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元悪役令嬢ですが、夫が二人になりました。どちらも私に執着しています  作者: すなな


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16_僕をおいて行かないで

部屋へ戻るまで、頭の中がずっと騒がしかった。


『お前の知らないセレナを、オレは知ってる』


レオンの声が蘇る。

そのすぐあとに、自分で口にした言葉まで戻ってきた。


『二回目も、誰かに殺されたんじゃないの?』


二回。

セレナは、二回とも死んでいる。

一回目は、自分が処刑させた。

二回目は、野盗に襲われたとレオンは言った。


本当にそうだったのか。

ただの偶然だったのか。

それとも。


三回目も。


そこまで考えた瞬間、息が詰まった。

嫌だ。

考えたくない。


今度こそ。

今度こそ、死なせない。


そう思った途端。

今度は別の声が蘇る。


『何も変わってないな、お前』


アルベルトは足を止めた。

違う。

昔とは違う。

セレナが嫌だと言えば止まる。

選ぶのはセレナだ。

自分ではない。

ちゃんと分かっている。

それなのに。


今すぐ部屋へ戻って、セレナを抱きしめて。

どこにも行かないように腕の中へ閉じ込めて。

明日も、その次の日も。

ずっと自分の目の届くところにいてほしいと思った。

死なないように。

誰にも奪われないように。

レオンにも。


そこまで考えて、胃の奥が冷えた。

理由を変えているだけではないのか。

昔も。

誰にも渡したくなかった。

自分だけを見てほしかった。


その果てに。

自分はセレナを殺した。


「……違う」


誰もいない廊下で、声が漏れる。

今は違う。

本当に。

違うはずだ。


では、どうすればいい。

離れればいいのか。

セレナから距離を取って、自分の欲が向かわないようにすればいい。

そう考えた直後。


もし、その間に何かあったら。


そう思ってしまう。

二回も死んだ。

三回目だけ何も起きないと、どうして言える。


自分がいないところで。

また。


「……やめてよ」


離れたくない。

でも、近づくのも怖い。


守りたい。

でも。

守るという言葉で、また自由を奪うのではないか。


どちらを選んでも。

昔の自分が後ろにいるような気がした。


それなのに。

そんなことを考えている間にも、別のことが頭へ入り込んでくる。


『敏感なのは、変わってないみたいだよ』


黒い手袋をした指を唇へ当てて、レオンは笑っていた。


何をした。

どこに触れた。

どんな顔をした。

セレナは、本当に嫌がらなかったのか。


知りたい。

知りたくない。


レオンが知っているセレナを、自分も知りたい。

けれど、あいつから教えられるなんて絶対に嫌だった。

二回目の人生で、セレナはレオンの妻だった。

一緒に暮らして。

同じ寝台で眠って。

子どもまでできた。

それでも。

セレナは死んだ。

その事実に、胸が強く縮む。

一瞬。

あいつが傍にいたのに。

そんな理不尽な怒りまで湧いた。

すぐに、自分がそんなことを思える立場ではないと気づく。


一回目にセレナを死なせたのは自分だ。

レオンを責める資格なんてない。


それでも腹が立つ。

セレナがまた死ぬかもしれない。

そんなことを考えているのに。

レオンが、自分の知らないセレナに触れたと匂わせただけで、こんなにも嫉妬する。


――今回は、僕の勝ちだね。


自分で言った言葉まで蘇った。

何が勝ちなんだろう。

セレナは自分の妻だ。

自分を選んでくれた。


なのに。

二回目の記憶を思い出すかもしれないと考えただけで、全部なくなるような気がする。


妻なのに。

選ばれたのに。

死ぬのが怖い。

奪われるのも怖い。

そして。

そんなふうに思う自分自身も怖かった。


部屋の前まで来て、アルベルトは足を止めた。

このまま別の部屋で眠ってしまおうかと思った。


今、セレナに会えば。

きっと触れたくなる。

抱きしめたくなる。

自分だけを見てほしくなる。

もっと。

今まで怖くて求められなかったものまで、欲しくなるかもしれない。

だったら、会わない方がいい。

そう思った。

けれど、扉の向こうにいるセレナを一人にしておくこともできなかった。


もし、今夜。

何かあったら。


馬鹿げている。

ここは王宮だ。

護衛もいる。

