第18話 裏側の女と、少しだけちゃんと話したら思ったより重たいものが見えた
旧水路の一件を報告した翌日、ギルドの空気はまた一段重くなっていた。
非正規探索者。
封鎖区画。
呪気漏れ。
しかもそれに、また俺たちが関わっている。
「最近、本当に事件の中心にいるわね……」
エルフィーが半分呆れ、半分本気で言った。
「俺が呼んでるわけじゃないんだけど」
「でも来るのよ。あなたのところに」
否定できない。
副支部長は報告を聞いたあと、頭痛をこらえるような顔で言った。
「しばらく夜の単独行動は完全に禁止だ」
「単独じゃなかったです」
「そういう屁理屈を言うな」
正論で殴られた。
ただ、その日の依頼自体は軽かった。上層の素材回収と見回り。だからこそ逆に、余計なことを考える時間も多かった。
クロハのことだ。
あいつは何者なんだろう。
盗賊。
情報屋。
旧路や裏通路に詳しい。
危険にも平気で首を突っ込む。
でも、ただの愉快犯でもない。
夜の旧水路での動きは、慣れすぎていた。
ああいうのを何度も潜ってきたやつの動きだった。
依頼を終えてギルドへ戻ると、その“気になる本人”がなぜか受付横の柱にもたれていた。
「遅かったね」
「なんで普通にいるんだ」
「たまには表にも来るよ。私だって人間だし」
「そこ疑ってるわけじゃない」
ミリアさんがものすごく複雑そうな顔をしている。たぶん“追い出したいけど下手に刺激したくない”みたいなやつだ。
クロハは俺を見る。
「ちょっと時間ある?」
「何」
「借りを返したい」
「借り?」
「旧水路の。あんた、あの時私ごと見捨ててもよかったのに、ちゃんと封鎖まで付き合ったでしょ」
そう言われると、少し意外だった。
クロハってそういうのを気にしないタイプかと思っていた。
「別に、見捨てる理由もなかったし」
「ふーん」
相変わらず軽い返事。
でも、目だけは少しだけ真面目だった。
「なら、一本だけ案内する。たぶんあんたが好きそうな場所」
「好きそうな場所って言い方が怪しすぎる」
「怪しいよ」
開き直るな。
結局、エルフィーとセラに相談してから、夕方に短時間だけ同行することになった。完全に二人きりは危険、という判断で、二人も少し離れてついてくる。
「絶対変なとこじゃないでしょうね」
エルフィーが露骨に警戒している。
「変なとこだよ」
「正直!」
クロハは笑いながら、都市の南端にある崩れた倉庫街へ俺たちを連れていった。
その奥。
積み上がった木箱の陰。
一見ただの行き止まり。
でも、クロハが床石を蹴ると、隠し蓋がずれる。
「どうぞ」
「お前、本当にそういうの多いな」
「生き方だからね」
下へ降りる。
細い階段の先には、小さな地下空間があった。
古びた机。
簡単な寝台。
地図。
工具。
罠解除用の器具。
壁には迷宮の旧路を描いたらしい複雑なメモ。
「……ここ、何」
「私の仮拠点のひとつ」
ひとつ、って言ったぞ今。
クロハは机に腰掛けた。
「裏で生きると、こういう場所がいるんだよ。逃げるためにも、潜るためにも」
セラが周囲を見回しながら、小さく言う。
「ちゃんと生活してるんですね……」
「失礼だなあ。私だって寝るし食べるよ」
「そういう意味じゃなくて」
少し笑いが起きる。
でも空気は、どこか今までと違った。
表で軽口を叩く時より、クロハの警戒が薄い。
「で、借りを返すって?」
俺が訊くと、クロハは机の引き出しから薄い紙束を取り出した。
「旧路の断片地図。それと、最近“帰路”とか“門”に近そうな言葉が出た噂のメモ」
心臓が跳ねた。
「なんでそんなものを」
「集めてるから」
「何のために?」
「……」
クロハは一瞬だけ黙った。
いつもの軽さが消える。
「前に、一緒に潜ってたやつがいた」
部屋の空気が静かになる。
「兄みたいなもん。血は繋がってないけど。私に罠の見方とか、食いっぱぐれない方法とか、全部教えてくれた」
そんな人がいたのか。
「そいつ、ある日“門”を探すって言って深い方に行ったんだよね」
クロハの声は軽くない。
静かで、少しだけ硬い。
「帰ってこなかった」
その一言だけで、十分だった。
「だから私は、門とか帰路とか、そういう話を追ってる。別に綺麗な目的じゃないよ。死んだなら死んだで確かめたいし、生きてるなら見つけたい」
……そうか。
クロハもまた、帰れない誰かを追ってるんだ。
俺とは形が違うだけで。
「だから、あんたが気になる」
クロハが俺を見る。
「あんたの周りには、私が追ってきたものの匂いがする」
嘘じゃない目だった。
その瞬間、クロハという存在が少しだけ“ただの怪しい女”じゃなくなった。
もちろんまだ怪しい。
でも、それだけじゃない。
「……貸してくれるのか」
紙束を見る。
「全部じゃない。一部だけ」
「十分だ」
エルフィーが黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「あなたにも事情があるのはわかったわ。でも、ユウトを変な方向へ引っ張るなら止める」
「わかってるよ、お嬢様」
クロハは肩をすくめる。
「別に独り占めする気はないって。だってこいつ、独りだとそのうち本当に死ぬし」
「言い方」
「でも半分くらいは本当よ」
エルフィーまで頷くな。
セラが少しだけ安心したように微笑む。
「……なんだか変ですけど、少しだけ仲間みたいですね」
「それはどうかな」
クロハが言う。
でも否定しきらない。
帰り際、俺はクロハから小さな金属片を渡された。
古い鍵の先端みたいな形。
「それも遺物か?」
「ただの旧路鍵片。特定の保守扉に使えることがある」
「なんでくれる」
「借り返し。あと、先行投資」
先行投資。
そういう言い方、いかにもクロハらしい。
地下拠点を出て、夕暮れの街に戻る。
隣にはエルフィー。
後ろにセラ。
手の中には旧路の断片地図。
そして、新しく知ったクロハの事情。
少しずつ、関わる人間が増えていく。
俺の帰り道は、もう俺一人の話じゃなくなり始めているのかもしれない。
でも。
それでも最終的に門を開くのは、たぶん俺だ。
なら、その時に誰を信じるか。
誰と進むか。
それもちゃんと選ばなきゃいけない。




