第3話 守られる側のはずだった俺が、また美少女二人を助けてしまった件
隠し部屋を出る前に、エルフィーが短く作戦を説明した。
「私が前。セラが後衛。ユウトは中央寄り。無理に前に出ないで。危ないと思ったらすぐ下がる」
「わかった」
「本当にわかってる?」
「たぶん」
「その“たぶん”やめなさい!」
怒られた。
でも、なんだろう。怒鳴られてるのに、学校で怒鳴られるのとは全然違う。理不尽じゃないからだ。ちゃんと意味がある。ちゃんと俺を死なせないために言っている。
それだけで、少しだけ嬉しかった。
隠し部屋を出ると、通路の空気はさっきより重くなっていた。どこか湿っぽく、獣臭い。
エルフィーが細剣を構えたまま囁く。
「来るわ」
次の瞬間、通路の奥から飛び出してきたのは、犬くらいの大きさの灰色の獣だった。だけど犬じゃない。目が赤い。牙が長い。背中の毛が逆立っている。
「ダンジョンウルフです!」
セラの声。
一体、二体――三体。
「多いわね……!」
エルフィーが一体目と正面からぶつかる。細剣が閃き、肩口を裂く。だが二体目が横から回り込んだ。
【危機察知が発動しました】
【左方、味方への側面攻撃】
「エルフィー、左!」
「えっ――」
俺が叫んだ瞬間、エルフィーは反射的に身を捻った。狼の牙が鎧の端をかすめる。
「あなた、どうして……!」
「わかるんだよ、なんか!」
本当にそうとしか言えない。
三体目が今度はセラへ向かって跳ぶ。
ダメだ。
後衛を狙ってる。
体が先に動いた。
俺はセラの前に滑り込み、錆びた短剣でその顎を下から突き上げた。浅い。倒せない。重い衝撃で腕がしびれる。
「っ……!」
狼がうなり、振り下ろした前足が俺の肩を裂いた。
熱い。
痛い。
制服が裂け、血がにじむ。
「ユウトさん!」
「《ライト・ヒール》!」
すぐにセラの光が降る。傷が完全には塞がらないが、痛みが引き、腕がまた動く。
その間にエルフィーが二体目を切り払い、一体目の喉元を正確に貫く。
「一体落ちたわ!」
残る二体。
その時、青いウィンドウがまた浮かんだ。
【パーティ戦闘への適応を確認】
【スキル《連携補正・微》を獲得しました】
そんな都合のいいことある?
でも、あるらしい。
世界が少しだけはっきり見えた。
エルフィーの踏み込みの癖。セラの詠唱の間。狼が飛ぶタイミング。
全部、噛み合う位置が見える。
「セラ! 右のやつ、足元!」
「は、はい! 《ライト・チェイン》!」
光の鎖が狼の脚に絡みつく。一瞬だけ動きが止まる。
「エルフィー、今!」
「言われなくても!」
細剣が閃き、拘束された狼の首を裂いた。
最後の一体が後退する。
逃げる気かと思った瞬間、そいつは壁を蹴って、もっと高い位置から俺たちに飛びかかってきた。
「上!?」
【危機察知が発動しました】
【最適迎撃位置を表示】
青い線みたいなものが視界に走る。
そこに踏み込めばいい。
俺はほとんど反射で前に出た。
狼の腹が、ちょうど頭上に来る。
「うおおおおっ!」
短剣を真上へ突き上げる。
柔らかい感触。
次に、嫌なほどの手応え。
刃が深く入った。
狼は空中で痙攣し、そのまま俺の前に落ちる。エルフィーがとどめを刺した。
静寂。
荒い呼吸だけが残る。
「……勝った」
俺が呟くと、セラがほっとした顔で胸に手を当てた。
「よ、よかった……」
エルフィーは俺を見たまま、何も言わなかった。
「……何?」
「あなた、本当におかしいわ」
「ひどい」
「褒めてるのよ」
それ、褒め言葉なのか?
