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第14話 強くなった実感が少しずつ出てきた俺たち、でも裏側の気配も濃くなってきた

 クロハと遭遇した翌日、俺は朝からなんとも言えない落ち着かなさを抱えていた。


 金袋は戻った。被害はない。

 でもあの女の言葉が妙に引っかかる。


 教会が嗅ぎ回ってる。

 ギルドが隠してる。

 黒いところも動いてる。


 どこまで本当かわからない。けど、全部嘘という感じもしない。


「顔色、少し悪いわよ」


 宿の朝食の席で、エルフィーがスープを飲みながら言った。


「昨日ちょっと変なのに会って」


「変なの?」


「褐色のダークエルフっぽい女」


 言った瞬間、エルフィーの眉がぴくりと動いた。


「……もしかして、クロハ・ヴァント?」


「知ってるのか?」


「有名よ。迷宮都市の裏でちょろちょろしてる盗掘屋兼盗賊兼情報屋。捕まらないのが取り柄みたいな女」


「取り柄の言い方ひどくないですか?」


 セラが苦笑する。


「実際そうよ。表のギルドには属さないくせに、迷宮の隠し路や罠や旧遺構に異常に詳しいの」


 それ、普通に重要人物では?


「で、そのクロハがユウトに何て?」


「顔見せだけって」


「最悪ね」


 即答だった。


「でも、まだ本気で敵意を向けられてるわけじゃなさそうです」


 セラが慎重に言う。


「ええ。それが余計に面倒なのよ」


 今日は通常依頼の日だ。

 上層二層の討伐補助と、三層手前までの地図更新。


 派手さはない。だがこういう日こそ、地力を積める。


 迷宮へ入る途中、俺は新しい剣の柄を握り直した。最近少しずつ、この感触が自分のものになってきている。


 実際、二層までの戦闘は前より明らかに楽だった。


 スライム。

 骸骨兵。

 大型鼠。

 どれも以前より危なげなく処理できる。


 もちろん油断すれば死ぬ。

 でも“ただ生き残る”から“一歩上を見て動く”に変わってきている気がした。


「今の、よかったです」


 セラが言う。


「骸骨兵の剣を受ける角度、前よりずっと安定してました」


「ほんと?」


「ええ。無駄に力まなくなってる」


 エルフィーも横から言う。


「……成長してるのね、ちゃんと」


 その一言が、想像以上に嬉しい。


 学校では“成長してる”なんて言葉、自分に向けられたことがあっただろうか。たぶんない。

 できるやつは最初からできる扱いで、できないやつは笑われるだけだった。


 でもこっちは違う。


 迷宮で生きることそのものが、少しずつ形になる。

 それを仲間が見てくれている。


 それだけで胸の奥が軽くなる。


 三層手前の曲がり角で地図を確認していた時、ふいに壁の向こうから小さな音がした。


 石が擦れる音。

 誰かの足音。

 ごくわずかな気配。


【危機察知が発動しました】

【非正規接近者:一名】


「……誰かいる」


 俺が低く言うと、エルフィーが即座に細剣を抜いた。


「どこ」


「右の壁の向こう」


 次の瞬間、壁の一部がすっと横に開く。


 現れたのは、やっぱりクロハだった。


「うわ、ほんとに察知するんだ」


「またお前か」


「また私だよ」


 悪びれない笑顔。


 腰の小道具が今日もじゃらりと鳴る。


「何しに来た」


「忠告。今日はこっちのルート、先で揉めるよ」


「何の話?」


「上層から流れてきた連中が、旧路の入口を探ってる。ギルド所属じゃない。たぶん遺物狙い」


 それだけ言われて、空気が変わった。


「信じられると思う?」


 エルフィーの声が冷える。


「別に信じなくてもいいよ。でも、行けばわかる」


 クロハは壁にもたれて笑う。


「私は今日は見てるだけ。面白くなりそうだし」


「やっぱり面倒な女ね」


「褒め言葉?」


「違うわ」


 でも、無視できる内容でもない。


 ロドリクや副支部長の言っていた“目立つと面倒が寄ってくる”が、早くも形になっている気がした。


「……行くの?」


 セラが俺を見る。


 迷うまでもない。


「行く。もし旧路や遺物関係なら、放っておくとまずい」


「でしょうね」


 エルフィーも同意した。


 クロハの案内、というのも変だが、彼女が先導するような形で裏通路を使う。


