41_甘い
夕食は、三人で取ることになった。
王宮の奥にある、小さな食事室だった。
丸い卓の上には、温かなスープと肉料理、それから焼きたてのパンが並んでいる。
「このソース、美味しいですわね」
セレナが肉を小さく切りながら言う。
「少し酸っぱいやつ?」
「ええ。果実でしょうか」
レオンも一口食べる。
「赤鈴果だね。それと、リュネ草」
セレナが目を瞬いた。
「分かりますの?」
「匂いでなんとなく」
「さすがですわね」
向かいでは、アルベルトがパンをちぎっていた。
「レオンって、食べ物の話になると急に詳しくなるよね」
「お前が興味なさすぎるんだよ」
「食べられればいいし」
「それでは勿体ないですわ」
セレナが呆れたように言う。
「セレナは食べるの好きだもんね」
「美味しいものは好きですわ」
「何が一番好き?」
レオンが聞くと、セレナは少し考えた。
「一番、ですの?」
「うん」
「決められませんわ」
「じゃあ三つ」
「数の問題ではありません」
「果物は好きでしょう」
アルベルトが口を挟む。
「ええ」
「苺とか」
「好きですけれど、それはアルもでしょう?」
「……うん」
「この間も、わたくしの分を半分召し上がったではありませんか」
「あれはセレナがくれたから」
「欲しそうなお顔をなさっていたでしょう」
「だからくれたんでしょう?」
「……そうですけれど」
レオンはパンを口へ運びながら二人を見る。
「お前、結構もらってるよね」
「何を?」
「セレナ嬢の食べ物」
「夫婦だから」
「関係ある?」
「あるよ」
「ありませんわ」
セレナに即座に否定され、アルベルトが不満そうに黙った。
レオンは笑った。
食事が進み、最後にデザートが運ばれてくる。
白いクリームをたっぷり使ったケーキだった。
それを見た瞬間。
アルベルトの顔が、ほんの僅かに引きつった。
一瞬だった。
隣にいるセレナは気づいていない。
けれど、向かいに座っていたレオンには見えた。
「まあ。美味しそうですわ」
セレナの顔が明るくなる。
アルベルトもすぐに笑った。
「うん」
何事もなかったような顔だ。
レオンは黙ってアルベルトを見る。
セレナが自分の分を皿へ取り分け、それからもう一つ取った。
「アル、こういうものお好きでしょう?」
「うん。好き」
迷いがない。
レオンは僅かに眉を上げた。
さっき。
明らかに嫌そうな顔をしたように見えたのだけれど。
「では、こちらをどうぞ」
セレナがクリームの多いところをフォークですくう。
そのままアルベルトの口元へ運んだ。
「はい」
アルベルトが素直に口を開ける。
クリームたっぷりのケーキを食べて。
幸せそうに笑った。
「美味しい」
レオンは吹き出した。
「……っ」
セレナが驚いてこちらを見る。
「レオン様?」
「ごめん」
アルベルトが睨んできた。
「何?」
「いや……何でもない」
「絶対何かあるでしょう」
「ないよ」
ある。
甘いものが好きなんじゃない。
セレナに食べさせてもらうのが好きなんだ。
あれだけ嫌そうな顔をしていたケーキを、今は本当に幸せそうに食べている。
分かりやすすぎる。
「レオン様?」
「ほんとに何でもないよ」
セレナは不思議そうにしながらも、それ以上は追及しなかった。
「もう一口いります?」
「いる」
アルベルトは即答した。
セレナがもう一口すくう。
今度はクリームだけでなく、間に挟まれていた果実も一緒だった。
アルベルトはそれも素直に食べた。
やっぱり嬉しそうだった。
「そんなにお気に召しました?」
「うん」
「では、また明日も用意していただきましょうか」
アルベルトの笑顔が、一瞬だけ止まった。
「……嬉しいな」
レオンはグラスへ口をつける。
今度は吹き出さずに済んだ。
「レオン様、先ほどからどうなさいましたの?」
「何も」
「ずっと笑っていらっしゃるでしょう」
「楽しいだけだよ」
「何がですの?」
「夕食」
セレナは首を傾げた。
アルベルトだけが嫌そうにレオンを見る。
「何?」
「別に」
「絶対僕のこと馬鹿にしてるでしょう」
「してないよ」
「その顔で?」
「どんな顔?」
「そういう顔」
レオンはまた笑った。
「アル、レオン様に何かしましたの?」
「僕が聞きたいよ」
「何もされてないよ」
「では、どうして笑っていらっしゃるんですの?」
「だから、楽しいから」
「変な方ですわね」
「セレナ嬢に言われたくないなあ」
「なぜですの?」
「別に」
「またそれですの?」
三人でそんなことを話しているうちに、皿の上のケーキも少しずつ減っていった。
アルベルトは自分からはほとんどフォークを動かさない。
けれど、セレナが差し出せば食べる。
そのたびに嬉しそうにする。
レオンは途中から、何も言わずにそれを眺めていた。
甘いものが嫌いなのを隠していることより。
セレナが、それにまったく気づいていないことの方が少し面白い。
幼い頃から一緒にいるのに。
それでもアルベルトが上手く隠しているというより、セレナが疑っていないのだろう。
好きだと言われれば、そうなのだと思っている。
そしてアルベルトも。
セレナにそう思われていることを、どうやら気に入っている。
「……ほんと、変なの」
「何が?」
アルベルトが聞く。
「何でもない」
「また?」
そのとき、扉が開いた。
侍女がセレナのそばへ寄り、耳元で何かを告げる。
「今ですの?」
「はい。すぐにお返事をいただきたいとのことで」
セレナは小さく息を吐いた。
「分かりましたわ」
ナプキンを置いて立ち上がる。
「少し席を外します」
「何かあった?」
アルベルトがすぐに聞いた。
「領地から届いた書類について確認ですわ。すぐ戻ります」
「ここで待ってる」
「ええ」
セレナは侍女とともに部屋を出ていった。
扉が閉まった。




