12_残酷な人
『わたくしは、その方ではありません』
違う。
そう言いたかった。
似ているんじゃない。
代わりでもない。
君なんだ。
俺が愛したのは、君だった。
けれど、声にならなかった。
涙だけが、次々と落ちていく。
セレナの手が、黒い髪に触れた。
ゆっくりと撫でる。
その手つきまで、覚えていた。
前の人生でも。
君は、よくこうして俺に触れた。
君と生きていけると思っていた。
やっとそばにいられて。
毎日、幸せだった。
朝起きれば君がいて。
帰れば君がいる。
いつの間にか。
君は俺の一部になっていた。
それなのに。
あっけなく、いなくなった。
お腹にいた子どもも。
これから一緒に生きるはずだった時間も。
全部。
そして気づけば。
俺はまた、同じ人生を繰り返していた。
また君に会える。
そう思った。
何年も待った。
やっと会えた。
君だった。
でも。
君は俺を知らなかった。
それでもいいと思った。
また初めから君と――
そう思ったときには。
君の隣にはもう、アルベルトがいた。
俺の入る場所はなかった。
だから笑った。
初めて会ったふりをした。
君が生きているなら、それでいい。
幸せならいい。
そう思おうとした。
俺も、忘れていたかった。
君みたいに。
何も知らない俺で、君に会いたかった。
何も知らないまま再会できたなら、どれほど楽だっただろう。
初めましてと笑って。
綺麗な人だと思って。
少しずつ好きになって。
アルベルトの妻だと知ったら、そこで諦めて。
それだけなら。
きっと、こんなに苦しくなかった。
でも。
忘れられなかった。
君との記憶は、あまりにも甘くて。
幸せで。
もう二度と手に入らないのに。
捨てることもできなかった。
そして君は。
何も知らずに、優しくする。
俺の前で笑う。
名前を呼ぶ。
夫とのことまで相談する。
今だって。
君の手が、昔と同じようにオレの髪を撫でている。
まるで。
やわらかな真綿で、少しずつ首を締めつけられているようだった。
苦しいのに。
その記憶までなくなるくらいなら、苦しいままでよかった。
忘れたい。
忘れたくない。
離れてほしい。
そばにいてほしい。
全部、本当だった。
『その方の代わりにはなれませんわ』
違う。
代わりじゃない。
君なんだ。
「……ごめん」
君は俺の妻だった。
今も愛してる。
ずっと会いたかった。
全部。
言いたかった。
でも。
何も覚えていない君に言って。
どうする。
セレナの指が、また髪を撫でた。
レオンは、その手に触れなかった。
触れたら。
また、離せなくなる気がした。
だからただ、目を閉じた。
優しい手だった。
何も覚えていないくせに。
昔と、何も変わらない。
涙が、また一つ落ちた。
君は本当に優しくて。
――残酷だ。




