その言葉の直後、またあのぞくりとする感覚が走った。
二階だ。
また見られている。
見上げると、今度は誰もいない。けれど確かに、何かがこちらを観測していた。
指輪がかすかに熱を持つ。
【帰還者:関連監視の継続を確認】
やっぱりだ。
俺はもう、ただの新人じゃない。
知らないうちに、何か大きなものに見つかっている。
それでも、怖いだけじゃなかった。
このまま強くなれば、その視線の正体にも手が届く。
門にも、帰還にも。
そして地球にも。
夜、宿に戻ってから、俺は報酬の銀貨を机に並べた。
少ない。でも確かに自分で稼いだ金だ。
迷宮で戦って得た金。
地球では、ただ笑われて終わるだけだった俺が。
この世界では、剣を握って、美少女と組んで、報酬を得ている。
そしていつか。
この力は、きっと地球でも通じる。
その時、お前たちはどうするんだろうな。
高杉。村瀬。柴山。
俺はもう、前みたいには笑われない。
たぶん――次に笑うのは、俺の方だ。




