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第2話 金髪お嬢様剣士と聖女見習い、そして最初の同行

 迷宮の石壁に、三人分の呼吸が反射していた。


 俺――相沢悠斗は、砕けたスケルトンの残骸の前で、金髪の少女と銀髪の少女に挟まれるような形になっていた。


 片方はツインテールの金髪美少女。赤と白の軽装鎧。細剣持ち。目つきは強い。たぶん性格も強い。


 もう片方は銀髪の柔らかそうな少女。白と青の法衣。杖持ち。胸がやたら目立つ。こんな時にそんなところを見るなと自分を殴りたい。


「……あなたがやったの?」


 金髪の少女が、砕けた骨と俺を交互に見ながら言った。


「え、ああ……まあ」


「“まあ”じゃないわよ。上層のスケルトンは新人が一人で相手にする相手じゃないの。しかも、その格好で」


 格好、と言われて自分を見る。


 学校の制服だ。


 どう見てもこの世界の装備じゃない。


 終わった、と思った。


 異世界テンプレに詳しいわけじゃないけど、こういう時って「怪しまれる」のでは? というかもう怪しまれてる。


 銀髪の少女が、おそるおそる俺に近づいてきた。


「あ、あの……お怪我はありませんか?」


「え?」


「スケルトンと戦ったんですよね……? それなら、きっと――」


 そう言って、彼女は俺の手首にそっと触れた。


 柔らかい。細い。近い。いい匂いがした。


 その瞬間、杖の先の宝珠が淡く光った。


「《ライト・ヒール》」


 あたたかい光が俺の腕から肩、背中へと広がった。さっきまであった鈍い痛みが、嘘みたいに引いていく。


「……すごい」


「えへへ……軽い打撲くらいなら、すぐです」


「セラ、あまり不用意に近づかないで。そいつが何者かまだわからないんだから」


「でも、エルフィー様……悪い人には見えません」


 エルフィー様。


 つまり金髪の方はエルフィーって名前らしい。様付き。お嬢様感がすごい。


「悪い人に見えるかどうかと、危険かどうかは別よ」


 そう言って彼女――エルフィーは俺に細剣の切っ先を向けた。いや、完全に向けるわけじゃない。警戒しつつ牽制する角度だ。たぶん殺すつもりじゃないけど、近づいたら刺せる距離。


「名前を聞くわ」


「……相沢悠斗」


「アイザワ……ユウト?」


 完全に聞き慣れない名前なのだろう。エルフィーが眉を寄せた。


「どこの出身?」


「それは……」


 まずい。


 日本です、なんて言っても絶対通じない。東京でもない。俺の家はもっと普通の住宅街だ。いやそんなことはどうでもいい。


 どうする。


 ここで「異世界から来ました」なんて言ったらどうなる? 保護? 監禁? 宗教施設送り? 実験?


 俺は喉を鳴らした。


「……辺境のほう」


「雑」


「え?」


「嘘をつくにしても雑すぎるって言ってるの」


 エルフィーはため息をついた。


 終わった。やっぱりダメだ。


 でも、彼女は刺してこなかった。


「まあいいわ。ここであなたの身の上話を聞いてる余裕はないもの。セラ、周囲は?」


「今のところ、反応は少ないです。でも、さっきの戦闘音で寄ってくる可能性はあります」


「でしょうね」


 エルフィーは俺をまっすぐ見た。


「一つだけ確認するわ。あなた、戦えるの?」


 さっきスケルトンを砕いたのは事実だ。運が良かっただけかもしれない。でも、あの時、確かに見えた。動きが。タイミングが。


 目の前に青いウィンドウがふっと浮かぶ。


【危機察知:周辺脅威の接近確率上昇】

【迷宮完全適応:暫定ルート補正を開始します】


 まただ。


 これ、俺だけに見えてるんだよな?


