19_翌朝
アルベルトの背中には、細い爪痕がいくつも残っていた。
肩には歯形。
腕にも、胸元にも。
昨夜の名残をひとつ見つけるたび、セレナの顔が熱くなる。
「……痛くありませんの?」
「痛いよ」
あっさり返されて、余計に申し訳なくなる。
「でしたら、そんなに嬉しそうになさらないでください」
「どうして?」
「わたくしがつけたんですのよ」
「うん」
「痛いのでしょう?」
「だから嬉しいんだよ」
意味が分からず、セレナはアルベルトを見つめた。
アルベルトは肩に残った歯形へ指を滑らせる。
触れれば痛むのだろう。
それでも、その目はひどく穏やかだった。
「痛いと、まだあるって分かる」
「痕が?」
「セレナが」
セレナは言葉を失った。
「ここも」
肩の歯形に触れる。
「背中も。触ると少し痛い」
それを確かめるように、アルベルトは小さく息をついた。
「でも全部、セレナが僕にくれたものでしょう?」
「……痛みまで?」
「うん」
アルベルトは少し考えてから、静かに笑った。
「セレナからもらった痛みなら、愛しいよ」
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
「そんなものまで愛さなくてよろしいのに」
「だめなの?」
また、その言い方。
「……だめでは、ありませんけれど」
「よかった」
アルベルトは本当に安心したようだった。
それからセレナの手を取ると、自分の肩に残った歯形へ重ねた。
「消えるまで、いっぱい触って」
「痛いのでしょう?」
「うん」
「変な方」
「でも、セレナが触るともっと嬉しい」
セレナは何も言えなくなった。
「セレナは、痛くなかった?」
突然聞かれて、セレナは瞬いた。
「わたくし?」
「うん」
アルベルトの指が、セレナの腰をそっとなぞる。
そこには何の痕もない。
「セレナが痛いのは嫌だ」
「……大丈夫ですわ」
「本当に?」
「ええ」
ようやくアルベルトの表情が緩んだ。
(おまけ 設定メモ)
アルベルトは、自分自身をあまり信用していません。
これまでの人生で、セレナを、リリアを、そして民を傷つけてきました。
一回目の人生では、最後にはクーデターで命を落としています。
けれど当時の彼には、自分が間違っているという意識がほとんどありませんでした。
今回の人生でようやく、
自分は、人と少し感覚が違うらしい。
と気づいています。
間違っていると分かれば、直せます。
けれど。
自分が間違っていることに、自分で気づけなかったら?
昔の自分も、自分がおかしいとは思っていませんでした。
だから今も、アルベルトは自分自身を完全には信用できません。
「痛くして」と頼んだのも、セレナがいた証を残してほしい。
それが一番の理由です。
でも、もう一つ。
アルベルトにとって「痛み」は、少し特別な意味を持っています。
それについては、またいつか。




