21_甘えてもいい
セレナはレオンの額へ手を当てた。
朝より、少し熱い。
「また上がってきているのではありません?」
「そうかな」
「そうですわ」
手を離そうとすると、レオンがその手に頬を寄せた。
「……レオン様?」
「セレナの手、気持ちいいね」
熱を持った頬が、手のひらへ擦り寄ってくる。セレナは困ったように眉を下げた。
「……本当に甘えん坊ですのね」
レオンが目を細める。
「嫌?」
「嫌ではありませんけれど」
思いのほか、あっさり返ってきた。
「具合が悪いときくらい、甘えてくださって構いませんわ」
「……そっか」
レオンは小さく笑った。
甘えん坊。
それで済むんだ。
このくらいなら。
セレナは受け入れる。
「じゃあ、もう少し」
「調子に乗らないでくださいませ」
そう言いながらも、セレナは手を離さなかった。
その向こうで、アルベルトが二人を見ている。唇を噛み、手にしていた資料の端が指の中で少しずつ歪んでいた。
それに気づいたのは、レオンだけだった。
目が合う。
緑の瞳が、すっと細くなる。
レオンの口元が、わずかに上がった。
「セレナ」
アルベルトが立ち上がった。
「僕が代わるよ」
「アルが?」
「朝からずっと調べてたでしょう。少し休んで」
そう言いながら二人のそばまで来る。
「熱を見るくらい、僕にもできるから」
レオンはセレナの手に、もう一度頬を寄せた。
「オレはセレナの手がいいけど」
「聞いてないよ」
「冷たいな」
「病人なら大人しく寝てて」
セレナは二人を見比べた。
「お二人とも、何を張り合っておりますの?」
「張り合ってないよ」
アルベルトが即答する。
レオンは笑った。
「そうだね」
「……何」
「別に」
セレナには分からなかった。
いつものように二人が言い合っているだけ。
そう見えた。
「でしたら、まずは横になってくださいませ」
「まだ平気だよ」
「昨日はあんなに苦しそうだったではありませんか」
セレナの声が少し低くなる。
何の毒なのか、まだ分かっていない。医師も知らない症状だと言っていた。
命に別状はないと言われても、安心できるはずがなかった。
「お願いですから、無理をなさらないで」
レオンがセレナを見る。
「……そんなに心配してくれるんだ」
「当然でしょう」
少し間があって、レオンが笑った。
「分かった」
ようやくセレナの手から離れる。
「寝るよ」
レオンが立ち上がった、その瞬間だった。
身体が大きく傾く。
「レオン様!」
セレナは咄嗟に腕を取ったものの、大きな身体を一人では支えきれない。すぐに反対側からアルベルトの腕が伸びた。
「僕が持つ」
レオンの腕を自分の肩へ回し、腰を支える。
「歩ける?」
「……たぶん」
「それ、歩けない人の答えだよ」
さっきまでの刺々しさは、もうなかった。
二人でレオンを寝台まで連れていく。腰を下ろしたレオンの額には汗が浮いていて、セレナはもう一度そこへ触れた。
「……やはり熱いですわ」
今度はレオンも軽口を返さなかった。
それを見たアルベルトの表情が変わる。
「医師を呼ぶよ」
「お願いします」
アルベルトが扉へ向かう。
「それと、従者も呼んでくる。着替えた方がいい」
ほどなくして男性従者がやってきた。
セレナは寝台に腰掛けているレオンを見る。
「お着替えになって、もうお休みくださいませ」
「うん」
随分と素直な返事だった。
それがかえって心配になる。
「医師が来るまで、無理に動かないでくださいね」
「分かった」
従者が着替えを用意し始めるのを見届けて、セレナはようやく部屋を出た。アルベルトもそのあとに続く。
扉が閉まる直前、セレナはもう一度だけ振り返った。
レオンは寝台に腰掛けたまま、先ほどまでセレナが触れていた頬へ、自分の手を当てていた。




