第7話 迫る消滅ラインと異常の兆し
コースは相変わらず静かだった。
前方では先行した数機の機体がカーブを抜け、やや距離を広げていく。私は慎重にスロットルを押し込みながら、それを追う形で進む。
(よし、少しずつ行こう。焦らず……)
そんなふうに考えながら、スタートからおよそ1分半が経過した頃――
コックピットの警告灯が再び点滅した。
『警告:後方領域に異常発生』
(えっ……後方?)
急いでバックモニターを見ると、コースの遥か後方に、赤い帯のようなものが地面ごと迫ってくるのが映っていた。
ディスプレイには「後方消滅ライン」という、これまで一度も目にしたことのない表示。
(な、なにこれ!?)
直後、同じ警告は全コックピットに一斉に通知され、運営本部も騒然とする。
「おい! なんだこの『消滅ライン』って!?」
「設定されてないぞ! カスタムコースにこんな仕様はない!」
運営のスタッフたちがシステムログを確認するが、記録上は正常と表示されている。
「誰かがデータを直接書き換えた……! 侵入されてるぞ!」
そしてさらなる悪夢。前方の空中に、小さな黒い影が現れた。
虫のようなシルエット。いや、違う――昆虫型の小型ドローンだった。
それがこちらを認識するや否や、ピピッと青白い光線を発射する。
「うわっ!」
私はとっさに機体を傾けてかわし、低空飛行で障害物を避ける。
だが、そのビームは後方のコースを一瞬で焼き焦がし、コースが黒ずむ。
(なんなのよ、これ……!)
普段のカスタムコースには、障害物も敵キャラも存在しない。
あまりにも異常な状況に、運営本部のMCが慌ててマイクを取る。
『カ、カスタムコース参加の皆さんに追加連絡です! 現在、想定外の障害物と消滅エリアが確認されました。安全確保のため、各自できるだけ速やかにゴールを目指してください!』
そして、もう一度アナウンスが入る。
『な、なんと! このコースにおいてカスタムモードを選択しているのは、参加者ナンバー16番・湊ほのかさん、ただ一人! この異常事態の中、リアルでレースを行っているのは彼女だけです!』
その瞬間、観客席も運営本部もどよめきに包まれた。
「まじか……」
「アバターじゃなく、本人が乗ってるのかよ……!」
(私だけ……?)
胸の奥が凍りついた気がした。
そのときだった。
前方を走っていた機体の一機が、虫型ドローンのビームをまともに受けた。
「きゃっ!」
衝撃と共に機体はバラバラに砕け、一瞬のうちに消滅ラインに飲み込まれて跡形もなく消える。
その様子を目撃した私は、背筋が凍る。
(今の……ほんとに消えた!?)
さらにもう一機、ビームに当たり大破。断末魔のような通信が鳴り響いた直後、コースごと呑まれて消滅。
『消滅ラインに飲まれた参加者のデータ、確認できません!』
運営の悲鳴のような声が響き渡る。
命の危険がないと信じていたはずのレースが、明らかにおかしくなっている。
「スタート時のデータバックアップはどうなってる!」
「ロックされています! 現在アクセス不能!」
「くそっ、消滅ラインに飲まれたら復元できない状態です!」
運営もほぼパニック寸前。
私はそんなことを知る由もないが、ディスプレイに表示された後方消滅ラインの赤い帯が、今まさに私の機体を追い詰めようとしていることだけは理解していた。
(ゴールさえすれば……バックアップは取れる。MCがそう言ってた!)
震える指でスロットルを握りしめる。
頭の中で、湊の声が蘇る。
「姉ちゃんなら、できるよ。画面とは全然違うから、最初は怖いと思うけどさ。でも、ちゃんと感じて、乗り越えれば絶対できるって!」
私は迷いを振り払い、ぐっとスロットルを押し込んだ。
機体のメーターが限界の秒速3メートルを振り切る。
(絶対に生きて帰る!)
後方からは消滅ライン。前方にはビームを放つ虫型ドローン。
この異常事態の中で、私は命を賭けたレースに挑みはじめた。