「……たぶん戦える」


「また曖昧!」


 セラが小さく肩を揺らした。驚いているのか困っているのか、両方か。


「でも、本当に戦えたのは事実みたいです……。この骨の砕け方、かなり強い打撃じゃないと……」


「ええ。それがなおさら気味が悪いのよ」


 ひどい。


 いや、知らない制服の男が迷宮の通路でスケルトンを素手同然で砕いてたら、俺でもそう思うけど。


 その時だった。


 通路の奥から、粘ついた音がした。


 ぺちゃ。ぺちゃ。ぺちゃ。


 エルフィーの表情が変わる。


「スライム。二体……いえ、三体」


 俺にはまだ見えない。でも、彼女は気配でわかるのか。


「ユウト。今すぐ選びなさい」


「何を?」


「私たちと一時的に行動するか、ここで一人で死ぬか」


 選択肢が雑すぎる。


「一緒に行く」


「よろしい」


 早い。即答だった。


 スライムが角の向こうから現れた。半透明の青い塊。ゲームならかわいいマスコットにもなれそうなのに、実物は普通に気持ち悪い。でかいナメクジをゼリーで固めたみたいだ。


 一体が跳ねた。


【危機察知が発動しました】

【右斜め後方へ回避】


 体が勝手に半歩ずれる。ぬるりとした体当たりが俺の横をかすめた。


「えっ」


「今の回避……!」


 エルフィーが驚くより早く、彼女が前へ出た。


「《ローズ・スラスト》!」


 細剣が真っすぐに伸び、スライムの中心を刺し抜く。青い核みたいなものが砕けて、一体が崩れた。


 同時に、セラが杖を掲げる。


「《ライト・ボルト》!」


 白い光の矢が飛び、二体目の表面を焼いた。


 三体目が俺に向かってくる。


 怖い。普通に怖い。でも、さっきより少しだけわかる。あのゼリーの動き。弾む前の溜め。核の位置。


 俺は錆びた短剣を握り直して踏み込んだ。


「う、おおっ!」


 めちゃくちゃな掛け声と一緒に、横から突き立てる。


 ぐに、と変な抵抗。気持ち悪い。


 でも、核に当たった感触があった。スライムが痙攣し、そのまま溶けるように崩れた。


【スライムを撃破しました】

【経験値を獲得しました】


「……倒した」


「本当に倒した……」


 セラが目を丸くしている。


 エルフィーは不機嫌そうな顔で俺を見た。


「素人の動きなのに、妙に急所だけは外さないのね」


「自分でもよくわからない」


「それ、本当に何なのよ……」


 俺が知りたい。


 けど、その問いは通路の先から響いた低いうなり声で途切れた。


 今度は大きい。


 獣だ。


「移動するわ。この先に小部屋がある。そこで体勢を立て直す」


 エルフィーが先導し、セラが俺の腕を引く。柔らかい手の感触に心臓が変な跳ね方をした。


「は、走れますか?」


「う、うん」


「ならよかったです……!」


 俺たちは石の通路を駆けた。


 迷宮の角を二つ曲がったところで、行き止まりのように見える壁の前でエルフィーが止まる。


 壁に手を添え、石の一部を押し込む。


 ごご、と鈍い音がして、横の壁が開いた。


「隠し部屋……!?」


「上層では珍しくないわ。知らないと死ぬだけ」


 冷たく言いながらも、その顔には少しだけ得意げな色があった。


 俺たちは中へ滑り込み、壁を閉じる。


 小部屋は狭かった。三人で入るとかなり近い。近すぎる。


 エルフィーの肩が俺の腕に触れ、セラの法衣が膝にかかる。暗い。息遣いが近い。心臓がうるさい。


「……なによ、その顔」


「いや、近いなって」


「し、仕方ないでしょう! 狭いんだから!」


 エルフィーの耳が赤い。


 セラは困ったように笑っていた。


「えっと……ユウトさん。改めて、私はセラフィナ・ルーンです。セラって呼んでください」


「セラ……」


「はい」


「私はエルフィアラ・フォン・ローゼンヴェルト。エルフィーでいいわ」


 貴族っぽい名前だ。いや、っぽいじゃなくてたぶん本物の貴族だ。


「で、ユウト。あなたは本当に何者なの?」


 隠し部屋の薄暗がりの中、その青い瞳がまっすぐ俺を射抜いた。


 嘘を重ねるべきか、少しだけ本当を混ぜるべきか。


 迷った末に、俺はこう答えた。


「……すごく遠いところから来た」


「それだけ?」


「今は、それだけ」


 数秒の沈黙。


 それからエルフィーは鼻を鳴らした。


「怪しいわね。でも、今は保留にしてあげる」


「いいのか?」


「借りがあるもの。さっきあなたが倒したスケルトン、あれがこっちに来てたら面倒だった」


「エルフィー様は、本当は優しいんです」


「セラ?」


「いたっ。つねらないでください」


 こんな緊張感のある場所なのに、少しだけ笑いそうになった。


 たぶん、俺はこの世界に来てから初めて、人とまともに話していた。


 学校ではいつも、相手の顔色を見て、笑われないように、怒らせないようにしていた。今だって警戒はされてる。でも、それでも違う。


 ここでは俺の言葉をちゃんと聞いている。


 ここでは俺が“何か”かもしれないと思われている。


 それだけで、胸の奥が熱くなった。


「この部屋から北の通路を抜ければ、上への階段があるはずよ」


 エルフィーが地図のような羊皮紙を広げた。


「地上へ?」


「ええ。都市グランフォルトへ。私たちはそこへ戻る途中だったの」


 地上。


 都市。


 人がいる場所。


 それを聞いた瞬間、俺はやっと、自分が本当に生き延びられるかもしれないと思った。


 そして同時に思う。


 この世界で強くなれば――


 帰る手段も、いつか見つかるかもしれない。


 その時は。


 その時は、絶対に。


 高杉。村瀬。柴山。


 お前たちは、俺を見て笑えなくなる。

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