 普通の迷宮通路とは明らかに違う細い道。

 踏み石。

 隠し扉。

 古い換気穴。


 やっぱりこの女、裏側に強すぎる。


「なんでそんなに詳しいんだ」


「生きてきた結果かな」


 軽い答え。


 でも、その奥はたぶん軽くない。


 辿り着いた先には、確かにいた。


 三人組。

 どれもギルド所属章をつけていない。

 粗い装備だが、動きは素人ではない。

 そのうち一人が、封鎖壁の一角を工具でこじ開けようとしていた。


「ほらね」


 クロハが囁く。


「どうする?」


 どうするも何も、このまま旧路や遺物関連を触らせるのは危険だ。


 しかも今の俺たちはギルド側の情報管理下にある。ここで見過ごしたらあとで面倒になる。


「止める」


「了解」


 エルフィーが前へ出た。


「そこの三人、何をしているの」


 鋭い声。


 三人が一斉に振り返る。


「……誰だ、お前ら」


「ギルド所属の探索者よ。非正規で封鎖区画に触れてる時点で、見逃す理由がないわ」


 一番背の高い男が舌打ちした。


「ちっ、面倒なのが来た」


 もう一人が俺を見て、わずかに目を細める。


「……あいつ、噂の新人じゃねえか?」


 早いって。


 なんで裏の人間まで知ってるんだ。


「ならちょうどいい。そいつもまとめて沈めりゃ、話は簡単だ」


 そう言って短剣を抜いた。


 戦闘の空気だ。


「セラ、援護!」


「はい!」


 クロハは壁際に寄って、楽しそうに笑っていた。


「うわ、本当にやるんだ」


「お前も手伝え!」


「やだね。私はまだ部外者だし」


 くそ、性格が悪い。


 だが戦闘が始まれば、もう余計なことを考えている余裕はない。


 三人組は連携が悪くなかった。

 一人が前に出て、二人が左右に回る。

 人間相手の方が、逆に読みづらい部分もある。


 でも、今の俺たちは以前と違う。


 エルフィーが正面を抑え、セラの光弾が横から崩す。

 俺は中央で動きを読む。


【対人戦補助:起動】

【利き腕、重心、視線を解析】


 見える。


 前の男の踏み込み。

 左の短剣使いの癖。

 右の男が本当は臆していることまで。


 なら。


 俺は正面の剣を受け流し、半歩踏み込んで肩口を打つ。


「ぐっ!」


 前衛がよろける。


 その隙にエルフィーの細剣が男の武器を弾き飛ばした。


「もう一人!」


 セラの光弾で左の短剣使いが目を焼かれ、俺が足を払う。転んだところへ剣先を突きつける。


 右の男は一瞬戦うそぶりを見せたが、クロハがにやりと笑ってナイフを指で回した途端、完全に腰が引けた。


「ま、待て! 俺たちはただ頼まれただけだ!」


「誰に?」


 エルフィーが冷たく問う。


 男は歯を食いしばった。


「……教会じゃねえ。商人でもねえ。名前は知らねえ。ただ、黒い仮面をつけた連中だ」


 また黒いところ。


 本当にいるのか。


 クロハが壁際で腕を組む。


「ほらね。最近こういうの増えてるんだよ」


 エルフィーが男たちを縛り上げ、吐き捨てるように言った。


「ギルドへ突き出すわ」


 帰り道、クロハはいつの間にか俺のすぐ横を歩いていた。


「ねえユウト」


「何」


「やっぱりあんた、面白いね」


「そればっかりだな」


「だって本当だもん」


 その目は、ただのからかいじゃなかった。

 獲物を見る目でもあり、仲間を値踏みする目でもあり、何かもっと別の好奇心も混じっている。


「今度、ちゃんと迷宮の下で話そっか」


「嫌な予感しかしない」


「でも来るでしょ?」


 否定できないのが悔しい。


 結局、捕縛した三人はギルドへ引き渡された。副支部長の顔は、報告を聞いてさらに険しくなった。


「……非正規探索者まで動き始めたか」


 そこまで言って、彼ははっきりと俺を見た。


「ユウト。お前を中心にして、迷宮の裏側が引き寄せられている可能性がある」


 その言葉は、怖かった。


 でも同時に、奇妙な納得もあった。


 帰る道に近づけば近づくほど、関わるものも増える。

 綺麗なものだけじゃない。

 裏も、欲も、陰も、全部寄ってくる。


 それでも進むしかない。


 だってもう、戻りたい場所があるのに、何も知らないふりなんてできないから。

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