何も起こるはずがない。


それでも。

二回も死んだ。

その事実だけで、何一つ安心できなかった。


アルベルトは目を閉じた。

それから、扉を開ける。


「おかえりなさい、アル」


顔を上げる。

セレナがいた。

寝台の上で本を読んでいたらしい。

銀色の髪を下ろし、いつもと変わらない顔でこちらを見ている。


生きている。

その当たり前のことだけで、胸が痛んだ。


「……ただいま」


たったそれだけで、泣きそうになった。

セレナは何も知らない。

自分がレオンと何を話したのか。

今、頭の中で何がぐちゃぐちゃになっているのか。


「レオン様はいかがでした?」


胸の奥が強く縮む。

レオンの名前を聞きたくない。

そう思った直後。

そんなことを思う自分が嫌になった。


「寝てるよ」

「そうですか。よかった」


安心したように微笑む。


レオンのことを心配しないで。

僕だけを見て。


言いたくなる。

でも。

セレナは何も悪くない。

アルベルトは何も言わなかった。


「アル?」


気づけば、セレナがこちらを見ている。


「どうかなさいました?」

「……ううん」

「本当に?」

「うん」


笑おうとした。

たぶん、うまくできなかった。

セレナが本を閉じる。


「こちらへいらっしゃいませんの?」


行きたい。

行くのが怖い。

今すぐ抱きしめたい。


でも。

抱きしめたら、離せなくなる気がした。


「……行っていいの?」


セレナが目を瞬いた。

それから、両手を広げる。


「こっちへいらっしゃい、アル」


その仕草だけで、胸が苦しくなる。

アルベルトはゆっくり寝台へ向かい、セレナの前に腰を下ろした。

すぐには抱きつけなかった。


「アル」


セレナがこちらを覗き込む。


「何かありました?」

「……」

「レオン様と、お話を?」


また、その名前。

胸が痛む。

けれど、その痛みのすぐ隣には、もっと大きな恐怖がある。


この人が。

また、いなくなるかもしれない。


アルベルトはセレナの手を取った。

指を絡める。

温かい。

ちゃんとここにいる。


「セレナ」

「はい」

「僕をおいて行かないで」


口にした瞬間、自分でも何を意味しているのか分からなかった。

死なないで。

レオンを選ばないで。

思い出さないで。

僕から離れないで。

全部だった。


「ごめん。今の――」


頬に柔らかな手が触れる。

言葉が止まった。


「アル?」


セレナの眉が下がる。


「泣いていらっしゃるの?」

「……泣いてない」

「泣いておりますわ」


指先が目元を拭う。

そこで初めて、自分が泣いていることに気づいた。


「どうなさったのです?」


言えるはずがない。

君は二回死んだ。

今度も死ぬかもしれない。

僕の知らない人生で、レオンを愛していた。

いつか全部思い出して。

またレオンを選ぶかもしれない。


それが怖い。

でももっと怖いのは。

そんな君を失わないためなら、何でもしたいと思い始めている自分だった。


「……ごめん」


それしか言えなかった。

セレナの手が頬に触れている。


温かい。

生きている。


その温度を確かめるほど、もっと欲しくなる。

誰にも渡したくない。

僕だけを見てほしい。

僕だけを愛してほしい。

レオンのことなんて、全部忘れたままでいてほしい。


ずっとここにいてほしい。

死なないでほしい。


一つも失いたくない。


「……アル?」


顔を上げる。

青い瞳が、自分だけを見ていた。


その瞬間。

どうしようもなく触れたくなった。


抱きしめたい。

口づけたい。

もっと。

今まで怖くて求められなかったものまで。

全部欲しい。


アルベルトはセレナの頬に触れた。

けれど、その先へ進めなかった。


『何も変わってないな、お前』


レオンの声が蘇る。

指先が震える。

セレナが、その手に自分の手を重ねた。


「わたくしは、ここにおります」


分かってる。

今は、ここにいる。

だからこそ。

明日もここにいる保証がないことが、怖かった。


ふわりとセレナが抱きしめる。

アルベルトは目を閉じた。

離したくない。

でも離せなくなる自分も怖い。

背中へ腕を回すまで、少しだけ時間がかかった。


今夜は、いつものように髪を撫でてもらうだけでは。


きっと、もう眠れない。









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