でも彼女の目は、最初みたいな一方的な警戒だけじゃなかった。戸惑いと、驚きと、少しだけ認める色が混じっていた。
戦闘が終わったことで、周囲を調べる余裕ができた。
その時だ。
通路の壁の一部が、妙に浮いて見えた。
さっきから視界の端で光っている気がしていた。
【幸運補正が発動しました】
【隠し要素を検知】
まただ。
「そこ、なんかある」
「え?」
俺が壁を指差すと、エルフィーが訝しげに近づく。
「普通の壁に見えるけど……」
「いや、たぶん押せる」
「なんでそんなことがわかるのよ」
「……なんか」
「本当にそればっかりね……」
半信半疑のまま、エルフィーが石を押す。
ご、と音がして壁が横にずれた。
「開いた……!」
セラが小さく声を上げる。
中には小さな宝箱がひとつだけ置かれていた。木製だが、金具に古びた銀が使われている。
「罠は――なさそう」
エルフィーが慎重に確認し、蓋を開けた。
中に入っていたのは、黒い金属の指輪だった。表面に細い文字が刻まれている。
「これは……古代文字?」
セラが覗き込み、首を傾げる。
その瞬間、俺の視界に文字が走った。
【鑑定が発動しました】
【帰路の指環(欠片)】
【効果:転移・門・座標系への感応補助】
【破損率:高】
【詳細:不完全。深層要素との接続が必要です】
帰路。
今、帰路って出たか?
「ユウトさん?」
顔に出ていたらしい。セラが不思議そうにこちらを見る。
「いや……なんでもない」
嘘だ。なんでもなくない。
心臓がうるさい。
もしかして、これ。
もしかして本当に――帰れる手がかりなのか?
「あなた、その指輪に何か感じたの?」
エルフィーの視線が鋭い。
やばい。この人、勘がいい。
「少しだけ。なんか、気になるっていうか」
「ふうん……」
完全には納得していない顔だが、今は追及しなかった。
「それはユウトが持ちなさい」
「え?」
「見つけたのは実質あなたみたいなものだし、それに――」
エルフィーは少しだけ目を逸らした。
「今の戦闘でも役に立ってた。報酬よ」
「エルフィー様……」
「な、なによセラ、その顔は!」
「いえ、優しいなあと思って……」
「優しくない!」
耳が赤い。わかりやすい。
俺はそっと指輪を受け取った。
冷たい。でも、持った瞬間だけほんのわずかに温度を感じた気がした。
通路を進むうちに、空気が変わっていく。
湿った地下の匂いの中に、少しだけ風の匂いが混じる。土じゃない。もっと乾いた、外の匂い。
「もうすぐよ」
エルフィーが前を向いたまま言う。
「この先の階段を上れば、地上に出る」
その言葉だけで、胸が詰まりそうになった。
異世界に来てから、まだそんなに時間は経っていないはずなのに、永遠みたいに長かった。
地上に出る。
人のいる街に行く。
今日、生き延びる。
その先で強くなる。
そしていつか、地球に帰る。
その時にはもう、殴られて笑われる側じゃない。
階段の前に立ったとき、エルフィーが振り返った。
「ユウト。上に出たら、まずあなたの身分をどうするか考えないといけないわ」
「身分」
「この世界では、それがないと面倒なの。ギルド登録も宿も、色々」
「じゃあ……助けてくれるのか?」
聞くと、エルフィーは少しだけ視線を逸らした。
「べ、別にあなたのためじゃないわ。迷宮内で拾った変な人間を放っておいて問題を起こされたら困るだけよ」
「エルフィー様は本当にわかりやすいですね」
「セラ!?」
そのやり取りを聞いて、少しだけ笑ってしまう。
学校では、こんなふうに誰かと並んで歩くことなんてなかった。
でも今は違う。
俺の左右には、美少女が二人いる。
しかも、たぶん少しずつだけど、俺を仲間として見始めている。
――これ、もしかしてすごく王道なのでは?
そんなことを思いながら、俺たちは地上へ続く階段を上がり始めた。




