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元悪役令嬢ですが、夫が二人になりました。どちらも私に執着しています  作者: すなな


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30_元夫と現夫

「では、少し行ってまいります」


セレナは机の上に広げていた資料をまとめ、立ち上がった。

夜会で使われた酒と食器をもう一度調べ直すための準備ができたと連絡がきたからだ。

残されていた酒やレオンの血液から、毒に使われた可能性のある原料はいくつかまで絞られている。

その流通を辿ったことで見つかったのが、アルベルトの名前だった。

今は商会側へ確認を取らせている。

けれど、返事を待っているだけではない。夜会当日に残されたものをもう一度詳しく調べれば、別の手がかりが拾えるかもしれなかった。


「僕も行くよ」


アルベルトも立ち上がろうとしたが、セレナはすぐに首を横に振った。


「アルはここにいてくださいな」

「どうして?」


聞き返してから、自分でも理由は分かっていた。

セレナの眉が、少しだけ下がる。


「今は、あまり動き回らない方がよろしいでしょう?」

「……そうだね」


アルベルトは大人しく座り直した。

まだ正式に嫌疑をかけられたわけではない。

レオンに使われた毒。

その原料の購入記録に、自分の名前が残されていた。

本人が購入したという証拠はない。

誰かが名を騙った可能性も、記録そのものが書き換えられている可能性もある。

それでも、自分の名前が出てしまった以上、調査に関わる場所を好きに動き回るのは避けた方がいい。


「すぐ戻りますわ」

「うん」


セレナは資料を抱え、扉へ向かった。

銀色の髪が背中で揺れる。


アルベルトは何となく、その後ろ姿を目で追った。

そして、向かいにいる男も同じように見ていることに気づく。

レオンの視線は、扉が閉まる直前までセレナを追っていた。


ぱたん、と扉が閉まる。

部屋に残ったのは、二人だけになった。

途端に静かになる。


アルベルトは机の上へ視線を戻した。

気にしない。

レオンがセレナを見るのなんて、今に始まったことではない。

そう思いながら紙を一枚めくる。

取引の日付。

購入された原料の量。

購入者。

何度確認しても、自分が購入した覚えなどない。それなのに購入者の欄には、間違いなく自分の名前がある。

アルベルト・エルグラン。

見れば見るほど、気分が悪かった。


もう一枚めくったところで、向かいから視線を感じた。

無視する。


まだ見ている。


しばらく耐えたものの、とうとうアルベルトは顔を上げた。


「……何」


レオンが頬杖をついて、こちらを見ていた。

口元が上がっている。

嫌な顔だった。

この男がこういう顔をするときは、大抵ろくなことを言わない。


「オレを殺せなくて残念だったね」


アルベルトの眉がぴくりと動いた。


「……は?」

「毒」

「僕じゃないって言ってるだろ」

「知ってるよ」


あまりにもあっさり返されて、余計に腹が立った。


「じゃあ言うなよ」

「セレナ嬢の元夫を毒殺しようとした現夫」


レオンが楽しそうに笑う。


わざとだ。

絶対に。


アルベルトはしばらく黙って、その顔を見た。

数日前まで死にかけていたくせに。少しくらい大人しくしていればいいのに。


「僕がやるなら」


アルベルトは椅子の背にもたれた。


「セレナに気づかれないようにするよ」


レオンの眉が僅かに上がる。


「こわいこわい」


声には、恐怖の欠片もない。


「こんな分かりやすく、自分の名前も残さない」

「そこなんだ」

「何が」

「殺さない、じゃないんだね」


アルベルトはにこりと笑った。

レオンも笑った。


本当に、嫌いだ。


けれど、こうしてくだらないことを言い合っている間だけは、自分の名前が購入記録に残っていたことも、それがこれから何を招くのかも、少しだけ頭から消えていた。

それがまた、なんとなく気に入らなかった。

アルベルトはレオンから目を逸らし、机の上に散らばった資料を整えた。

その中に、見慣れた名前がある。


ヴォルター。


アルベルトの手が止まった。


「……そういえば」

「何?」

「君さ」


ヴォルターの資料を引き寄せる。


「こいつが何をするか、最初から知ってたよね」


レオンの目が僅かに動いた。


「まあね」

「じゃあ、もっと早く止められたんじゃないの」

「止めただろ」

「起きたあとにね」

「前より被害は少なかった」

「それは分かってるよ」


実際、以前より被害はずっと少なかった。

対応も早かったし、ヴォルターの動きを掴んでから捕らえるまでにも、それほど時間はかかっていない。

あのときは、レオンが交易や商会に強いからだと思っていた。

帝国の皇太子で、国外の商人とも繋がりがある。金の流れを読むことにも長けている。

それも間違いではない。


でも、レオンは一度、同じことを経験していた。


「君、知ってたんだから」

「全部じゃないよ」

「少なくとも、ヴォルターが動くことは知ってた」

「そうだね」

「だったら、問題が起きる前に止めればよかっただろ」


レオンは答えなかった。

ほんの僅かな沈黙だった。

窓の外から、風に揺れる木々の音が聞こえる。


アルベルトはレオンの顔を見ていた。

そして。


急に、分かった。


「……ああ」

「何?」

「セレナか」


レオンの目が細くなる。


やっぱり。


アルベルトは呆れて、椅子の背へ身体を預けた。


「どうせ、小麦のことを理由にセレナに会いたかったんだろ」


少しくらい否定するかと思った。

言い訳くらい、するのかと思った。

けれど。


「会いたかったよ」


レオンはあっさり認めた。

その一言が、思ったよりも胸の奥に刺さった。


会いたかった。

この男は。


ずっと。

セレナに。


アルベルトは無意識に奥歯を噛んだ。



(おまけ)


レオンとアルベルト


挿絵(By みてみん)



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