第13話 目立ち始めた俺たち、装備更新と新パーティ体制で次の迷宮へ向かう
三層異常点討伐の翌日、俺たちは朝から装備屋を回っていた。
グランフォルトの武具街は、昨日までの俺なら一日中眺めていられそうなくらい濃かった。剣、槍、盾、鎧、短剣、ローブ、魔導具、革防具。軒先には金属を打つ音と、油と革の匂いが混ざった空気が流れている。
「ちゃんとした前衛装備、一式は必要ね」
エルフィーが当然のように言う。
「ユウトは今まで、運と反応と根性でごまかしすぎてるのよ」
「それはちょっと思ってた」
「ちょっとじゃないです。かなりです」
セラまで頷いた。
否定できない。
実際、今までの俺は“当たらなければどうにかなる”で生きてきた部分が大きい。けど、三層のアビスガード戦でわかった。ああいう相手には、ちゃんとした装備がないと一撃で終わる。
最初に入った店は、重厚な鉄看板を掲げた老舗だった。
店主は腕の太い中年男で、俺を見るなり眉を上げた。
「見ない顔だな。新人か?」
「そう」
「で、そっちのローゼンヴェルト嬢が連れてるってことは、ちょっとは期待株か」
もうそういう扱いなんだな……。
少しこそばゆい。
「片手剣と軽鎧、防具一式を見たいわ。動きを殺さないやつ」
エルフィーが手際よく要件を伝える。
店主は俺を上から下まで見て、いくつか候補を持ってきた。
灰鋼の片手剣。
革と金属板を組み合わせた軽鎧。
脛当て、籠手、首元を守る薄い防護布。
そして、見た目は地味だが、妙に手に馴染む黒革のベルト。
「その剣、握ってみろ」
言われて手に取る。
重すぎない。軽すぎない。
振ると、今までの片手剣よりずっと軌道が安定する。
【装備適性を確認】
【片手剣・適合率:中】
中か。
もっと高くなりたい。
「いい感じだな」
店主が頷く。
「お前、まだ剣そのものは素人だが、振るう体の方が先に仕上がってきてる。妙なタイプだ」
最近そういう評価が多い。
でも、それもたぶん本当なんだろう。
「鎧はこれ。軽いわりに急所を守る。新人が死ぬのは大体、守るべき場所を守ってないからだ」
言い方が物騒すぎる。
試着すると、動きはそこまで阻害されなかった。前よりずっとまともな“冒険者”に見える。鏡に映った自分を見て、少しだけ変な気持ちになった。
黒髪。
まだ幼さの残る顔。
でも腰には剣。
体には迷宮用の軽装鎧。
昨日までの高校生が、どんどん遠くなる。
「悪くないわね」
エルフィーが言う。
「うん。かなり」
「……その、似合ってます」
セラが少し照れたみたいに言った。
それだけで顔が熱くなるからやめてほしい。
結局、報酬のかなりの額を使って装備を整えた。痛い出費ではある。でも、これは必要経費だ。死んだら意味がない。
その後、魔導具店にも寄った。
そこでセラが見つけたのは、小さな銀の護符だった。
「これ、簡易的な精神干渉よけです。強くはないですけど、迷宮の呪気や幻惑に少し耐性がつきます」
「それ、今の俺に必要なやつでは?」
「かなりね」
エルフィーも即答した。
俺ってそんなに危なっかしく見えてるのか。
いや、見えてるんだろうな。
昼過ぎ、買い物を終えた俺たちはギルド併設の訓練場にいた。
新しい剣と鎧の感触を確かめるためだ。
「まず構え」
エルフィーが細剣を持って向かいに立つ。
「え、手合わせ?」
「軽くよ。新装備の感覚を確かめるだけ。……全力で来たら怒るわよ」
「それはこっちの台詞では?」
「何か言った?」
「何も」
訓練が始まる。
木剣じゃなく、刃引きの訓練剣だ。実戦に近い分、緊張感がある。
エルフィーは相変わらず速い。
踏み込みが鋭く、無駄がない。
でも前より少しだけ、そのリズムがわかる。
【戦闘解析を開始】
【対人戦補助:限定起動】
剣先を流し、半歩引き、戻る。
「……へえ」
エルフィーが少し目を細めた。
