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元悪役令嬢ですが、夫が二人になりました。どちらも私に執着しています  作者: すなな


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18/40

18_歯型

「噛んで」

「……だめです」

「だめなの?」

「痛いでしょう」

「痛くして」


思わず眉を寄せる。


「アル」

「お願い」

「どうしてそんなことを」

「朝になっても残るでしょう?」


セレナは黙った。

アルベルトの指が、腰のあたりで服を摘まんでいる。


「セレナがここにいるって、証が欲しい」

「……一度だけですわよ」

「うん」

「本当に噛みますからね」

「うん」


セレナは露わになった肩へ顔を寄せた。

温かな肌に唇が触れる。

一瞬だけ迷って、歯を立てた。


「……っ」


腰に回った腕に力が入る。

セレナはすぐに離れた。

白い肩に小さな歯形が残っていた。


「痛かったでしょう?」

「うん」


アルベルトが指先で痕に触れる。

少し押して、眉を寄せた。

それなのに。


口元がほんの少し緩んだ。


「……嬉しい」

「何がですの」

「セレナからもらった痛みだから」


もう一度指でなぞる。


「愛しい」


セレナの胸が跳ねた。


「……変な方」

「だめなの?」

「……いいですけど」


アルベルトが笑った。

ようやく、いつもの笑顔だった。

けれど。


「もう一回」


低くなった声に、セレナの指先が熱くなる。

先ほどまでは、アルベルトを安心させたかっただけだった。

けれど今は、少し違う。


泣いたせいで赤くなった目元。

乱れた薄い金髪。

はだけた襟元と、そこに残る自分の歯形。

見ていると身体の奥に甘い熱が広がっていく。

セレナは戸惑って視線を逸らした。


――君から誘ってみれば?


不意にレオンの言葉が蘇る。


「セレナ?」


顔を上げる。

アルベルトがこちらを見ていた。

セレナはもう一度、アルベルトの肩へ顔を寄せた。

今度は迷わなかった。

先ほどより強く、歯を立てる。


「……っ」


腰に回ったアルベルトの指が強張った。

さらに力がこもる。

服越しにも分かるほど、指先がセレナの身体へ食い込んでいた。

痛いはずだ。

肩には、先ほどよりはっきりと歯形が残っていく。

それなのに耳元に落ちる吐息はどこか甘かった。

セレナはゆっくり顔を上げる。

アルベルトの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「……痛い?」

「うん」


掠れた声。

けれど、笑っている。


ひどく幸せそうに。

その顔を見た瞬間。

胸の奥にあった熱が、もう一段深くなった。


――もっと見たい。


そんなことを思った自分に驚くより先に、セレナは再び顔を寄せていた。

肩から少し上へ。

首筋に、軽く歯を立てる。

アルベルトの息が揺れた。

もう少し上。

耳元へ唇を寄せると、抱きしめる腕がさらに強くなる。


「セレナ……」


呼ばれた名前が、いつもと違って聞こえた。

セレナは顔を上げる。

すぐそばに、アルベルトの唇があった。

少しだけ迷って。

その唇にも、そっと歯を立てた。

甘く噛む。

アルベルトの瞳が大きくなる。


「…………」


今度はセレナが、ほんの少し笑った。


「これも、愛しい?」


アルベルトは答えなかった。

腰へ回っていた腕が、一気にセレナを抱き寄せる。


「きゃ……!」


視界が揺れた。

二人の身体が、そのまま寝台へ倒れ込む。

柔らかなシーツが沈む。

セレナは咄嗟にアルベルトの胸へ手をついた。

気づけば、アルベルトが下にいる。

その上に、セレナ。

銀色の髪がさらりと落ちて、二人の間に小さな幕を作った。

近い。

今まで何度も抱きしめられた。

何度も肩に頭を預けられた。

それなのに今は、同じ距離ではなかった。

アルベルトが下からセレナを見上げている。

目元にはまだ涙が残っている。

肩にも、首にも。

自分が残した赤い痕。

セレナの指が、無意識にその一つへ触れた。

アルベルトが小さく息を呑む。


「……痛いでしょう?」

「うん」

「それなのに、そんな顔をして」

「どんな顔?」


セレナは答えられなかった。

代わりに、親指でアルベルトの目元に残った涙を拭う。

その手を、アルベルトが捕まえた。

手のひらへ唇が触れる。


「セレナ」

「……はい」




「もっとして」




今度は。

セレナは「何を」と聞かなかった。

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