↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元悪役令嬢ですが、夫が二人になりました。どちらも私に執着しています  作者: すなな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/40

05_三人

翌日。

セレナは王宮にある王妃の研究室を訪れていた。

壁一面の棚には薬瓶や乾燥させた薬草が並び、窓辺にはいくつもの鉢植えが置かれている。

薬学を研究する王妃が、長年使っている部屋だ。

今日は中央にある大きな机を借りていた。


「必要な資料があれば、文官に伝えなさい。私から許可は出してあります」

「ありがとうございます、お義母様」

「終わったら、私にも聞かせてちょうだい」

「ええ」


王妃が研究室を出ていく。

扉が閉まると、セレナは机へ目を向けた。

すでに何冊もの資料が積まれている。

アルベルトが王妃に頼み、取り寄せてもらったものだった。

今のアルベルトは王太子ではない。

国政にも携わっていないため、王宮の資料を自由に閲覧できる立場ではなかった。

それでも昨日の話を聞いてから、王妃に事情を説明し、朝から資料を集めていた。


「何か分かりました?」

「少し」


アルベルトが一冊を開く。


「東部で雨が続いてる」

「雨?」

「うん。まだ大きな被害は出てないけど、このまま続けば収穫に影響が出るかもしれないって」


差し出された報告書に目を通す。

ここ数週間の降雨量。

畑の状態。

各領地から上がってきた収穫見込み。

どれもセレナにとっては初めて知るものだった。


「ほかの地域は?」

「今のところ、急に収穫量が落ちたって報告はないよ」


一度目の人生でも、小麦の値段は上がった。

それは覚えている。

けれど、なぜ上がったのかは知らない。

あの頃にはもう、国の仕事から外されていた。

それまで自分が見ていた資料も、報告も、すべて手の届かないところへ行った。

それでも街へ出れば分かった。

小麦が高くなる。

パンが高くなる。

昨日まで買えたものを、買えなくなる人が増えていく。

そして、とうとう。


――明日、この国からパンが消えますわ。


そう告げるところまで事態は悪化した。

けれど、その裏で何が起きていたのか。

セレナは知らない。


「セレナ?」


顔を上げる。

アルベルトがこちらを見ていた。


「どうしました?」

「ずっと同じところ見てる」


言われて手元へ視線を落とす。

確かに、一枚目から進んでいなかった。


「少し考えていただけですわ」

「疲れた?」


そう言いながら、アルベルトはセレナのそばにカップを置いた。

いつの間に淹れたのだろう。


「……ありがとうございます」

「うん」


満足したらしい。

自分の椅子へ戻り、また資料をめくり始める。

セレナも茶を一口飲んで、机へ目を戻した。

今のところ、国内で小麦が急に不足するほどの被害は確認できない。

東部の雨も、まだ今後への懸念だ。


では。

先日の値上がりは、何なのだろう。


そのとき、研究室の扉が叩かれた。


「どうぞ」


扉が開き、レオンが顔を覗かせる。


「失礼。ここで合ってる?」

「ええ。どうぞ」

「よかった。王宮って無駄に広いよね」

「ヴァルディアの皇宮も似たようなものではありませんの?」

「だから嫌なんだよ」


片手には厚い書類の束。

もう片方には紙袋を持っている。

黒い手袋をした手で扉を閉め、そのまま机へ近づいてきた。


「セレナ嬢、これ置いていい?」

「どうぞ」


先に置かれたのは、書類ではなく紙袋だった。


「なんですの?」

「昼」


アルベルトが紙袋を見る。


「自分の分だけ買えばよかったのに」

「ついでだよ。二人もまだだと思って」

「頼んでないけど」

「アル」


セレナが名前を呼ぶ。

アルベルトは黙った。

レオンは気にした様子もなく紙袋を開く。


「三人分あるから、食べようよ」


中には、パンに肉と野菜を挟んだものが入っていた。

レオンが一つ取ってセレナに渡す。


「ありがとうございます」


アルベルトも黙って紙袋へ手を伸ばした。

セレナは二人を見て、小さく息を吐く。

昨日の食事でも思ったけれど、どうにもこの二人は互いに一言多い。



◇



