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第十七話 耀藍の推理




 香織の部屋を出たあと、耀藍は紫蓮宮の回廊をしばらく進む。

 宮の主である佳蓮が不在なのことと先ほどの騒ぎのため、周囲に人の気配はない。



 中庭に下りる階のある場所までくると、耀藍は周囲をサッと確認した。

「誰もいないな」

 そして耀藍は階を下りた。

 そのまま勝手知ったる場所といわんばかりに、淀みなく中庭を歩いていく。



 中庭の中心である池を離れ、芍薬の茂みを抜けると、桜や柑橘の木々が植えられている広い場所に出る。

 その向こうに目的の場所を見つけて、耀藍は思わず笑んだ。



「うむ、あったあった。変わらぬな、ここは」



 小さい柱だけの四阿の下、洗い場や小さな厨台のある井戸。


 この中庭の片隅の小さな水場は、幼い頃、耀藍と亮賢の遊び場だった。

 ここでは紫蓮宮で使われる花や野菜を洗ったり、中庭で採れた果実などを洗うため侍女や女官たちがいることが多いが、当然、今は誰もいない。どこかで小鳥のさえずりが聞こえるだけだ。


「ここでよく、耀藍と亮賢と水遊びをしたり、置いてある果実をこっそり食べたりして叱られたな」


 叱りながらも紫蓮宮の侍女や女官たちは、結局は許してくれたのだが。


 天才と名高い王子と将来を期待された術師。双方に見目麗しい二人の少年を、誰が本気で叱れよう。侍女や女官たちは時に、作った甘味を分けてくれることもあった。


 杏仁羹もその一つだ。

 杏仁羹を作るために女官たちが杏の種を割っているのも見たことがある。


 こぢんまりした小厨房しかない紫蓮宮で、ちょっとした厨仕事ができる場所。

 果物の皮むきや、《《種を割る作業》》もできる。



 毒入りの杏仁羹を、《《ここでなら誰にも知られずに作れる。》》



 水場には誰もいない。当然だ。宮の主である佳蓮は不在で小厨房を使うこともなければ水場を使うこともない。


 はずだが。



 耀藍は井戸や洗い場を検めた。誰も使っていないはずの井戸の縄は湿っている。水汲みの盥も、水場の石も、厨台も湿っていた。これはいずれもこの場所がごく最近使われたことを示す。



「思った通りだな」


 耀藍は眉をひそめた。


「ここで、犯人は毒入りの杏仁羹を作ったのだな」



 香織が災いの元凶のように言われている『王家の呪い』。

 耀藍が手の者と自分で調べたところによれば、出所はどうやら尚儀局のようだ。


 尚儀局は現在、後宮六局の先頭に立って耀藍と香織の婚礼のために働いてくれている。あらゆる部署が、尚儀局の指示を受けて動いていた。


 尚食局も同じく。


 そして、佳蓮が不在になった直後、厨をあまり稼働させないように指示をしたのも尚儀局だという。


 厨を稼働させないのは、毒入りの料理を作ってもバレないためだろう。

 それはいつかと言えば、閑散としている現在の後宮で多くの料理を作る直近の機会――耀藍と香織の婚礼式だ。


 その仕込みのために、事前に厨をあまり稼働させないようにしていると考えれば辻褄が合った。

 尚食女官たちは毒入りの料理についてある程度教育されており、当日のにわか混入では気付かれる可能性がある。

 だから、事前に毒入り料理が作りやすいように厨に細工してしまおう、と犯人が考えているとしたら。

「後宮厨にも寄るか。調べる必要がある」

 耀藍は踵を返し、足早に後宮厨へ向かう。



「すべてが、婚礼の料理に毒を混入しようとしていることへつながるのだ」



 しかし、そこに玲栞は関係なかったことが今回の事件でわかった。

 玲栞の件と、『王家の呪い』を仕組んだ犯人は別者なのだ。


 そして、先刻、香織が倒れていた部屋で、確信した。


「やはり、あの女官が怪しかったか」



 尚儀局長官。長く後宮で務める穏やかな美女。聞けば、もともと王子時代の亮賢のために後宮入りしたが、亮賢が後宮に訪れないため、盛りを過ぎてしまったのだという。


「紫珠、と言ったか」

 その周囲には耀藍に恋焦がれる色が見えた。

 耀藍を恍惚とした目で見つめながら、その婚約者の香織が毒入りの杏仁羹を作ったという信じられない嘘を平然と口にした姿に、背筋がゾッと冷たくなった。


 紫珠を取り巻く色は、耀藍にとっては昔から見慣れた色ではあるが、あんなにも邪なものを感じる色は初めてだ。

 人を陥れてまでもこの男を手に入れてやる、という執念。


「憐れなものだ。オレは、定められた者としか一緒になれぬ身だというのに」



 その『定められた者』が最愛の女性だったことに、天帝への感謝は尽きない。

 だからこそ、紫珠を憐れとは思えどその陰謀を放置するわけにはいかない。



 これは玲栞たちの動きを巧みに利用した、陰謀だ。

 香織を陥れ、亡き者にするための。


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