ただいまのあとで。2
鼻先をくすぐる、香ばしい匂い。
油と、白米の甘い香りがゆっくりと鼻を満たしていく。
意識が少しずつ浮かび上がってくる。重たいまぶたをゆっくり開けると、見慣れた天井がぼんやりと視界に映った。
…いつの間に寝てしまっていたのだろう。
体を起こそうと腕に力を入れるが、思うように動かない。鉛でも詰め込まれたように全身が重かった。
「……起きた?」
台所の方から、聞き慣れた声が飛んでくる。
顔だけ向けると、エプロン姿の諒が菜箸を片手にこちらを見ていた。
「おはよう……じゃないか。もう日が沈んじゃっただよ」
「……いま何時?」
「八時ちょっと前かな。」
そんなに寝ていたのか。
予想以上に時間が過ぎていたことに驚きながら、ゆっくりとソファから身を起こした。
たぶん諒がかけてくれた毛布をソファーの端に寄せると、同じタイミングで諒が大皿を持ってテーブルへ運んできた。
「今日は唐揚げだよ!いっぱい食べてね」
得意げに皿を置く。
こんがりと色づいた唐揚げが山のように盛られていた。湯気と一緒に、生姜と醤油の香りがふわりと漂う。
横には千切りキャベツとトマト。
味噌汁までついている。
「……すご。」
「えへへ。今日はちょっと頑張っちゃった。」
照れくさそうに笑う諒は、向かいの席へ腰を下ろした。
「食べられそう?」
「……うん。」
本当は、まだ食欲なんてほとんどなかった。
それでも。
せっかく作ってくれたのだから。
「いただきます。」
「いただきまーす!」
箸で唐揚げを一つつまんだ。
一口かじると、熱々の肉汁が口いっぱいに広がった。
「……熱っ」
「あっ、ちょっ! まだ揚げたて!」
わたわたする諒を見て、思わず小さく笑ってしまう。
「あ、雪が笑った!」
「……別に。」
「でも良かったー!今日帰ってきたときなんて、今にも倒れそうな顔してたし」
「実際倒れた。」
「そうだけど!」
諒は頬を膨らませながら、自分も唐揚げを頬張る。
「もうね、びっくりしたんだから。玄関でいきなり崩れ落ちるんだもん」
「……ごめん」
「謝らなくていいよ。」
即答だった。
「でも、無理はしないで。」
その一言だけは、いつもの明るい声とは違っていた。
静かで、優しくて。心配そうな声。
箸が止まる。
「……学校で何かあった?」
諒の心配そうな瞳がまっすぐこちらを見ていた。
少し迷ったあと、小さく息を吐く。
「……ユニット、決まった。」
「え、本当!?」
ぱっと表情が明るくなる。
「よかったじゃん!」
「それが、全然…」
苦笑しながら、今日会った三人のことを思い浮かべる。
「問題児しかいなかったから」
「えぇ……。」
諒の箸がぴたりと止まる。
「それ、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないと思う」
即答すると、諒は吹き出した。
「あははっ!」
楽しそうに笑う声が部屋に響く。
つられて俺も少しだけ口元が緩んだ。
「でもさ。」
諒は唐揚げをもう一つ俺の皿へ乗せた。
「どんな人たちでも、雪斗ならきっと大丈夫だよ。」
「……なんでそんなこと言えるの」
「だって雪斗、優しいもん。」
その言葉に返事はできなかった。優しいなんて、自分では一度も思ったことがない。
それでも。
皿の上の唐揚げは、さっきまでより少しだけおいしそうに見えた。




