23_甘える
夜。
セレナは眠る前に、もう一度だけ様子を見ておこうとレオンの部屋を訪れた。
医師は命に別状はないと言っていた。
けれど、何の毒なのかはまだ分かっていない。
昼には一度下がった熱も、また上がった。
安心できるはずがなかった。
扉を叩く。
「レオン様?」
返事がない。
そっと扉を開けると、レオンは寝台に横になっていた。眠っているのかと思ったけれど、近づく前にゆっくりと目が開いた。
「……セレナ嬢?」
「起こしてしまいました?」
「いや」
レオンが瞬いた。
「来てくれたんだ」
「お加減はいかがですの?」
「たぶん、まだ熱い」
セレナは寝台のそばまで行き、額へ手を当てた。
やはり熱い。
「まだ下がっていませんわね」
「うん」
レオンが目を細める。
額に触れていた手へ自分の手を重ね、そのまま頬へとずらした。
「……レオン様?」
「やっぱり、気持ちいい」
セレナは瞬いた。
昼間と同じだった。
「そんなに気に入ったんですの?」
「うん」
熱を持った頬が、少しだけ手のひらへ擦り寄ってくる。
「……本当に甘えん坊ですのね」
レオンが薄く笑った。
「嫌?」
また、それだ。
セレナは困ったように眉を下げた。
「嫌ではありませんけれど」
「そっか」
嬉しそうに目を閉じる。
いつも余裕そうにしているこの人が、こんなふうに素直に甘えてくることを、少し前までセレナは知らなかった。
けれど、あの夜を知ってしまった。
熱に浮かされ、自分ではない誰かを求めていたことも。
その人ではないと分かったあと、目の前で泣いたことも。
『会いたい』
あの声を、まだ覚えている。
だからなのかもしれない。
弱っているレオンを、無下にできなかった。
やがてレオンは頬からセレナの手を離すと、そのまま自分の手のひらを重ねた。
セレナは何も言わない。
その手の中でレオンの指が動き、セレナの指の間へゆっくりと入り込んでくる。
「……レオン様?」
声が、僅かに変わった。
レオンの指が止まる。
セレナを見て、何も言わずに指をほどいた。
ただ手のひらを重ねるだけに戻す。
「これなら?」
セレナは少しだけ迷った。
けれど、手は引かなかった。
「……少しだけですわよ」
「うん」
レオンが目を閉じる。
重なった手のひらから、セレナの体温が伝わってくる。
今日は。
ここまででいい。
「……セレナ嬢」
「何ですの?」
「明日も来て」
そのとき、扉が叩かれた。
「セレナ?」
聞き慣れた声に、セレナが振り返る。
「アル?」
扉が開き、アルベルトが顔を覗かせた。
「やっぱりここにいた」
「どうなさいましたの?」
「セレナを迎えに来た」
そう言いながら部屋へ入ってきたアルベルトが、不意に足を止めた。
寝台のそばに座るセレナと、その手に重ねられたレオンの手。
アルベルトの表情が僅かに歪む。
「……ずいぶん、元気そうだね」
「病人だよ」
「そうは見えないけど」
レオンが笑う。
「熱はあるよ」
「ふうん」
セレナは小さく息を吐いて、レオンから手を離した。
「では、わたくしは戻りますわ」
「もう?」
「アルも迎えに来ましたし」
「もう少しいるって言ったのに」
セレナが困ったように眉を下げる。
「明日の朝、また参りますから」
「本当?」
「ええ。お熱も気になりますもの」
「そっか」
レオンは笑った。
「じゃあ、待ってる」
アルベルトの目が僅かに細くなる。
セレナは気づかない。
「では、今夜はきちんとお休みくださいませ。何かあれば、すぐに従者を呼んでくださいね」
「分かった」
いつになく素直な返事に、セレナは少し安心したように笑った。
「おやすみなさいませ」
「おやすみ、セレナ嬢」
セレナが扉へ向かい、アルベルトもそのあとを追う。
けれど部屋を出る直前、アルベルトだけが振り返った。
レオンと目が合う。
レオンは笑った。
アルベルトは笑わなかった。
そのまま扉が閉まる。
静かになった部屋で、レオンは自分の頬へ触れた。
まだセレナの手の感触が残っている。
せっかく、もう少しいてくれるはずだったのに。
また。
アルベルトだ。
レオンは目を閉じる。
けれど。
明日の朝も、セレナは来る。




