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元悪役令嬢ですが、夫が二人になりました。どちらも私に執着しています  作者: すなな


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04_小麦

「どれくらい?」


レオンが尋ねた。


「昨日から、菓子の値段を上げたそうですわ」


店主から聞いた話を伝える。

小麦粉の仕入れ値が、また上がった。

そのため、これまでの値段では菓子を売れなくなったのだという。

昨日買った焼き菓子も、以前より高くなっていた。

セレナはそれを知っている。

幼い頃から、何度も通った店だから。


そして。


値札を見た瞬間から、胸の奥に引っかかっていることがあった。

前の人生でも小麦の値段は上がっていた。

セレナは当時、王太子の婚約者として国政に関わる多くの仕事を任されていた。

数字を見ることには慣れていた。

一つの値上がりだけを見るのではなく、その先に何が起きるのかを考えることも。

だから気づいた。

このままでは、小麦が足りなくなる。

パンが焼けなくなる。

どうにかしなければならないと思った。

けれど、その頃にはもう、アルベルトとの婚約を破棄されていた。

リリアへの殺害未遂の罪を着せられ、極刑を待つ身でもあった。

国の仕事から手を引けと言われた。

もう自分には関係のないことだと。

それでも、放っておけなかった。


――明日、この国からパンが消えますわ。


最後に残したのは、その言葉だった。

その先を、セレナは知らない。


今も誰にも話してはいない。

自分が一度死に、六歳へ戻ったことも。

一度目の人生で何が起きたのかも。

だから今、言えるのは昨日見たことだけだ。


「一つの店だけならよいのですけれど」


セレナはそう続けた。


「小麦の値上がりは、よくあることですの?」

「あるよ」


レオンはカップを置いた。


「天候でも変わるし、収穫量でも変わる。輸送費でもね」

「では、今回も?」

「それが分からないんだよね」


レオンの指が、カップから離れた。


「俺もちょっと気になってた」

「レオン様も?」

「エルグランに小麦を卸してる商会が、ここ数日で値段を上げてる」


胸の奥がざわつく。


「一つですの?」

「いくつか」


やはり。

そう思った。

けれど、口には出さない。


「理由は?」


今度はアルベルトが尋ねた。

レオンがそちらを見る。


「商会によって違う。輸送費が上がったとか、仕入れが安定しないとか」

「同じ時期に?」

「だいたいね」


アルベルトが黙る。

レオンも、それ以上は軽口を挟まなかった。

セレナは二人の顔を見る。

一度目とは違う。

自分が知っていることを話さなくても、二人とも異変に気づいている。


「少し調べてみるよ」


レオンが言った。


「レオン様が?」

「商会のことならオレの方が早いでしょう?」


確かにそうだった。

レオンは隣国の皇太子であると同時に、レオン・ヴァレンとして大きな商会を率いてきた。

小麦がどこから入り、どの商会を通ってエルグランへ届くのか。

その流れを見るなら、彼以上の適任者はいない。


「では、お願いしてもよろしいですか?」

「もちろん」


レオンの目が、一瞬だけセレナに止まった。

すぐに笑う。


「任せて」

「僕たちにできることは?」


アルベルトが尋ねる。


「今は大丈夫。まず俺の方で見てみるよ」

「分かった」

「必要になったら頼む」


アルベルトは頷いた。

セレナも、それ以上は言わなかった。


以前なら。

きっと、ここから自分で調べ始めていた。

どの店で値段が上がったのか。

どこの商会から仕入れているのか。

昨日はいくらだったのか。

王都だけなのか。

地方ではどうなのか。

一つ知れば、その次。

またその次。

自分で確かめなければ気が済まなかった。

自分は王太子の婚約者ではない。

国政を担っているわけでもない。


何より。

信頼して任せられる人たちがいる。

レオンはテーブルに残っていた焼き菓子を一つ取った。

昨日までより高くなった菓子。


一口かじる。

隣ではアルベルトも、同じ菓子を食べていた。


昨日は。

ただ、レオンへの手土産を選びに行っただけだった。

セレナも好きな店で。

アルベルトとも何度も通った店で。

いつものように菓子を選んだ。

けれど、その値札はもう変わっていた。

セレナは、アルベルトと繋いだままの手に目を落とした。

まだ、パンはある。

明日もきっと、店には並ぶ。

けれど一度目の人生で。

セレナは、その先を知っていた。


――明日、この国からパンが消えますわ。


二度と口にしたくない言葉だった。




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