第二十四話 後宮でもお料理を
毒入り杏仁羹事件の犯人が紫珠だと判明し、後宮に衝撃が走った。
「まさかあの紫珠様が」
「御気性の激しい玲栞様にも紫珠様は柔らかく対応していたけれど」
「人は見かけによりませんわね。腹の中は真っ黒だったということですもの」
回廊で、庭院で、女官や宮女たちがそんな立ち話をするのを見かけるたびに香織の胸は痛んだ。
「どうしたんですか、香織様」
斜め後ろから日傘を差しかける璃晴がのぞきこんでくる。
「香織様が気に病むことはないですよ。毒入り杏仁羹事件も解決して、玲栞様たちの体調もすっかり回復、もうすぐ公務に戻れるって話です。それに、『王家の呪い』で女官や侍女が倒れていたのもただの栄養不足だってわかったんですから」
毒入り杏仁羹事件と並行して内侍省が重い腰を上げて調査を行い、女官や侍女たちが倒れたのは食事不足ではと判断されたのだ。
「しかもその状況改善のために、今こうして後宮厨へむかっているんじゃないですか。香織様が呪いの元凶だなんて、このあたしが誰も言わせませんから!」
「ありがとうございます、璃晴さん」
「ううっ、香織様……あたしのことをさん付けなんてしないでくださいまし。これまでの自分の御無礼の数々を思い出して冷や汗が出ちゃいますからっ」
毒入り杏仁羹事件の直後、李宰相からの命により内侍省が緊急で後宮六局に指示を出し、内々に公主お披露目会が催された。
内々とはいえ王がお出ましになるので、後宮中の宮女から宦官にいたるまでが固唾を飲んで儀式を見守った。
『皆、よく集まってくれた。これより余の持つ異能、王族に受け継がれる天耳通という異能を見せる。これにより、香織が正当な公主であることも証明されるため、これを以て公主披露の儀としたい』
祭殿にて、亮賢と香織は互いに姿が見えず声も聞こえない場所に座し、それぞれがその場に指名した者に簡単な文や絵を描かせる。
それを見て、亮賢及び香織が説明した文や絵の内容を、亮賢の説明は香織が、香織の説明は亮賢が、それぞれその場に控える記録官に伝える。
最後に、文や絵を描いた者が記録官から内容を確認し、自分が表した内容に間違いなければ「相違ございません」と答える。
そこには仕掛けも妖術や呪術もなく、純粋な異能なので、亮賢と香織にとっては造作もないことなのだが、見ていた後宮の者たちは天地をひっくり返したような騒ぎになった。
『あれが王家に伝わる異能なら、香織様は間違いなく、公主であらせられる』
見ていたすべての人々がそう納得し、香織を公主としてお披露目する儀式は無事に終わったのだった。
「もう誰もが香織様を公主だと崇めているのですから、香織様が後宮厨へ出向かずともよろしいのでは? ね、今からでも引き返して、紫蓮宮でお茶でもお淹れします」
「ありがとう、璃晴。でも、わたしも何かしたいの。後宮の人たちが困っているのにわたしだけじっと座っているなんてできないわ」
「もう、香織様は本当に人が好いんですから」
璃晴が呆れながらもふふふ、と頬をゆるませた。
「でもあたし、楽しみなんです。だって、香織……様の作るお料理って、とても美味しいんだもの」
うれしそうな璃晴を見て、香織も思わず笑む。
「さて、何を作ろうかな。少ない人数のご飯をまかなうために、どうやって効率よく厨を回そうかな」
香織はあれこれ考えてきたレシピを思い浮かべつつ、後宮厨の扉を叩いた。
♢
「香織が後宮厨で調理をしているというのは本当かっ?!」
朝議を終えた耀藍が亮賢の執務室に飛びこんできたのは、そろそろ午の鐘が鳴る頃だった。
「耀藍て香織の情報だけには妙に詳しいよね、鴻樹」
「朝議が終わってそそくさとどこへ行ったのかと思ったら、手の者から情報を仕入れていたんですね。しかもそんなごくごく個人的な情報を……」
「ちょっと惚れすぎだよね」
「まったくですね」
ひそひそささやき合う主従に、耀藍は顔を赤くする。
「あ、当たりまえではないかっ、婚約者だぞ!」
「手の者を後宮にしのばせて何を探っているかと思えば……一歩間違えればつきまとい行為だよ? 香織に嫌われるよ?」
「そうですよ耀藍様、ほどほどにしないと」
「だっ、だって気になるのだっ、それにっ、香織はそんなことでオレを嫌いになったりはしないっ! た、たぶん……」
