第二十二話 天耳通の持ち主は
突然現れた耀藍に腕を掴まれ、紫珠は驚愕と悦びの表情を複雑に交錯させる。
「耀藍様、なぜこちらに」
「気安く名を呼ぶなと言ったはずだ、紫珠殿」
「耀藍様はこの女狐にたぶらかされているのですわ! こんな卑しい女が耀藍様の花嫁だなんて有り得ませんもの!」
怒る気も失せたのか、耀藍は諦観の溜息を吐いた。
「紫珠殿。オレは王城術師だ。王城術師は王家の末姫を花嫁に迎え、一生王城内で暮らす。これは王家と蔡家が古に交わした取り決めだ。オレはたぶらかされてなどいない」
「そ、それは存じております! しかし、ですが、それでしたら佳蓮様が花嫁ではありませんか!」
「王が正式にお認めになったことを疑うのか? 香織は正真正銘、王家の末の姫に間違いない」
「そ、そんな……こんな女が……王家の末の公主? 冗談じゃないわ! どこにそんな証拠があるのよ! 言ってみなさいよ! あんたが公主だという証拠を!!」
紫珠は血走った目で香織を喰わんばかりに睨みつける。香織は言葉に詰まってしまった。
(証拠、と言われれば……麗月の記憶しかない)
これだ、と差し出せる証拠を香織は持っていない。王と鴻樹が調査してくれた結果末の公主に間違いないということしか知らされていない。
「証拠はあれだ」
「……?」
紫珠は耀藍が指し示した方を見る。そこには投げ捨てられた真紅の花嫁衣裳が広がっていた。
「あれの襟元にはいくつもの待ち針が刺してあった。それは紫珠殿たちがここへ来る前にオレが確認しておいたことだ、ま、すべて抜いておいたが」
耀藍が懐から小さな袋を出す。
「これに入れてある。後で医官に調べさせるが、毒針なのだろう? あいにくオレは身分柄、幼少期より毒には慣れていてね。たいていはわかってしまうのだ」
答えない紫珠の唇はわなわなと震えている。
「が、香織は違う。彼女は花嫁衣裳に毒針が仕込まれているとは知らなかった。オレが教えたんだ。紫珠殿が香織を追いかけている最中に」
「なっ……でもっ、耀藍様はここにはいらっしゃらなかった!」
「そう。オレはここにいなかった。この部屋の外にいた。そこで香織に話しかけたのだ。オレの異能の一つ『天耳通』を使ってな」
「天耳通……?」
「離れた場所でも、相手と意思疎通ができたり聞こうと思った会話が聞き取れる異能だ。それを利用した」
「でも! それは耀藍様の異能ですわ! この女に聞こえるはずが――」
言ってから紫珠は言葉を止め、ハッと香織を見上げる。
「まさか、あんた……耀藍様と同じ異能を……」
「その通り。香織は『天耳通』を持っている」
耀藍が香織を見た。香織は頷く。
「やっぱりさっきの声は耀藍様だったんですね」
「うむ。紫珠殿に香織の天耳通を実際に見てもらわねばと思ってな。助けに入るのが遅れて、すまぬ」
蒼白な紫珠に、耀藍は静かに告げる。
「『天耳通』の異能は術師を輩出する蔡家、もしくは王家の血筋であることを示す。もちろん、王もお持ちの異能だ」
「そ、んな……」
「これでわかっただろう。香織は正式なオレの花嫁なのだ。これ以上愚弄することは許さぬ」
紫珠は力無く床に崩れた。
静かに嗚咽する紫珠の背に、耀藍の言葉が降ってくる。
「それに、紫珠殿の本当の想い人はオレではなかろう」
紫珠の嗚咽が止まった。
耀藍が、香織を見る。
「香織、天耳通で声が拾えるか。この部屋にもう一人『天耳通』を持つ者がいる」
香織はじっと耳を、心をすませた。
(……く、香織。ごめん。危険な目に遭わせたね)
「この声は」
香織は驚いて部屋を見回す。
(こっちこっち。白い衣裳の裏だよ)
そういえば、耀藍もさっき言っていた。
白い衣裳の裏に「紫珠殿の本当の想い人がいる」と。
急いで白い衣裳に近付き、そっとその裾をめくった香織は思わず声を上げた。
「亮賢様?!」
「はあ、やっと出られた」
よっこらしょ、と白い婚礼衣装の影から出てきたのは、王――亮賢だった。




