22_ほしい
扉が閉まった。
レオンは寝台へ横になる。
熱い。
身体も、頭もぼんやりしているのに、頬に触れたセレナの手の感触だけが妙にはっきりと残っていた。
『嫌?』
『嫌ではありませんけれど』
嫌じゃない。
甘えれば。
受け入れてくれる。
「……そっか」
だったら、もう少しくらい。
いいのかもしれない。
目を閉じると、浮かんだのはさっきのアルベルトの顔だった。
セレナには見えないところで、ずっとこちらを見ていた。唇を噛み、手にした資料の端を歪ませながら。
「……何、あの顔」
アルベルトがセレナと結婚したから、自分は今、こんなに苦しい。
少し触れてもらっただけで嬉しくて、その手が離れただけでもう次が欲しくなっている。
もし、忘れていられたら。
どれだけ楽だっただろう。
セレナみたいに、全部忘れてしまえたら。
夫婦だったことも、愛されていたことも、子どもがいたことも。朝になれば隣にいた、何でもない日々のことも。
何も知らなければ、今のセレナを見ても、こんなに欲しくならなかった。
なのに。
オレだけが覚えている。
「……ずるいよ」
誰に言ったのか、自分でも分からなかった。
ずっと待っていた。
もう会えない人を、ずっと待っていた。
そして、やっと会えた。
生きていた。
笑っていた。
なのに今度は、アルベルトの妻だった。
だから我慢した。知らないふりをして、何もなかったふりをして、二人が並んでいるところを見ても笑っていた。
それで。
何が残った?
レオンは目を開けた。
隣には、誰もいない。
「……馬鹿みたいだ」
待って。
耐えて。
我慢して。
その結果、セレナは自分のそばにはいない。
何のために耐えているんだろう。
アルベルトのため?
そんな義理はない。
セレナのため?
――本当に?
セレナは一度だって、自分に諦めてほしいとは言っていない。
そもそも、オレが決めることじゃない。
アルベルトでもない。
選ぶのは、セレナだ。
だったら。
最初から、諦める必要なんてなかった。
胸の奥にずっと押し込めていたものが、その瞬間、ひどく簡単に形になった。
欲しい。
セレナが。
欲しい。
「……欲しい」
声にすると、もう誤魔化せなかった。
どうしようもなく欲しい。
昔の妻を取り戻したいだけじゃない。
今のセレナが、欲しい。
アルベルトを見て笑うセレナも、研究に夢中になるセレナも、自分の額に触れて心配そうに眉を寄せるセレナも。
全部。
自分のものにしたい。
手に入れたい。
もう一度、自分を愛してほしい。
ずっと待ってきた。
ずっと耐えてきた。
もう、いいんじゃないか。
耐えたところで、セレナは自分のところには来なかった。
なら。
もう耐える意味なんてない。
レオンは自分の頬へ触れた。
まだそこに、セレナの手のひらの温度が残っているような気がする。
今は、病人だ。
甘える理由もある。
目を閉じる。
まずは、それでいい。




