第1話 いじめられっ子、異世界の迷宮で覚醒する
俺の名前は相沢悠斗。
高校二年。友達なし。彼女なし。取り柄なし。
そしてクラスでは、便利ないじめられ役だった。
殴られるほどじゃない。
でも、それが逆に最悪だった。
上履きが隠される。
机に落書きされる。
グループ分けで余る。
スマホで勝手に撮られて笑われる。
先生も見て見ぬふり。
女子は困った顔をするだけ。
男子は「冗談だって」と笑う。
それが毎日。
心なんて、とっくに擦り切れてると思ってた。
でも、本当にきつかったのは、帰り道だった。
夕方の商店街。
塾帰りの小学生。買い物帰りのおばさん。自転車のサラリーマン。
誰も俺を見ていない。
世界にとって、俺なんかいてもいなくても同じなんだって、そう思わされる時間だった。
その日もそうだった。
校門を出たところで、背中に衝撃が走った。
後ろから誰かに蹴られたんだと理解したのは、アスファルトに膝を打ってからだった。
「おいおい、転ぶなよ悠斗ぉ」
「自分でこけたんだろ?」
「動画撮れてる? それアップしようぜ」
笑い声。
いつもの三人だった。
高杉。村瀬。柴山。
俺の人生をゴミ箱みたいに扱ってる連中だ。
高杉が俺のカバンをつま先でつつく。
「お前ってさ、異世界行ったら活躍できるタイプだよな。ほら、雑魚モンスターのエサとして」
三人が笑う。
俺も、愛想笑いみたいな変な顔をしたと思う。
そうしないともっと面倒になるから。
その時だった。
――空気が、裂けた。
いや、本当に。
音じゃない。光でもない。
世界の真ん中に、黒い縦線みたいなものが走った。
「……は?」
誰かがそう言った。
俺だったかもしれないし、あいつらだったかもしれない。
その黒い線は、目の前でゆっくりと開いた。
まるで空間そのものが口を開くみたいに。
中は真っ暗だった。
でもただの暗闇じゃない。
底のない井戸をのぞきこんだみたいな、吸い込まれそうな闇。
「な、なんだこれ……」
高杉が一歩下がった。
村瀬がスマホを構える。
柴山が「CGか?」とか意味不明なことを言う。
次の瞬間、闇の中から手が伸びた。
青白い、骨みたいに細い手だった。
「う、うわああああああ!?」
高杉が叫ぶ。
だけど遅い。
その手は、高杉の腕じゃなくて――俺の制服の胸元を掴んだ。
「え?」
引っ張られる。
強い。
ありえない力だった。
「待っ――」
世界が裏返った。
胃が浮く。
耳鳴りがする。
視界が黒と紫の渦に呑まれる。
その中で、最後に見えたのは――
俺を見下ろす高杉たちの顔だった。
驚愕。恐怖。理解不能。
ざまあみろ、とその時思えたかどうかはわからない。
ただひとつだけ、頭の中で燃えるみたいに浮かんだ言葉があった。
――もし帰れるなら。
絶対に許さない。
◆
気がつくと、石の床に倒れていた。
「っ……は、ぁ……!」
冷たい。
息を吐くたび、白くなる。
全身が痛い。
特に背中と頭が最悪だった。
俺はゆっくりと起き上がった。
そこは、薄暗い石造りの通路だった。
壁には等間隔に松明があり、青白い火が揺れている。
天井は低い。圧迫感がある。
空気は湿っていて、どこか鉄とカビの匂いがした。
「……どこだよ、ここ」
返事はない。
当たり前だ。
でも、その代わりに――
【個体認証完了】
【異界転移反応を確認】
【適合者を検出しました】
【ユニークスキル《王道主人公補正》を付与します】
【ユニークスキル《迷宮完全適応》を付与します】
【ユニークスキル《帰還者》を付与します】
【初期ステータス補正を実行します】
「……は?」
目の前に、青い板みたいなものが浮かんでいた。
半透明。
文字は明らかに日本語。
でもスマホでもホログラムでもない。
空中に直接表示されている。
思わず手を伸ばすと、板がぴっと揺れた。
【STATUS】
名前:相沢悠斗
種族:人間
年齢:17
職業:見習い旅人
レベル:1
HP:32/32
MP:18/18
筋力:11
耐久:10
敏捷:12
魔力:14
知力:15
運:999
保有スキル:
《王道主人公補正》
《迷宮完全適応》
《帰還者》
《鑑定》
《初級剣術》
《初級魔術》
《危機察知》
運、九百九十九?
