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元悪役令嬢ですが、夫が二人になりました。どちらも私に執着しています  作者: すなな


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09_六月二十一日

六月二十一日。


一度目の人生で、セレナが処刑された日だった。

その日を夜会で迎えることになるとは、思ってもみなかった。

王宮の大広間にはいくつもの灯りがともり、楽団の音色が流れている。

今夜は、小麦の問題が早く収まったことを受けて開かれた王家主催の夜会だった。

街の小麦の値段も落ち着き始めている。

パン屋にも小麦が戻った。

六月二十一日。

あの日と同じなのは、日付だけだった。


「セレナ」


呼ばれて振り向く。

アルベルトが立っていた。

薄い金髪に、緑の瞳。

正装の耳元には、青い一粒のピアスが光っている。


「どうしたの?」

「何がです?」

「さっきから、ぼーっとしてる」

「少し考え事をしていただけですわ」

「疲れた?」

「いいえ」


アルベルトはセレナの顔をじっと見る。


「帰りたくなったら言って」

「まだ始まったばかりですわよ」

「関係ないよ。セレナが帰りたいなら僕も帰る」


当然のように言われて、思わず笑った。


「では、そのときはお願いしますわ」

「うん」


その顔を見ていると、日付ばかりを気にしていた自分が少しおかしく思えてくる。


あの日。

処刑台へ向かう朝は、ひどく静かだった。


今日は音楽が聞こえる。

人々が笑っている。

そして、隣にはアルベルトがいる。


「踊る?」


差し出された手に、自分の手を重ねた。

アルベルトの指が自然に絡む。


「アル。ダンスですわよ」

「知ってる」

「でしたら、普通に手を取ってくださいませ」

「だめなの?」


緑の瞳が甘えるようにセレナを見る。

本当に。

その顔をすれば許されると思っている。

セレナは呆れながら、その手に引かれて広間の中央へ出た。



◇



一曲を終える頃には、気持ちも少し軽くなっていた。

その後、何人かに小麦の件について声をかけられた。

感謝を告げられるたび、少し困る。

実際に動いたのはアルベルトとレオンだ。


「だから、それが大事だったんじゃない?」


横から声がした。

振り向く。

レオンだった。

黒を基調とした正装。

いつもの黒い手袋。

それを見た瞬間。

指先が唇に触れた感覚が蘇った。

レオンの視線が、セレナの口元へ落ちる。

反射的に唇を手で隠した。

レオンの口元が緩む。


「……笑わないでくださいませ」

「笑ってないよ」

「笑っていますわ」


返事はなかった。

ただ、さらに楽しそうな顔をされた。

やはり、この男に相談したのは間違いだった。


「一曲どう?」


レオンが手を差し出す。

黒い手袋。

またそこへ目がいった。


ダンスだ。

ただのダンス。


「……一曲だけですわよ」

「夫婦って同じこと言うんだね」

「何かおっしゃいました?」

「何も」


その手に、自分の手を重ねた。



◇




曲が変わる。

レオンの手が腰へ添えられた。

一瞬、身体が強張った。


「……緊張してる?」

「していませんわ」

「そっか」


意外にも、それ以上はからかわなかった。

音楽に合わせ、レオンが一歩踏み出す。

セレナも続く。

踊り慣れているのだろうとは思っていた。


けれど、思っていた以上に踊りやすい。

レオンはセレナよりずっと背が高い。

歩幅も違う。

それなのに、不思議なくらい足が合った。

次にどちらへ動くのか。

考えるより先に、身体がついていく。


初めて踊る相手なのに。

一度も、足が迷わない。


「……」

「どうしたの?」

「いいえ」


レオンは少しだけ笑った。

まるで、それが当然だというように。

曲に合わせて身体が離れる。

手を取られ、回る。

銀色の髪がふわりと広がった。

引き戻されたところで、レオンの手が腰を受け止める。


近い。


温室で名前を呼ばれたときの声が蘇った。

胸が跳ねる。


「セレナ嬢?」

「……何でもありませんわ」


レオンは何も知らないような顔をしている。

それが少し、悔しかった。

視線を逸らす。


その先で。

緑の瞳と目が合った。

アルベルト。

少し離れたところで、こちらを見ていた。

なぜか、セレナの背筋が伸びる。

けれどアルベルトは何も言わない。

いつものように、柔らかく笑った。

セレナも小さく笑い返す。


「……仲いいね」


レオンの声がした。


「夫婦ですもの」

「そっか」


音楽が終わる。

腰に添えられていた手が離れた。


「ありがとうございました」

「こちらこそ」


重なっていた手も離れる。

セレナは、ほんの少しだけ。

その黒い手袋を目で追った。



◇



しばらくして。

三人は広間の端で顔を合わせていた。

アルベルトがセレナの皿へ、小さな菓子を一つ乗せる。


「これ好きでしょ」

「ありがとうございます」


向かいでレオンが笑った。


「甘やかすねえ」

「何か問題ある?」

「ないよ」


レオンは近くを通った給仕から杯を取る。


「平和だなと思って」


セレナは二人を見た。

少し前なら、こんなふうに三人で夜会に立つことなど想像もしなかった。

けれど。

悪くない。


六月二十一日。

自分が死ぬはずだった日。


今、自分は笑っている。

ようやく、この日を嫌いではなくなれる気がした。

レオンが杯を傾ける。


一口。


「それで――」


声が途切れた。

セレナは顔を上げる。


「レオン様?」


返事がない。

青灰色の瞳が、わずかに揺れた。

手から杯が滑る。


ガシャン。


床に落ちた杯が砕けた。

レオンの身体が傾く。

セレナが手を伸ばす。

同時に、アルベルトが動いた。


「レオン!」


けれど。

二人の目の前で。


レオンは床へ崩れ落ちた。


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