第5話 いじめられっ子の俺、ギルドでステータスを見られた結果おかしなことになる
翌朝。
俺は借りた簡素な服に着替えていた。さすがに制服のままだと目立ちすぎるということで、エルフィーが宿の女将に頼んで、予備の旅人服を借りてくれたのだ。
鏡に映る自分を見る。
黒髪。少し疲れた顔。まだどこか頼りない。だけど、昨日の俺とは少し違う気もした。
迷宮で戦った。
生き残った。
美少女二人と一緒に朝を迎えた。
最後のやつだけ言い方が変だな。
宿の一階で待っていると、先に降りてきたのはセラだった。
「おはようございます、ユウトさん」
朝の光の中だと、銀髪が余計に綺麗に見える。法衣も清潔で、なんというか、眩しい。
「おはよう」
「その服、似合ってますよ」
「ほんと?」
「はい」
素直に言われると照れる。
少し遅れて、エルフィーが階段を降りてきた。いつもの鎧姿だ。朝から完成されすぎている。
「……悪くないわね」
「何が?」
「その服よ。制服よりはずっとマシ」
「褒められてる?」
「半分くらいは」
朝食を済ませてから、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
建物は宿よりさらに大きかった。石造りの重厚な外観に、扉の上には剣と盾の紋章。中からは怒鳴り声、笑い声、木杯のぶつかる音が聞こえる。
「これぞギルドって感じだ……」
「また変なこと言ってるわね」
エルフィーに怪訝そうな顔をされたが、仕方ない。だって本当に“これぞ”なんだから。
扉を開けると、空気が変わった。
中には屈強な冒険者たちがたむろしていた。剣、斧、槍、杖。獣人っぽい耳のある人までいる。掲示板には依頼書。受付カウンターには忙しそうな職員たち。
完全にファンタジーだ。
ちら、と何人もの視線がこちらへ向く。エルフィーとセラが目立つのもあるけど、たぶん俺も新人っぽすぎる。
「行くわよ」
エルフィーに促され、受付へ向かう。
受付にいたのは、茶色い髪を後ろでまとめた若い女性だった。優しそうな笑顔だ。
「ようこそ、冒険者ギルド・グランフォルト支部へ。本日はどういったご用件でしょうか?」
「新規登録よ。彼の」
エルフィーが俺を示す。
「かしこまりました。では、お名前を」
「相沢悠斗、です」
「アイザワ、ユウト様……ですね。ご出身は?」
「その、遠方で……」
「事情あり、よ」
俺が詰まる前にエルフィーが割って入った。
受付嬢は少しだけ目を瞬かせたが、プロらしく微笑みを崩さなかった。
「承知しました。では簡易登録ののち、適性確認を行います」
「適性確認?」
「基礎能力と適性職、最低限の危険度確認です。登録用の水晶板に手を置いてください」
出てきたのは、平たい黒い石板だった。中央に透明な水晶がはめ込まれている。
嫌な予感がする。
めちゃくちゃする。
「大丈夫です。全てが公開されるわけではありませんので」
受付嬢がにこやかに言う。いや、その“全て”って何だ。
でもここで逃げたら余計に怪しまれる。
俺は石板に手を置いた。
ひやりとした感触。
一瞬遅れて、水晶が光った。
文字が浮かぶ。
受付嬢の目が止まった。
「……え?」
エルフィーとセラも覗き込む。
「何が出た?」
俺からは角度的に見えない。いや、見たくないような気もする。
受付嬢がもう一度目をこすった。
「す、少々お待ちください」
「ちょっと、どうしたのよ」
「い、いえ……確認を……」
その時、受付の奥から年配の男性職員が出てきた。
「どうした、ミリア」
「副支部長、これを……」
副支部長と呼ばれた男が石板を見る。
数秒沈黙。
それから、明らかに空気が変わった。
「……別室へ」
「え?」
俺、何かやらかした?
