06_繋がる
夕方。
研究室の扉が開いた。
「セレナ」
顔を上げると、アルベルトが分厚い台帳を抱えて立っていた。
「お帰りなさい」
「うん」
机まで来ると、台帳を置く。
そのまま隣へ座るのかと思った。
けれどアルベルトはセレナの後ろへ回り、その肩に額を預けた。
「疲れた」
「お疲れさまでした」
セレナは金色の髪を撫でる。
一度。
もう一度。
柔らかな髪が指の間を抜けるたび、アルベルトの目元から力が抜けていった。
「倉庫はどうでした?」
「見つけた」
肩に顎を乗せたまま、アルベルトが台帳を開く。
小麦の値上がりが始まる少し前から、いくつかの商会が借りる倉庫を増やしていた。
所有者も借主も違う。
けれど頁を追っていくと、同じ管理会社の名前が何度か現れる。
「アル、ここ」
「うん。僕も気になった」
セレナが指した文字へ、アルベルトの指が重なった。
そのとき、扉が叩かれた。
「どうぞ」
入ってきたレオンが足を止める。
セレナの肩には、まだアルベルトの顎が乗っていた。
レオンが二人を見て、笑う。
「俺、出直した方がいい?」
「なぜですの?」
「……いや」
セレナが本気で首を傾げると、レオンは肩をすくめた。
「邪魔じゃないならいいよ」
手にしていた書類を机へ置く。
「何か出た?」
「倉庫」
アルベルトがようやく離れた。
「そっちは?」
「金」
三人で机を囲む。
レオンが追ってきたのは、商会へ流れた金だった。
いくつもの会社を挟み、名義を変え、別々の場所から送られている。
セレナはアルベルトの台帳を、その横へ置いた。
倉庫。
管理会社。
商会。
送金元。
二人が別々の場所から持ち帰った名前を拾い、並べていく。
「こちら」
セレナの指が止まった。
「この会社、レオン様の資料にもあります」
レオンが一枚抜き取る。
「ああ。じゃあ、こっちもだ」
アルベルトが台帳をめくった。
「ある」
一枚重なる。
また一枚。
三人の手が同じ机の上を行き交う。
次第に、言葉は必要なくなった。
紙をめくる音だけが続く。
やがて。
レオンの黒い手袋をした指が、一つの名前の上で止まった。
「……ヴォルターか」
セレナは顔を上げた。
「どなたですの?」
「ヴォルター侯爵。ヴァルディアの貴族だよ」
レオンはその名前を見ている。
「昔、交易を教わったことがある」
「この方が?」
「まだ決めつけるには早いけどね」
レオンは資料を揃えた。
「でも、金はここへ繋がってる」
アルベルトが立ち上がった。
「母上に報告してくる」
必要な資料を抜き取り、扉へ向かう。
二、三歩進んで。
止まった。
また戻ってくる。
「どうしました?」
アルベルトは答えなかった。
ただ、セレナの前に立って見つめてくる。
柔らかな金髪の下で、緑の瞳が甘えるように細められていた。
「……もう」
そんな顔をされると弱い。
セレナはつい手を伸ばし、金色の髪を撫でた。
アルベルトの口元が嬉しそうに緩む。
「行ってくる」
「ええ。いってらっしゃい」
離れる直前。
アルベルトの緑の瞳が、ほんの一瞬だけレオンへ向いた。
レオンは笑っていた。
アルベルトはそのまま研究室を出ていった。
扉が閉まる。
レオンはしばらく、そちらを見ていた。
「レオン様?」
「ん?」
「どうかなさいました?」
「いや」
レオンはセレナへ目を戻した。
「いいなと思って」
「何がです?」
「ああいうの」
セレナも閉じた扉を見る。
「アルは昔から甘えたがりですから」
「そっか」
レオンは笑った。
それ以上は何も言わず、机の上の資料を一枚取る。
「では、残りを見てしまいましょうか」
「……そうだね」
レオンが隣の椅子を引いた。
さっきまで三人で囲んでいた机に、二人だけが残った。