不安そうに言葉尻を濁らせた耀藍を見て、亮賢はふふふと笑う。
「先日、そなたにも後宮を顧みていないと責められたからな。余はちょうど、今から後宮散策へ行くつもりだったんだ。時間も時間だし、腹の虫も鳴いているし、後宮厨へ立ち寄るかもしれないなぁ」
「オレも連れていってくれっ!!」
「はいはい。蔡術師殿の御供を断わるわけにいかないからねえ」
こうして三人が連れ立って後宮厨へ赴くと、このところ煙の途絶えがちだった厨の建物からもうもうと煙が上がっている。
「いい匂いだねえ」
「これはっ、香織が汁物を作っている出汁の匂いだ!!」
「おお、確かに! いつぞや、おそうざい食堂へ偵察に行ったときと同じくいい匂いがしますね。――ごめんください」
鴻樹が先ぶれに立つと、香織がひょこっと後宮厨の戸口から顔を出した。
「亮賢様! 耀藍様も!」
「香織! 会いたかったぞ——」
出てきた香織の手を取ろうとした耀藍の横から、すかさず亮賢が手を出してきて香織の両手をがっちり握った。
「香織、そなたはもう皆も認める余の妹、公主だ。亮賢様、ではなくお兄様、いや大哥と——」
「亮賢っ、おまえは親友兼側近のオレと妹の邪魔をするのか!」
「どけ耀藍! 余は今、妹との親交を深めているのだ!」
まあまあと間に入った鴻樹がにっこりと香織に言った。
「我々もご馳走になっていいでしょうか。朝議で古狐たちとやり合ってだいぶ腹が減ってしまいましてね」
「もちろんです!」
亮賢が来たことで後宮厨は大騒ぎになったが、「いつも通りの後宮の様子が見たいからいつも通りに過ごしてほしい」という亮賢の呼びかけで、皆、後宮食堂の隅に陣取った王を気にしつつもいつも通り昼食を取り、席について食べ始める。
「この光景が、この頃は途絶えていたのだろう?」
亮賢が言った。
「余も、おかしいとは思っていたんだ。『王家の呪い』が流布したのと後宮食堂が稼働していないらしいと耳にしたのは同じ時期だったからね。紫珠のことは最初から頭にあったんだけど……あれには可哀想なことをした」
紫珠はすでに取り調べを終え、杖刑に処された後、実家へ帰されることが決まっている。
「これを機に、王も後宮を顧みてくださいよ。いつまでも逃げ切れるものではないということです」
しっかり釘を差すことを忘れない鴻樹だが、さすがに亮賢も今回ばかりはしんみりと頷く。
「失礼します、亮賢様、鴻樹様、耀藍様、野菜汁と包子ですよ」
香織が大蒸籠を卓子に置いて蓋を取れば、おお、と歓声が上がる。
「これだっ、オレはこれが食べたかったのだ……! この繊細な出汁! そこに野菜の旨味が溶けて卵が絡みあって……美味すぎる!」
耀藍は無心に汁物をすすっている。
「以前、王城での試食会でも思ったけど、香織の包子は絶品だよね! こう、生地がもっちりしていて、具がさ、ほら、見てみて鴻樹、肉汁が……うわわ、溢れる! 食べなくちゃ! 美味い! むぐっ」
「亮賢様、落ち着いてください。こぼしてますよ」
と隣から布巾を差し出す鴻樹も包子にかぶりついたり汁物をすすったり、忙しい。
「よかった」
香織は亮賢たちの様子に微笑み、食堂中を見回す。
そこには、人々の笑顔があった。
「お腹を空かせた人に、美味しいものを食べてもらって、心から満足してもらう。やっぱりわたしは、それがうれしくて楽しい」
おそうざい食堂のことも気になっている。
「後宮にいても、やっぱりわたしはお料理がしたいな。公主らしくないって、言われるかもしれないけど……」
亮賢様、と言いかけて、お兄様、と香織は口にする。
ぱっと顔を輝かせた亮賢が顔を上げた。
~四章 其の一 紫蓮宮騒動 おわり~
***
読者様へ
いつも読んでくださってありがとうございます!
四章の最初のお話、いかがでしたか? 楽しんでいただけましたか?
更新遅くてすみませんm(__)m
これからも続くので、よければまた読みにきてください!
また、新作もよろしくお願いします!
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では、またおそうざい食堂の世界でお会いしましょう!
桂真琴




