第十九話 香織様に忠誠を
「何? 儀式じゃと?」
「はい。広場の立て札に張り紙が。公主香織様の歓迎儀式、とありました。」
玲栞の寝室で、尚宮局の女官兼紫蓮宮の侍女四人が玲栞の寝台を囲んでいた。
「内侍省長官から宮女に至るまで、後宮内にいる者は集まるようにとのことでした」
「なんじゃと? では公のものではないということか」
「いえ、それが……王もお出ましになるということです」
「王が? まことか」
「はい。李宰相が取り仕切り、術師様、そして王が御臨席なさり、改めて香織様に公主の印をお授けになるとか」
玲栞は毒の抜けて青ざめた顔を思案気に上向けた。
「事実上の冊封儀式じゃな。冊封儀式は本来、内内に行うもの。それをこのような形にするとは……おそらく、此度の一連の出来事を鑑みてのことだろう」
女官たちは気まずそうに顔を見合わせる。
「我らは間違っていた」
「玲栞様……」
「そも、敬愛する佳蓮様があれほどお慕いしている御方なのだ。偏見や勝手な思い込みで香織様を判じてはならなかった。そうは思わぬか」
女官たちは神妙に頷いた。
「左様にございますね。たいそうなお苦しみようだった玲栞様を、香織様は医官が来るまで必死に応急処置してくださったそうです」
「あまりのことに恐怖で震えて何もできない女官たちを励まし、その場の指揮を執り、毒入り杏仁羹に苦しむ私たちへも医官の手配をしてくださったとか」
「御尊顔を拝見して気付いたのですが、香織様の瞳の御色、肖像画に見る前王と同じでございました。可憐な菫のようなあの瞳の御色は珍しいもの。香織様が公主であることに間違いはないのでしょう」
五人は無言で頷きあった。
五人とも尚宮局の優秀な女官であり、王族を敬愛する気持ちは人一倍強い。佳蓮を想うあまり正体不明の香織を憎んでしまったが、香織も公主であるなら彼女たちの敬愛《推し》対象なのだ。
「李宰相に対しても、偏見と誤解があったようじゃ」
玲栞は届けられた薬湯を手に取る。聞けば、李宰相はこの紫蓮宮に医官を駐在させろ手配をし、玲栞たちの体調回復に万全を期すようにと指示をしているそうだ。
「庶民出の若き宰相と侮ったが、きっと御苦労されて現在の地位におられるのだろう。此度のことでは、御心配をおかけしてしまった。我らが香織様への忠誠をお誓申し上げれば李宰相も安堵なさるだろう」
玲栞は懐から蓮の花が意匠された御鍵を取り出す。
「尚宮局を通じ、これを李宰相に届けよ。佳蓮様が不在の今、紫蓮宮の主は佳蓮様が滞在を許した香織様。李宰相から香織様に御鍵をお渡し願おう」
「かしこまりました」
五人は微笑み合った。
「新しい公主様に忠誠を。歓迎儀式ではぜひとも全力でお祝い申し上げましょう」
「そうじゃな。我も早く回復せねば……ときに、香織様はどうしておられるのじゃ。臥せっておられるとは本当なのか?」
「はい……きっと、いろいろとお疲れが出たのだと思いますが、嫌な噂も流れましたゆえ」
「嫌な噂?」
女官たちは顔を見合わせ、本当に根も葉もない、と怒ったように言う。
「私共が食した毒入り杏仁羹を、香織様がお作りになったという噂です」
「なんと……誰がそのような!」
玲栞が気色ばんだ。
「香織様にそのようなことをする時間も材料もなかったのは我が一番よく知っておる! 毒にもなり得るような貴重な薬などはこの紫蓮宮において御鍵の掛かった場所に保管してあるし、香織様はこの紫蓮宮から出られないようにしていたのだからな」
「はい、私共も存じております」
「それが……その噂を広めているのはどうやら尚儀局の女官たちらしいのです」
「なんじゃと?」
「それも、尚儀局女官の中でも高位の者たち、尚儀局長紫珠様に近い方々ばかりです」
「それは——」
玲栞の頭に、これまでのことが思い出される。
術師の御尊顔を拝した、なんとお美しい御方かと顔を紅潮させてはしゃいでいた紫珠。
佳蓮公主が出発した直後、後宮厨の稼働を制限し、術師婚礼の儀の準備と称して後宮六局に指示を出していた。
そしてあの日、杏仁羹を差し入れだと持ってきたのは尚儀局の宮女ではなかったか。
険しい顔で起き上がろうとした玲栞を女官たちが推しとどめる。
「ど、どうなされたのですか玲栞様!」
「いけません玲栞様! まだ横になられていなくては!」
「ええい、寝てなどおれぬわ! 香織様の危機じゃ!」
驚く四人に玲栞は駄々っ子のように怒鳴る。
「ええい、だから! 我としたことが紫珠ごときにやられたわ! 早う、我の着替えを手伝うのじゃ!」




