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元悪役令嬢ですが、夫が二人になりました。どちらも私に執着しています  作者: すなな


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43_真似る

翌日。


セレナは机いっぱいに広げた書類を見比べていた。

南部から届いた薬草の出荷記録と、ヴァルディアから持ち込まれた原料の一覧。

数字を追っていた指が、途中で止まる。


「こちらだけ、量が合いませんわね」


隣から覗き込んだレオンも、その行を見る。


「ほんとだ。二箱多い」

「記載漏れでしょうか」

「かもね。送り元に確認した方がいい」

「では、こちらに印を――」


セレナがペンを取るより先に、レオンが紙を引き寄せた。

端に小さく印をつける。


「これでいい?」

「ええ。ありがとうございます」


セレナはすぐに次の紙へ手を伸ばした。


昨日と変わらない。

隣に座っていても、肩が触れていても、特に気にする様子はない。

レオンはその横顔を見る。

銀の髪が頬へ落ちていた。

指先ですくって耳の後ろへ流すと、セレナがこちらを見る。


「なんですの?」

「邪魔そうだったから」

「そうですか」


それだけ言って、また書類へ戻った。

レオンも手を戻す。

しばらく二人で黙って数字を追った。


「セレナ嬢」

「はい」

「こっち」


差し出した紙を、セレナが覗き込む。


「これは……先月の分ですわね」

「うん。ここと比べると分かりやすい」

「ああ、本当ですわ」


顔が近い。

そのまま見ていると、セレナが視線に気づいた。


「レオン様?」

「何?」

「わたくしではなく、書類をご覧になってくださいませ」

「見てるよ」

「見ておりません」

「半分くらいは」

「全部ご覧ください」


レオンは笑った。

そのとき、普段のアルベルトを思い出した。


欲しいものがあれば、欲しいと言う。

抱きつきたければ抱きついて、撫でてほしければ撫でてほしいと口にする。

セレナも、それを特別なことのようには扱わない。

当たり前のように応じていた。

ずいぶん素直に甘える男だと思っていたけれど。


もしかすると。

あれは、案外いい方法なのかもしれない。


「セレナ嬢」

「今度はなんですの?」

「キスして」


セレナの手が止まった。

ゆっくり顔を上げる。


「……わたくしが?」

「うん」

「どうしてですの?」

「してほしいから」


アルベルトなら、たぶんそれだけで済ませる。

レオンも、それ以上理由をつけなかった。


触れずに待つ。

セレナはしばらくこちらを見ていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……別にいいですけれど」


椅子が少し近づく。

銀の髪が肩から滑った。

セレナが顔を寄せる。

唇が軽く触れた。

ほんの一瞬。

すぐに離れる。


「これでよろしいですか?」


レオンは瞬きをした。

自分からするのとは、少し違う。

思っていたより、ずっと嬉しかった。


「うん」

「では、続きをいたしますわよ」

「ありがとう」


セレナが僅かに目を瞬く。

それから何事もなかったように書類へ戻った。

レオンも追わなかった。

もう一度とは言わない。

ただ、唇に残った感触を少しだけ意識しながら、紙へ視線を落とす。

頼めば、してくれるらしい。


嫌なら断る。

嫌でなければ、応じる。

思っていたより単純なのかもしれない。


「レオン様」

「ん?」

「また手が止まっていますわ」

「今度は見てるよ」

「では、こちらを」

「はいはい」


差し出された紙を受け取る。

しばらくは真面目に作業を続けた。


けれど。

さっきのことを考えているうちに、もう一つ試してみたくなる。


レオンは椅子ごと少しだけセレナへ寄った。

そのまま、肩へ身体を預ける。

セレナの手が止まる。


「……重いですわ」

「少しだけ」

「ご自分で座ってくださいませ」

「もう少し」


言ってから、内心で少し笑う。


アルベルトと同じだ。

欲しいものをそのまま口にして。

あとはセレナに決めてもらう。

セレナがこちらを見る。

呆れたような顔をしていた。


「……少しだけですわよ」

「うん」


押し退けられなかった。

レオンはそのまま肩へ寄りかかる。

近いところから、淡い花の香りがした。


「次、これ?」

「ええ。北部の記録ですわ」

「数字が一つ抜けてる」

「どこですの?」

「ここ」


指を差す。

セレナが身を寄せた。

肩が触れたまま、二人で同じ紙を見る。

何か特別なことをしているようには見えない。

セレナも普通に数字を追っている。

そのことが妙に心地よかった。


甘えるというのは、もっと気恥ずかしいものだと思っていた。

少なくとも、自分にはあまり似合わない。

そう思っていたのに。


「レオン様」

「なに?」

「こちらもお願いします」

「うん」

「それから、少し重くなってきましたわ」

「もう少し」


セレナが小さく息を吐く。


「さっきもそう仰いましたわ」

「だめ?」


思わず口から出た。


言った瞬間、レオン自身が少し笑ってしまう。

これでは、本当にアルベルトの真似だ。

セレナも気づいたのか、一度だけ目を瞬いた。


「……仕方ありませんわね」


結局、退かされない。


「ありがとう」


レオンは少しだけ体重を預け直した。

セレナはもう何も言わず、書類へ目を戻している。

しばらくそのまま作業を続けた。


頼めばキスをしてくれる。

少しくらいなら、寄りかかっていてもいい。

甘えれば、案外そのまま受け入れてくれる。

昨日までなら、それを知れば次を考えていたかもしれない。

もう少し近づけばどうなる。

次は何なら許される。


けれど今は肩越しに銀髪が触れているだけで、思ったより満足していた。


アルベルトがあれほど嬉しそうに甘える理由が、少しだけ分かった気がした。




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