「いやいやいや、なんだこれ……」
俺が混乱していると、通路の奥から音がした。
カタ。
カタカタ。
カタ、カタ、カタ。
骨が石をひっかくような音。
松明の明かりの向こうから、そいつは現れた。
骸骨だった。
本当に、ゲームみたいなスケルトン。
空洞の眼窩。黄ばんだ骨。錆びた短剣。
でも画面越しじゃない。
現実に、そこにいた。
「う、わ……っ」
足がすくむ。
怖い。
当たり前だ。
昨日まで教室で縮こまっていただけの俺が、急に化け物と戦えって?
無理に決まってる。
スケルトンが走ってくる。
ガチガチと歯を鳴らしながら、錆びた短剣を振り上げる。
「っ!」
死ぬ、と思った。
だけど、その瞬間。
【危機察知が発動しました】
【最適回避ルートを提示します】
世界が、ゆっくりになった。
違う。
俺の感覚が加速したんだ。
スケルトンの動きが、見える。
刃の軌道がわかる。
踏み込みが読める。
体が勝手に動いた。
半歩ずれる。
敵の腕が空を切る。
そのまま落ちていた石を拾って――全力でぶん殴った。
ゴッ!!
乾いた音。
スケルトンの頭蓋骨が、ありえないくらい派手に砕け散った。
「……え?」
自分でやっておいて、俺が一番驚いた。
だって今の、俺の腕力じゃない。
あんなに綺麗に頭を粉砕できるわけがない。
スケルトンはバラバラになって崩れ落ちた。
その骨の山の上に、淡い光の粒が浮かぶ。
【スケルトンを撃破しました】
【経験値を獲得しました】
【レベルが上昇しました】
【レベル1→4】
「……は?」
一体で?
一体倒しただけで、レベル4?
いや、待て。
待て待て待て待て。
俺、もしかして――
「めちゃくちゃ強くないか?」
言った瞬間、誰もいない迷宮で自分の声が情けなく反響した。
でも、事実だった。
さっきまで死ぬほど怖かった。
今だって怖い。
だけどそれ以上に、胸の奥で何かが熱くなっていた。
もしこの世界で強くなれるなら。
もし帰る手段があるなら。
もし、あいつらを見返せる日が来るなら。
やるしかない。
この意味不明な迷宮も、化け物も、レベルも、スキルも。
全部使ってやる。
生き残るために。
強くなるために。
そして――
「帰る」
俺は砕けたスケルトンの短剣を拾い上げた。
錆びてるけど、ないよりマシだ。
その時、通路の角の向こうから声がした。
「……今の音、こっちからしたわよね?」
女の声だった。
鈴みたいに綺麗で、でも少し気が強そうな声。
さらにもうひとつ、柔らかい声。
「た、助けを求める人かもしれません……!」
足音が近づく。
現れたのは、二人の少女だった。
一人は、金髪の美少女。
赤と白の軽装鎧を着て、細剣を持っている。
ツインテールが揺れて、いかにも高飛車なお嬢様剣士って感じだ。
もう一人は、銀髪ロングの少女。
白い法衣みたいな服に杖。
胸元はやたら目立つ。
というか、こんな状況なのにそこに目がいってしまった自分を殴りたい。
二人とも、俺を見て固まった。
そして足元の砕けたスケルトンを見る。
「……あなたが、やったの?」
金髪が言う。
「え、あ、まあ……たぶん」
「た、たぶんって何ですか!?」
銀髪の子が目を丸くした。
金髪の少女は細い眉を寄せ、俺を頭から足まで見た。
制服。見慣れない顔。錆びた短剣。レベル4になったばかりの俺。
そして、小さく息を呑む。
「そんなはず……。この階層のスケルトンを一人で? しかも素手同然で……?」
彼女の青い瞳が、じっと俺を射抜いた。
「あなた、何者なの?」
その質問に、俺は少しだけ考えてから答えた。
「……さあ。さっきまでは、ただのいじめられっ子だった」
そして心の中で続ける。
でも今は違う。
ここが俺の始まりだ。
地獄みたいな学校生活の続きなんかじゃない。
ここから先は、俺が全部ひっくり返す。
異世界でも。
迷宮でも。
いつか元の世界に帰った後でも。
俺は、負けたまま終わらない。