「前よりずっとまともね」
「新装備のおかげかも」
「半分はそれ、半分はあなた自身よ」
言いながら、彼女は突きを三連で繋げてくる。
全部避けるのは無理だ。
一つを剣で逸らし、一つを鎧で受け、一つを体ごとずらして外す。
その瞬間、俺の剣先が自然と彼女の肩口へ伸びた。
ぴたり、と止まる。
エルフィーも同時に止まっていた。
「……今の」
「うん」
「惜しかったわね」
「惜しかったな」
「当てる気だった?」
「ちょっとだけ」
「生意気」
でも、口元が少しだけ上がっていた。
セラが横でぱちぱちと拍手している。
「ユウトさん、すごいです。最初よりずっと形になってます」
「そうかな」
「はい」
訓練のあと、俺たちはそのままギルドの食堂で簡単な昼食を取った。
そこで、ロドリクが現れた。
「いたか」
「ロドリクさん」
「副支部長から伝言だ。数日は高難度の深入りを避けろ。代わりに、上層~三層の通常依頼で経験を積め」
「意外と慎重なんだな」
「当たり前だ」
ロドリクは真顔で言った。
「お前は強いというより、“おかしい”。だからこそ、基礎を積まずに先へ行くとどこかで死ぬ」
耳が痛い。だが正しい。
「わかった」
「あと、もう一つ」
ロドリクが少しだけ声を落とす。
「教会の方でも、お前の戦果にかなり興味を持ってる。単独行動はできるだけ避けろ」
やっぱりそこか。
食堂の空気が少しだけ冷たく感じた。
その帰り道、ギルドの裏手で一人の少女とぶつかりかけた。
「っと」
「きゃっ」
小柄な身体。
褐色の肌。
長い黒紫の髪。
尖った耳。
そして、腰にぶら下がる大量の小道具と短剣。
ダークエルフ、だ。
少なくとも俺にはそう見えた。
彼女は俺の胸元に軽く手をついたまま、じっと見上げてきた。
「……へえ」
「何?」
「噂の新人って、あんたなんだ」
にやっと笑う。
目が悪い意味で生き生きしていた。
「名前は?」
「ユウト」
「私はクロハ」
それだけ言うと、彼女はすっと俺の横を抜けた。
でも、その直後。
【危機察知が発動しました】
反射的に手を腰へやる。
ない。
「……俺の金袋」
振り向くと、クロハがひらひらと小袋を揺らしていた。
「反応は悪くないじゃん」
「返せ!」
「やーだよ。取れるなら取ってみなよ、新人くん」
完全に挑発だ。
でも、次の瞬間にはもう走り出していた。
石畳を蹴る。
狭い路地へ飛び込む。
人の隙間を縫うように逃げるクロハの動きは軽い。速い。訓練された盗賊のそれだ。
だが、こっちだって前の俺じゃない。
【追跡補助を開始】
視界に逃走ラインが浮かぶ。
「待てっ!」
「お、何それ。追ってくるんだ」
クロハが笑いながら塀を蹴って飛ぶ。
俺も続いて跳ぶ。
新装備の軽さがここで活きた。前より明らかに動ける。
路地の奥、行き止まりに見える壁の前で、クロハがくるっと振り返る。
「へえ。ここまで来るんだ」
「返せよ」
「返してもいいけど」
彼女は袋を指先で揺らしながら、細い目を細めた。
「あんた、迷宮で変なもの引き当てるんでしょ?」
「……何の話だ」
「教会が嗅ぎ回ってる。ギルドも隠してる。噂も広がってる。なら黒いとこはもう動いてるよ」
黒いとこ。
つまり、表じゃない連中。
「で?」
「私はそういうの、けっこう好きなんだよね」
クロハは笑った。
「返す。今日は顔見せだけ」
そう言って金袋を放って寄越す。
受け取る。
「なんでそんなことを」
「興味があるから。あんた、面白そうだし」
彼女は壁に片手をついた。
次の瞬間、そこに隠し扉が開く。
「じゃあまたね、ユウト。今度は迷宮の下か、もっと裏側で会うかも」
「待っ――」
だがもう遅い。
クロハはそのまま暗がりへ消えた。
残された俺は、しばらくその場で固まっていた。
なんだ今の。
怪しすぎる。
でも。
たぶん、また会う。
しかもろくでもない形で。