そのまま半ば流れるように小部屋へ案内される。怖い。普通に怖い。異世界来て二日目で捕まるのは嫌だ。
別室で改めて石板を確認した副支部長が、低い声で言った。
「登録名、ユウト。年齢推定十七。戦闘経験は浅いが……基礎能力値が異常に高い。加えて複数適性持ち。しかも」
「しかも?」
「……運の数値が、測定限界を振り切っている」
やっぱりそこか。
「いや、えっと……たまたま?」
「数値にたまたまはない」
真顔で言われた。
エルフィーが腕を組んで息を吐く。
「でしょうね。迷宮での動き、どう見てもおかしかったもの」
「でも、悪いことではないんですよね……?」
セラが少し不安そうに尋ねる。
副支部長は慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「悪いとは言わん。だが珍しい。珍しすぎる。こういう人材は、良くも悪くも注目される」
それ、嫌な予感しかしないんだが。
「登録自体は可能だ。ただし、最初は見習い等級。いきなり高位任務は受けられん」
「それはいいです」
むしろ助かる。
俺はまだこの世界の常識もろくに知らない。
「あと、スキル欄に一部、不明表記がある」
心臓が止まりそうになる。
[Returner]のことか?
「不明?」
「通常系統に分類されない、未登録の固有技能だ。詳細は石板では拾えん」
「……そういうこともあるんですか?」
「極稀にな」
副支部長が俺をじっと見る。
「お前、自分が何者かわかっているか?」
その問いに、俺はほんの一瞬だけ言葉を失った。
何者か。
昨日までの俺なら、何者でもないって答えていたと思う。
でも今は違う。
少なくとも、この世界では。
「……まだ、わからないです」
「正直だな」
副支部長はわずかに口元を緩めた。
「ならばなおさら、生き延びろ。強い新人はすぐ死ぬ。運が良くても、調子に乗れば終わりだ」
「はい」
部屋を出ると、ミリアという受付嬢が正式な登録札を持って待っていた。銅色の薄い金属板で、俺の名前と見習い等級が刻まれている。
「ユウト様。こちらが冒険者登録札です。本日からあなたはギルド所属の冒険者となります」
受け取る。
軽い。だけど、妙に重みを感じた。
俺は、この世界で初めて“所属”を得たのかもしれない。
「では、初回講習と簡易依頼の案内を――」
その時、横から声がした。
「へぇ、新人にしちゃずいぶん大事にされてるじゃねえか」
振り向くと、そこには三人組の冒険者が立っていた。年齢は二十代前半くらい。軽装鎧に剣。態度が悪い。真ん中の男が明らかにリーダーだろう。
うわ、テンプレだ。
「ガレスさん」
ミリアさんが少しだけ表情を固くした。
「なんだよ、ミリア。俺はただ新人の顔を覚えてやろうと思っただけだ」
ガレスと呼ばれた男が、俺を上から下まで見て笑う。
「ずいぶん細いな。ほんとに迷宮に潜る気か?」
学校で何度も向けられた視線に少し似ていた。
相手を格下だと決めつけて、面白がる目。
胸の奥で何かが冷たくなりかける。
でも、その前にエルフィーが一歩前に出た。
「それ以上はやめなさい。彼は私たちの同行者よ」
「おっと、ローゼンヴェルトのお嬢様か。ますます面白い」
ガレスの目が細くなる。
「新人一人にずいぶん肩入れするんだな」
「あなたには関係ないわ」
「あるさ。ギルドの新人がどれだけ使えるかは、な」
面倒くさい空気になってきた。
その時だった。
ポケットの中の指輪が、ほんのわずかに熱を持った。
同時に、二階の回廊から視線を感じる。
見上げると、聖職者のような白い衣を纏った女がこちらを見下ろしていた。長い金髪。年齢は若く見えるが、目だけが妙に静かで冷たい。
目が合った瞬間、背筋がぞくりとした。
【帰還者:関連反応を検知】
【高位観測対象からの注視を確認】
なんだよそれ。
怖い怖い怖い。
その女は一瞬だけ微笑むと、すぐに姿を消した。
「……今の、誰だ?」
「え?」
俺の呟きに、セラが首を傾げる。
「誰のことですか?」
「いや……なんでもない」
でも、なんでもあるはずだ。
あの視線は、迷宮のモンスターより嫌だった。
ギルド登録を終えたばかりなのに、もう誰かに見つかっている。
たぶん、俺の知らない何かに。
この世界で強くなる道は、思ったよりずっと派手で、ずっと危険なのかもしれない。
それでも。
登録札を握る。
これは始まりだ。
迷宮を潜って、強くなって、秘密に近づいて、門を見つける。
そして帰る。
絶対に。




