第二十三話 秘めた真相
「王……!」
擦れた声で呟いたのは、紫珠だ。
(紫珠さん?)
香織は違和感を覚えた。
王がお出ましになった、というより、永遠に会えないと思っていた待ち人に会えた――紫珠はそんな表情をしている。
亮賢は呆然とする紫珠に近付き、その前に立つ。紫珠はあわてて平伏した。
「耀藍が言ったんだ。今回の騒動の犯人は尚儀局長官の紫珠だろうって。そこで余も耀藍も、余の妹である香織も持っている『天耳通』という異能をそなたの前で使うことにしたんだけど、これで信じてくれた?」
「…………お、恐れ入ります」
(そういうことだったのね)
耀藍は紫珠が毒入り杏仁羹事件の犯人だと香織より一足早く気付いてこの部屋へ先回りしてくれていたのだ。
耀藍が毒針を抜いてくれていなかったらどうなっていたか—―そう思うと背筋が冷たくなった。
「耀藍がさ、説明するより異能を見せた方が早いってね。ていうか、香織を後宮へ入れる前にみんなに見せておけばよかったね。そうしたら香織が間違いなく公主で余の妹だってことをみんなが納得してくれたよね」
耀藍が呆れたジト目で亮賢を睨む。
「おまえ以外は皆、そう考えていたと思うがな。だいたい迂闊なのだ、亮賢は」
「はは、確かに余はちょっとうっかりだからねえ。まあその反省もこめて、耀藍の指示通り余はこうして婚礼衣装の影に隠れていたわけなんだが……遅いぞ耀藍。ずっと膝を抱えていたから余は腰が痛い」
「贅沢言うな。これは後宮を放置していたおまえの怠惰のツケでもあるのだ」
「耀藍のくせに痛い所を突くねえ」
亮賢は頭をかいて、紫珠の前で片膝をついた。
「そういうわけで……すまなかったね、紫珠」
亮賢の言葉に紫珠はあやうく顔を上げそうになるがさすがは尚儀局長官、平伏する姿勢を保って動揺を押し隠す。
「そなたは余がまだ王太子の頃に後宮入りしてくれた。そなたの御父上が余の妃の一人にと願っていたことも知っている」
紫珠の肩がわずかに震えた。
「だが、余は後宮を顧みずに今日まできてしまった。その年月は、そなたに女人としての盛りが過ぎたと思わせてしまう長さだったのだね。誇り高いそなたは余の妃ではなく、後宮での仕事に励む道を選び――尚儀局長官となった」
珍しく神妙な表情の亮賢に、耀藍もいつものようにツッコまず黙って見ている。香織は驚いていた。
(そんな経緯があったなんて……知らなかったわ)
後宮には数多の女人がいる。
そのすべてが妃嬪として存在しているわけではない。
後宮六局をはじめ、王族や妃嬪の私生活を支える多くの女人がいるのだ。考えてみれば当たり前だが、つい忘れがちな事実だった。
(紫珠さんは、亮賢様を想って……訪ねてくれるのをずっと待っていたんだわ)
今日は来てくれるだろうか、明日は来てくれるだろうかと想い人を待つ日々というのは、どれだけ苦しいものか。
香織にも痛いほどわかる。
紫珠の想いや待つだけの日々を思うと、胸が切なく締め付けられた。
「余を待ちわびたあまり、そなたの心には燻った恋慕が残ってしまった。それを耀藍のような見目の良くわかりやすい対象に当てはめることで折り合いをつけようとしたのだろう。そうすることでそなたの生活に潤いが出るならそれもよかったが……その想いが過ぎて香織への憎悪へ変わってしまったのだね」
「もうしわけ、ございません」
絞り出すように床に額を押し付けた紫珠の肩を、亮賢がそっと取った。
「顔を上げよ」
おそるおそる上がった紫珠の顔を見て、亮賢は微笑んだ。
「うん、そなたは今でも美しい。余が公務にかまけて後宮を顧みなかったのが悪かった。こればかりは後で鴻樹に……李宰相に叱られなくてはならないな」
「王……あたくしは」
「そなたのしたことは許されぬことだ。だが、そなたをそこまで追い詰めた非は余にもある。本当に、すまないことをしたね」
瞬間、堰を切ったように紫珠は泣き崩れた。