簡単な昼食を終える頃には、机の上が再び資料で埋まっていた。


「それで」


アルベルトがレオンを見る。


「何か分かった?」

「いろいろ」


レオンが書類を広げる。


「まず、値段を上げてるのは一社じゃない」


いくつかの商会名が並んでいた。

どれもエルグランへ小麦を卸している商会だという。

レオンは黒い手袋をした指で、一つ目を示した。


「ここは輸送費」


次。


「こっちは仕入れ値」


さらにもう一つ。


「ここは今後の収穫量が読めないから、先に価格を上げたって」

「理由はそれぞれ違いますのね」

「そうなんだよ」


レオンは次の書類を出した。


「だから、仕入れの方も見てみた」


先月と今月。

商会ごとの数字が並んでいる。

アルベルトが先に気づいた。


「仕入れは減ってない」

「うん」


セレナも数字を追う。


「増えているところもありますわね」

「そう」


レオンの指が、その隣へ移った。


「でも、こっちは減ってる」


市場へ卸した量だった。

小麦を仕入れる量は変わっていない。

むしろ増えている商会まである。

それなのに、市場へ出ていく量は減っていた。


「残りは?」


アルベルトが尋ねる。


「倉庫」


レオンがまた別の紙を出す。


「確認できたところだけだけど、在庫が増えてる」


セレナは顔を上げた。


「では、小麦がないわけではありませんの?」

「少なくとも、今はある」


セレナは机の上を見る。

アルベルトが持ってきた報告書の上に、レオンの商会資料が半分重なっていた。

雨の記録と、小麦の仕入れ量。

本来なら別々の場所にあるはずの数字だった。


「……待ってくださいませ」


二人がこちらを見る。

セレナは資料を自分の前へ引き寄せた。

東部では雨が続いている。

このままなら、収穫に影響が出るかもしれない。

けれど。

レオンが持ってきた数字を、もう一度指で追う。


「今は、まだあるのでしょう?」

「あるよ」

「倉庫にも?」

「ある」


なら。

セレナの指が、市場へ卸された量の上で止まった。


「今ある小麦は、どうして市場に出てこないんですの?」


一瞬、静かになった。

アルベルトがレオンの資料を取る。

仕入れ量。

販売量。

在庫。

順番に目を通していく。


「……誰かが出してない?」

「そう考える方が自然だね」


レオンの声から、先ほどまでの軽さが消えた。


「値段が上がるのを待ってる?」

「たぶん」


レオンは商会名の一覧へ目を落とした。


「一社なら、欲をかいただけで済むんだけどね」


黒い手袋の指が、二つ、三つと名前を辿る。


「多いな」


アルベルトが呟いた。


「うん」


二人がほとんど同時に立ち上がった。


「僕は倉庫を調べる」

「所有者と管理者も見られる?」

「母上の許可があれば」

「借りてるところもお願い」

「分かった」


レオンも持ってきた書類をまとめ始める。


「俺は商会に戻る」

「またですの?」

「今度は金を見る」


必要な書類だけを抜き取る。


「商会の名前なんて、いくらでも分けられるからね」


セレナは二人を交互に見た。

つい先ほどまで三人で同じ机を囲んでいたのに、もう次に調べることが決まっている。

アルベルトは国内の倉庫へ。

レオンは商会の金へ。


「セレナ嬢」


扉へ向かいかけたレオンが振り返った。


「はい?」

「何か見つけたら、また教えて」

「ええ、もちろんですわ」

「頼りにしてる」

「早く行けば?」


アルベルトが横から言った。


「はいはい」


レオンが扉を開ける。

アルベルトも資料を抱え、そのあとに続いた。

廊下へ出たところで、二人は別々の方向へ歩いていく。

セレナはそれを見送った。

扉を閉める。

急に静かになった研究室には、二人が残していった資料が広がっている。

セレナは椅子へ戻った。

一度目の人生では、小麦の値段が上がっていく理由を知ることすらできなかった。

アルベルトの報告書を開く。

その隣へ、レオンの資料を置いた。

雨の記録。

仕入れ量。

在庫。

まだ、何か見落としている気がする。

セレナは冷めかけた茶を一口飲み、最初の頁へ戻った。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。