31_リリア
レオンにとって、セレナは昔の妻だ。
一緒に暮らして。
同じ寝台で眠って。
子どもまでいた。
知っている。
もう、知ってしまった。
だからこそ、たった一言が腹立たしいほど重かった。
「だから事件を止めなかった?」
「そこまで言ってないよ」
「同じだろ」
「違う」
レオンは笑みを消さなかった。
「前より被害は抑えた。対応も早くした。ヴォルターも早く捕まえた」
「でも、起きることは知ってた」
「そうだね」
また、否定しない。
この男はいつもそうだ。
自分がしたことを必要以上に善いことにもしない。
かといって、悪かったと悔やむわけでもない。
目的があった。
だから、そのために動いた。
被害が出るなら、減らせるところまで減らす。
それでも残るものは受け入れる。
アルベルトには、その考え方が理解できなかった。
いや。
理解したくなかった。
「最低だね」
思ったまま口にすると、レオンは一瞬きょとんとした。
それから笑った。
「君が言う?」
「何」
「一回目はセレナ嬢を処刑して」
胸の奥を。
正確に刺された。
「二回目は幽閉しようとした男が?」
「……」
何も言えない。
どちらも事実だった。
今さら、言い訳できることではない。
レオンはそんなアルベルトを見ていたが、ふと何かを思い出したように目を細めた。
「あ」
嫌な予感がした。
「浮気もしてたんだっけ?」
「してない」
ほとんど反射だった。
「リリア・エヴァンス」
「してないって言ってるだろ」
「肉体関係あったんでしょ」
「……」
「じゃあ浮気だろ」
「そのときはもう、セレナとの婚約は破棄してた」
「へえ」
レオンが笑う。
「そこはちゃんと順番守ったんだ」
「……何、その言い方」
「セレナ嬢を捨ててから寝たから、浮気じゃない、と」
「君、本当に性格悪いね」
「事実でしょ?」
「浮気ではない」
そこだけは、なぜか絶対に譲らない。
レオンはしばらくアルベルトを見ていたが、さらに楽しそうに口元を上げた。
「でも、あの子の首に痕は残してたよね」
アルベルトの眉が寄る。
「……何」
「君って、そういうの好きなんだね」
「どういうの」
「痕を残すの」
一瞬。
アルベルトは黙った。
レオンの笑みが深くなる。
「首」
わざと、少し間を置く。
「今度は、自分が噛まれてたけど」
「……レオン」
「性癖、逆になった?」
「君、本当に嫌い」
「知ってる」
レオンが小さく笑った。
アルベルトは目を逸らし、手元の資料へ視線を戻す。
相手にするだけ無駄だ。
分かっている。
分かっているのに、腹が立つ。
紙を一枚めくった。
けれど、文字が頭に入ってこなかった。
リリア。
久しぶりに聞いた名前が、妙に引っかかっていた。
一回目。
自分は彼女の言葉を信じた。
セレナが嫌がらせをしたと。
傷つけたと。
そして。
アルベルトの指が止まった。
「……毒」
レオンの笑みが薄くなる。
「何?」
アルベルトは答えず、机の上に散らばった資料へ視線を落とした。
毒の分析結果。
使われた可能性のある原料。
そして、自分の名前が残された購入記録。
それを見ているうちに、ずっと遠くにあった記憶が急に近くなった。
前の人生でも、毒が使われた。
リリアが倒れた。
そして、その疑いはセレナへ向いた。
「リリアも、毒を飲んだ」
レオンから笑みが消えた。
「……そうだね」
今回も毒が使われた。
そして、自分の名前が出てきた。
前の人生では、セレナ。
今回は、自分。
もちろん、偶然かもしれない。
使われた毒が同じものだという証拠もない。
そもそも一回目の毒について、自分はほとんど何も知らなかった。
調べようともしなかったからだ。
リリアの言葉を信じて。
セレナを疑って。
彼女が何を言っても、聞こうとしなかった。
毒がどこから来たのか。
誰が用意したのか。
本当にセレナが手に入れたものなのか。
そんなことさえ、まともに確かめなかった。
今なら、目の前に自分の名前が書かれているだけで、これほどいくつもの可能性を考えるのに。
あのときは。
セレナの名前が出ただけで疑った。
アルベルトはしばらく黙っていた。
やがて、手元の分析結果へ視線を落としたまま、小さく呟く。
「……リリアに使われた毒も、調べられたらよかったのに」
(関連話)
幽閉しようとするアルベルトはこちら↓
「処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません」19話:処刑まであと3日
https://ncode.syosetu.com/n9800mo/19/
(おまけ 設定メモ)
レオンは、人たらしです。
ただし天性のものではなく、彼の努力の賜物です。
皇太子として国を治め、商会長として経済を回すため、人を惹きつける術を身につけてきました。
相手が何を求めているのか。
何を言えば喜ぶのか。
何を言えば傷つくのか。
よく分かっています。
また、肉体関係も人を動かすための手段の一つと考えているため、過去の経験人数は本人も数えていません。
ただし。
今回の人生では、白いままです。




